Die二十四話「血に濡れた終焉——救えなかったものと、生き残った俺」

 異形を"生かす"。


 それは、俺が今まで選んできた"死"という道とは、正反対の選択だった。


 それでも――俺は、この"まだ人間の瞳を持つ異形"を殺さないことに決めた。


 刹那もグレンも迅も、最初は反対した。


「異形は殺す、それがルールだ」と。


 だが、俺の"赤い目"はこいつに反応しなかった。

 つまり、こいつは"まだ完全に異形ではない"。今まで反応しなかった奴らももしかしたら助けを求めていたのかもしれない。


 なら、試す価値はある――そう考えた。


 この選択が、"最悪の結末"を生むことになるとも知らずに。


 ---


「ここが、お前の"生かされた場所"だ」


 俺は、異形を"特異能力者施設"の地下研究区画へと連れてきた。


 コンクリートの壁。

 無機質な監視カメラ。

 そこにいる研究者たちは、興味深そうに俺たちを見ていた。


「本当に異形を"生かして"連れてくるとはな……」


 刹那が苦々しい顔をする。


「まぁ、実験材料が増えるのは歓迎するぜ」


 グレンが皮肉っぽく笑う。


「……」


 俺は何も言わなかった。


 俺がやったことは"正しい"のか?

 それとも、ただの"無駄な足掻き"なのか?


 答えは出ないまま、"異形"は研究施設の拘束室へと収容された。


 ---


 それから数日間、異形の状態は安定していた。


 異形化進行率は100%と判定されていたが、暴走の兆候は見られなかった。

 そいつはただ、檻の中でじっと座っているだけだった。


「お前、名前とかあるのか?」


 俺はある日、檻の前に立ち、そいつに話しかけた。


「……」


 異形はゆっくりと俺を見た。


 "人間の瞳"。


 その光は、まるで"俺に何かを伝えようとしている"ように感じた。


「レイト、あまり深入りしない方がいいわ」


 アリスが後ろから声をかける。


「こいつが本当に"人間の部分を残している"ならいいけど、もし"そうじゃなかったら"……」


「……分かってるよ」


 俺は短く答えた。


 だが、どこかで――"俺はこいつを救えるかもしれない"と思っていた。


 それが、"甘い考えだった"と気づくのは、あまりにも遅すぎた。


 ---

 それはある日の突然のことだった。誰も予想だにしなかった出来事。いや、最初はこうなると考え、反対していた者達は居た。

 だが、経過が順調だった為、彼らもどこかで本当に救えるのではないかと考えていた。


 しかしそんなこともなく異形が、暴走した。


 突如として拘束室のガラスが砕けた。


「ッ!?なっ……!?」


 警報が鳴り響く。


 "異形"だったものが、拘束具を引き千切り、唸り声を上げる。


 皮膚が黒く染まり、爛れた肉が"異形"の形に変貌していく。


 "……失敗した。"


 "俺の選択は、間違っていた。"


「レイト!!やっぱりこうなるんだよ!!」


 刹那が叫ぶ。


「お前の"甘い選択"が、今"現実"になったんだぞ!!」


「……ッ!」


 俺は拳を握る。


 間違いだったのか?

 やっぱり異形は"殺すべき存在"だったのか?


 いや、それよりも――


「皆逃げて!!」


 アリスの叫びが響く。


 "異形"が、"俺たちに襲いかかる"。


「アリス!!下がれ!!」


 俺が叫んだ瞬間、異形の腕が振り下ろされた。


 アリスの身体が、"裂かれる"。


「ッ……!!!」


 俺の前で赤い鮮血が飛び散った。


 目の前でアリスの身体が崩れ落ちる。


「…………ぁ」


 俺は、声が出なかった。


「……レイ……ト……」


 アリスが、俺を見た。


 薄青色の髪が、血に染まっている。


「大丈夫……よ……」


 彼女は笑った。


 "まるで、俺を安心させるように"。


「……ッ!」


 俺の足が、震えた。


 "また、俺は何もできなかった"。


 "また、俺は誰かを救えなかった"。


 "また、俺だけが生き残るのか?"


「なんで……」


 俺は震える声で呟いた。


「なんで……お前が……」


 アリスの瞳が、ゆっくりと閉じる。


「……生きて……」


 "俺に、生きてほしいと言った女"が――


 "俺のせいで、死んだ"。


 俺は、何のためにここにいた?


 生きる意味を探すため?


 それとも、死ねる理由を探すため?


 だったら、"なんでアリスが死んで"、"俺が生きてる"?


