Die二十三話「異形の叫びと救済の一手」

 "死"を繰り返す日々に、違和感が生まれ始めていた。


 異形狩り――それが俺の"役割"だった。

 俺は異形の前に立ち、殺意を向けられた瞬間に"赤い目"が発動する。

 何もせずとも、相手は勝手に死ぬ。


 それが俺の"日常"であり、"存在理由"だった。


 だが――


 最近、その"法則"が崩れ始めている。


 "赤い目"が効かない異形の出現。


 "生きるために戦う"という矛盾。


 そして――"俺は本当に死にたいのか?"という疑問。


 俺は、自分が何をしたいのか分からなくなっていた。


 ---


「レイト、出番よ」


 アリスの声が、無機質に響く。


「ターゲットの異形化進行度は100%。完全に"戻れない"状態」


「100%か……厄介そうだが、さっさと始めるか」


 グレンが棍棒を肩に担ぎ、気だるそうに言う。


「場所は廃ビルの最上階。ターゲットは一体だけだ」


 迅が短剣を握りながら続ける。


「……レイト、お前はどうする?」


 刹那が俺を見た。


 俺の役割は変わらない。

 "前に立つ"。

 それだけだ。


 だが――

 

 俺の中には、言いようのない違和感が広がっていた。


 "本当に、それでいいのか?"


 ---


 ターゲットのいる廃ビルに足を踏み入れた瞬間、異様な空気が漂っているのが分かった。


 湿ったコンクリートの匂い。

 天井のひび割れから滴る水滴。

 床に散乱する瓦礫と、錆びた鉄骨。


 そして――


 "異形の気配"。


 俺たちは慎重に階段を登る。


 最上階に近づくにつれ、空気が重くなるのを感じた。


「反応はすぐそこよ」


 アリスが端末を確認しながら言う。


「どうせいつもと同じだろう?」


 グレンが軽く笑う。


(いつもってなんだ)


「レイトの"赤い目"が発動すれば、それで終わりだ」


(ここ連続で効かない相手ばかりなのに何故そう言いきれる……?)


 俺は、息を詰めながら最後の階段を登った。


 ---


 廃ビルの最上階――そこに"異形"はいた。


 だが、俺は思わず足を止めた。


 "異形"――その姿は、今までのどれとも違っていた。


 人型をしていた。

 それは、完全な"異形"のはずだった。


 だが――


 "目だけが、人間のままだった"。


 異形の体は黒く爛れ、骨が異常に露出している。

 しかし、その"瞳"だけは、俺たちと同じもの……人間のそれだった。


「……」


 俺は、無意識に息を飲んだ。


 こいつ、本当に異形なのか?


 人間では無いのは間違いない。だが、今までの”異形達”を見てきた俺からすると、目の前にいる者がどうしても今までのそれには見えなかった。


 異形は、じっと俺を見つめていた。


 ――そしてその違和感を覚える異形は"俺に何かを訴えているような"目をしていた。


「……助けてくれ」


 かすれた声が響いた。


 異形の口から、言葉が漏れた。


 "助けてくれ"。


 その言葉を聞いた俺は――動けなかった。



「――レイト!何をしてる!」


 刹那の声が響く。


「さっさと殺せ!お前の役目だろ!」


 俺は――何も言えなかった。


 "助けてくれ"。


 それは、"異形"から聞くはずのない言葉だった。


 "もう戻れない"はずの存在。

 完全に変異し、人の理を失ったはずの怪物。


 "だが、本当にそうなのか?"


 この目の前にいる存在は、本当に"異形"なのか?

 それとも――"まだ人間の部分が残っている"のか?

 アリスはターゲットの異形化進行率は100%と言っていた。


 俺は――どうすればいい?


「レイト、躊躇するな!」


 グレンが棍棒を構える。


「そいつは"異形"だ!躊躇う必要なんかねぇ!」


「……」


 まただ。また"俺の赤い目が発動しない"。


 "つまり、こいつは俺に殺意を向けていない"。


 ――そういうことだ。


 俺は、それを理解した瞬間、"全てを拒絶するような衝動"に駆られた。


 "違う"。


 "こいつは、まだ完全に異形になっていない"。


「レイト、どけ!」


 刹那が銃を構えた。


「お前がやらねぇなら、俺がやる!」


 刹那の指が引き金にかかる。


 ――その瞬間俺の足が、"勝手に動いた"。


「やめろッ!!」


 俺は刹那の銃を弾いた。


「……ッ!?お前、何を――」


 刹那が驚愕する。


「こいつはまだ完全に異形になってねぇ!」


 俺は叫んだ。


「"赤い目"が発動しない!しないんだよっ!つまり、こいつは俺に殺意を向けていない!」


「だから何だ!?こいつの異形化進行率は100%だ!殺さなきゃ危険だ!生かしておけば必ず後悔することになるぞ!」


 俺はあの日の……病院での出来事を思い出した。あの日も、全身針の男は助けを求めていた。だから病院に居たんだ。……助けを求めて。


「違う……」


 俺は、震える拳を握りしめた。


 "俺は、何をしている?"


 "なぜ俺は、異形こいつを庇っている?"


 "俺は、いつも通り異形を狩ればいいはずなのに――"


 "それが、できなかった"。


 異形――いや、"まだ人の形を留めた何か"が、俺を見ていた。


「……たす、け……」


 その目は、"確かに人間のものだった"。


 俺は――迷った。


 "こいつを殺すべきか"。


 "それとも――助けるべきか"。


 俺は、何を選ぶ?どっちを選べば良い……?


 束の間の静寂が訪れた。


「……はぁ。レイト、お前が決めろ」


 刹那の声が鋭く響いた。


「お前は、"死"を選ぶのか?それとも"生"を選ぶのか?」


 俺は、拳を握る。


 そして――


 "生と死の狭間で、俺は選択を迫られていた"。


 俺は、"選ばなければならなかった"。


 "生かすのか、殺すのか"。


 それを決めるのは、"俺"だった。俺に任された。


「お前、何を考えてる?」


 グレンが苛立ったように言う。


「こいつは異形だ!刹那!いい加減なこと吹き込んでんじゃねぇ!100%だぞ!?放って置く理由なんてないだろ!?」


「……本当にそうか?」


 俺は低く呟いた。


 "赤い目"が発動しない。

 それは、相手が俺に"殺意を向けていない"からだ。


 俺は今まで何度も異形を見てきた。

 だが、"助けを求める異形"は初めてだった。


 "人間の心が、まだ残っているのかもしれない"。


 なら――


 俺は、こいつを"殺していいのか?"


「刹那、グレン、迅、アリス」


 俺は、チーム全員の顔を見る。そして一人ずつ名前を呼んだ。


「こいつは、まだ"完全な異形"じゃない」


「……それで?」


 刹那が冷静に返す。


「異形は、放置すれば必ず暴走するぞ?お前はまだ知らないかも知らないが、異形化したものの被害はお前が考えているより大きいんだぞ。それでも迷うか?」


 そんな事は知っている。あの日の事を忘れたことなど一度もない。


「でも、"例外"があるかもしれない」


 俺は、強く言った。


「こいつはまだ、自我を持ってる」


「だから?」


 刹那は、苛立ちを隠そうともしない。


「だから"生かしてみる"」


「……ふざけるな!」


 グレンが棍棒を振り上げる。


「お前、自分が何言ってるか分かってんのか!?異形は殺す、それがルールだ!」


「ルール?そんなもん、誰が決めた?」


 俺は睨み返した。


「"異形は殺すしかない"ってのは、"本当にそうなのか"?」


 グレンの拳が震える。


「テメェ……!」


「待って!」


 アリスが一歩前に出た。


「確かに……レイトの言う通りかもしれない」


「……アリス……お前まで何言ってんだ?俺達の目の前にいる者は異形化してんだぞ!もう手遅れだ!殺すしか無い!」


 グレンが信じられないという顔をする。


「私も最初はありえないと思ったわ。でも……彼の……レイトの"赤い目"が発動しないのは事実」


 アリスの視線が、俺と"異形"の間を行き来する。


「もしかしたら……"異形になりきらない者"がいるのかもしれない」


「……!」


 刹那が一瞬だけ、表情を曇らせた。


「俺は"死神"だ」


 俺は呟くように言った。


「今まで、異形を殺し続けてきた。何の感情もなく、ただ死を待ち、殺してきた」


「……」


「でも、もし"救える"奴がいるなら……俺は、そいつを殺すべきじゃないと……思う」


 "それが、俺の答えだ"。


「それでレイトはこの後どうするつもり?」


 アリスが静かに問いかける。


 俺は、異形――いや、"まだ人間の目をした何か"を見下ろした。


「こいつを、研究施設に連れて行く」


「……!」


 刹那が目を見開いた。


「"異形"を、施設に入れるつもりか!?」


「ああ」


 俺は頷いた。


「"異形化しきらない個体"……もし本当にそんな存在がいるなら、それはお前達の言う"希望"になるかもしれない」


 "赤い目"が発動しない相手。


 "まだ助けを求めている存在"。


 もし、そいつが救えるのなら――


 "異形を完全に殺すしかない"というルールは覆ることになる。


「……どうする?」


 刹那が、俺に問う。


「……俺はこいつを連れて行く。元々俺とお前達は利害が一致しただけの関係だ。それが嫌ならお前らでコイツを相手してみろ。勝てないとは思うがな」


 俺は言い切った。俺の言葉に刹那とグレンは何も言えない様子だった。

 無理もない。もし目の前にいるコイツを殺せるとしたら俺だけだからだ。


「お前らが嫌なら、俺一人でやる」


「……本気か?」


 刹那が俺を睨む。


「お前の行動は、"組織のルール"を破ることになるかもしれないんだぞ?」


「それがどうした?」


 俺は睨み返す。


「組織のルールなんか知るか。俺は俺の目で見て、俺の判断で動く。殺すか?俺に敵意を向けるか?それもいい。だが、お勧めはしない」


「……」


 刹那とグレンは、しばらく黙って俺を見つめた。


 そして――


「……チッ……好きにしろ」


 リーダーであるグレンが舌打ちをし言う。


「だが、この"異形"が暴れたらもう誰にも止められないぞ」


俺が居る・・・・


 俺は短く答えた。


 ---


 "異形を、生かす"


 それは、今までの俺の"常識"を覆す行動だった。


 俺は、本当に"正しい選択をしたのか?"


 答えは、まだ分からない。


 だが、俺は"迷いながらも、前に進む"と決めた。


 "俺は、本当に死にたいのか?"


 その答えを探すために――俺は"異形を救う"ことを選んだ。


 "異形狩り"という日常は、この日から大きく変わる"。


 これは、"俺が初めて異形を救った日"の話だ。

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