 俺はアリスを殺した異形を、以前は効かなかったこの”赤い目”で殺した。


 ---


「レイト……」


 刹那の声が、静かに響く。


「お前のせいだ」


「……」


「お前が異形を"生かす"なんていう"くだらねぇ考え"を持たなければ、アリスは死ななかった。そうだろ?……そうなんだろ!!」


 刹那の"殺意"が、俺に向けられた。


 同時に、迅もグレンも、俺を睨む。


 彼らの瞳が、"赤く染まり始めている"。


「お前が……アリスを殺したんだ……」


 グレンが、低く呟く。


「お前のせいで、アリスは死んだ」


「お前が"異形"を生かしたせいで」


「お前こそが"異形"だったんだ」


 ――それぞれの殺意が俺に向けられる。


 三人が、今。俺を"殺そうとしている"。


 次の瞬間、"彼らの身体が歪み始めた"。


 皮膚が裂ける音。


 関節が異常に曲がる音。


 "刹那、迅、グレン"。


 三人は"異形化"した


「……ハッ」


 俺は笑った。


「これが……"俺の選んだ道の果て"かよ」


 "俺は、何のために生きてるんだ?"


 "何も救えず、ただ"死"を招くだけの俺は、何のために生きているんだ?"


 "俺は、ここで死ねるのか?"


 "それとも――"


 "異形化した、刹那。迅。グレン。


 彼らの身体は、すでに"異形"へと変貌を遂げていた。


 関節は逆に曲がり、皮膚が裂け、目は赤黒く濁っている。

 人の形をしているが、もはや"人間"ではない。


「レイト……」


 刹那の声が、低く響く。


「お前が……お前が"あの異形を生かしたせいで"……アリスは死んだんだよ」


「お前が!!お前が"選択"を間違えたせいで!!」


 "俺のせいだ"。


 言われなくても分かっている。


 俺の選択が、"アリスを死なせた"。


「お前がここで死ねば、それでいい……」


「だから"死ねよ"、レイト」


 刹那の声が、獣の唸りのように低く響く。


 同時に、"殺意"が、俺に向けられた。


 ――その瞬間。


 "赤い目"が、発動した。


 ---


 視界が"赤"に染まる。


 "死の視界"。


 俺は、"死を直感した時"に目が赤く染まり、"それを許さない"。


 ――つまり。


 "俺を殺そうとした奴は、死ぬ"。


 その法則は、変わらない。


 そして今――


 "利害が一致しただけとは言え共にしてきた者達"が、俺に殺意を向けた。


 その結果が、どうなるかなんて、分かりきっている。


「……ハッ」


 俺は嗤う。


「本当に、バカだな……お前ら、分かってて"俺を殺そうとした"のか?それがどういうことか、もう理解してるだろ?」


 刹那、迅、グレン。


 "彼らの身体が、崩れ始める"。


 骨が砕ける音。


 皮膚が裂ける音。


 血管が破裂する音。


 "死"が、そこにあった。


「が……ッ!!」


 刹那の身体が、内側から弾け飛ぶ。

 彼の足元には、赤黒い血が広がる。


「……あ、あぁ……」


 迅が、震えながら自分の腕を見る。

 腕はねじれ、折れ、"もはや原型を留めていない"。


「ふざけ……んな……!」


 グレンが、最後の力を振り絞り、俺に向かって拳を振り上げる。


 だが――


「無駄だ」


 俺が冷たく言い放つと、"グレンの頭部が、内側から砕けた"。


 "三人の死体"が、そこに転がる。


 …………。


 俺は、ゆっくりと息を吐く。


「……終わったか」


 "異形化した者達"は、俺の"赤い目"によって死んだ。


 結局、こうなるしかなかったんだ。


 俺に殺意を向ける者は、全員"死ぬ"。


 "俺に逆らうことは許されない"。


 それが、"俺の呪い"。


 ……違う。


 "呪い"なんかじゃない。


 これは――"力"だ。


 この世界のどんな存在も、俺には勝てない。


 だから、俺は生きるしかない。


 自分を殺す旅に出るために――。


 ---


 静寂。


 そこには、"誰もいなくなった"。


 刹那も、迅も、グレンも、死んだ。


 そして――


 アリスも、もういない。


 "俺は、また一人になった"。


 俺は、何をしていたんだ?


 "何を求めて、ここにいたんだ?"


 "死にたい"と思っていたはずなのに。


 でも――


 "俺だけが、また生き残った"。


 俺は、ゆっくりと歩き出した。


 瓦礫に囲まれた施設を出る。


 "俺を殺せる存在は、もういない"。


 だったら、俺は"どこに行けばいい?"


 "俺は、何のために生きている?"


 ---


 夜の空を見上げる。


 月が、静かに光を落としている。


 "俺は、歩き続ける"。


 そして、物語は最終話へと続く――。

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