5話


「では、あなた方も鷹野氏と一切連絡が取れていない、と?」紺色のスーツを着た、武骨な印象の男が言った。

 その男は大和田事務所にやってきて、警察手帳を見せながら、有川と名乗った。有川は、黒江里沙に関する事情徴収のご協力をお願いします。と言い、大和田は今、その応対をしている。

 加古井は有川の来訪に驚かなかった。事前に大和田に、今日は警察の人が来る、と聞いていたからだった。黒江の自殺に関しての捜査を進めているらしい。

 加古井は、応接スペースにいる大和田と有川の話に聞き耳を立てていた。

「ええ、私も心当たりがあるところは探しに行ってみたのですが……」大和田が余所行きの声で答えた。

「ふ~む……」有川が唸る。「その、失踪する前の行動とか、何か気になることを言っていたとか、そういった、何でも構いませんので、ありませんか?」

「そうですねえ……先ほど答えたこと以外には、特に……」大和田が顎に手を当てた。

「その、黒江氏が、白日アリアでしたか? そのバーチャルアイドルをやってらしたんですよね?」

「ええ」大和田が頷く。「あの……先ほどもお伝えしましたが、刑事さんを信用してお話していることですので……」

「もちろん、わかっています」有川は神妙な面持ちで頷いた。「その、黒江氏と鷹野氏のご関係は?」

「私が知る限りでは、バーチャルストリーマーとそのマネージャーです。それ以上の関係ではなかったものと認識しています」

「そうですか」有川は立ち上がった。「今日は、このあたりで失礼します。鷹野氏の失踪に関しては、引き続きこちらでも調査いたしますので……」

「あの……里沙ちゃんは、自殺なのですよね?」大和田が控えめな声色できいた。

「はい、それは間違いないかと」

「じゃあ、事件性はありませんよね?」

「調査中です。自殺にも色々ありますから……」有川は右手で後ろ首を触りながら答えた。「鷹野氏は第一発見者です。私はとしては、発見時のお話を聞きたいだけなのですが、こう雲隠れされては、色々と勘ぐってしまうのが、この仕事をしている人間の性というやつでしてね」

 有川はそこまで言って、玄関へと歩き出した。

「あのっ!」加古井が立ち上がって、有川の背中に声をかけた。「ひとつだけ聞いても大丈夫ですか?」

「ええ、構いませんよ」有川が振り返って言った。

「鷹野さんが第一発見者ということは、彼から通報があって、それで発見に至った、ということですよね?」

「おっしゃる通りです」

「その通報があった時間はいつですか?」

「5月14日の昼過ぎでしたね」

「ライブの前日か……ちょうど鷹野さんが黒江さんを迎えに行った時間と一致する……」加古井が眉間を皺を寄せた。「黒江さんが自殺した時間とかも、聞いてもいいですか……?」

「死亡推定時刻は、5月14日の未明頃だと聞いています」

「未明ってことは……鷹野さん、なんで嘘をついたんだろう」

「嘘とは?」有川の目の色が変わった。

「鷹野さん、黒江さんに会えたって言ってたんです。ポータブルSSDを託されたとか、約束したとか、まるで生きている黒江さんに会ってきたみたいな言い方をしてました。でも、実際には、鷹野さんが迎えに行った時にはもう既に黒江さんは命を絶っていた……」

「確かになぁ……」大和田が胸の前で腕を組んだ。「まあ、鷹野君のことだし、ライブだけは成功させたかったんじゃないかな」

「黒江さんが自殺していたことを隠してまで?」

「三無姫ちゃんのパフォーマンスに影響が出るって思ったんじゃない?」

「そうなんですかねぇ……」

 加古井は考えこむ。自分だったら、黒江の死を隠したりするだろうか。いや、絶対にしないだろう。

 仮にそれで、初上が歌えなくなったとしても、それはある種、健全な流れだと言える。

 何か、ライブを決行しなくてはならない理由があったのか。

 鷹野は一体、黒江の部屋で何を見たのだろうか。

「探偵小説とかが、お好きなんですか?」有川が考え込む加古井を見て、微笑んだ。

「あ、いえ……」怒られているように感じた加古井は俯いた。

「全然いいんです。聞きたいことがあれば、なんでも連絡してください」有川は名刺を取り出して、加古井に手渡した。

「あ、ありがとうございます」

「では、私はこれで」

 有川が事務所を出て行くと、大和田が大きなため息をついた。

「警察の人って、なんか圧あるよね」大和田が応接用のソファに、身を預けながら言った。

「そうですか? いい人そうでしたけど」

「いや、なんだろうな……探りを入れられてる感じがする、みたいな?」

「隠し事なんてないんですし、別に正直に話せばいいだけじゃないですか」

「そうなんだけどさぁ、なんか鷹野君のこと疑ってたから」

「第一発見者として話を聞きたいだけで、事件性はないって言ってましたよ」

「うん、分かってるんだけどね」大和田が頭をかく。「鷹野君、さっさと戻ってきてくれないかなぁ」

「本当、どこに隠れてるんだか……」

「最悪戻ってこなくてもいいから、どっかで生きててくれれば、それでいいんだけど」

「ちょっとやめてくださいよ。私、考えないようにしてたのに」

「ごめんごめん……うん、大丈夫だ、すぐに帰ってくるよ、大丈夫大丈夫」

 大和田はうなだれていた。連日、鷹野を探して回っているようだったので、きっと疲れているのだろう。警察も鷹野を探しているとは言っていた。それでも見つかっていないとなると、大和田が最悪の想像をしてしまうのも、無理はない。

「そうだ、昨日、三無姫ちゃんと会ってきたんでしょ?」大和田が立ち上がって言った。「どうだった? 元気そうだった?」

「元気そうでしたよ。私の前だから、から元気を作ってくれていただけかもしれませんが……」加古井は昨日を思い出しながら言った。「今日は大学に行っているはずです。配信もそろそろ再開する、と言っていました」

「流石……三無姫ちゃんも麻衣ちゃんも、うちの女性陣は強いね」大和田が口角を上げた。「萌もちゃんと学校に行けているみたいだし、俺も見習わないとな」

 ここで、加古井のスマホから着信音が鳴ったので、会話が中断された。画面には、初上三無姫と表示されていた。

「加古井です」

『麻衣さん、アリアの配信は見てますか?』

「はい?」

『アリアが配信してます』

「えっと……え? アリア?」

『白日アリアのチャンネルが動いてるんですよ。ライブ配信が始まってるんです』

「え⁉ 乗っ取られてるってことですか⁉」

『わかりません。アリアが普通にゲームをしてるんです、黒ちゃんの声です。そちらで何かか操作をしているわけじゃないですよね?』

「いやいやいや、何もしてないですよ。今事務所にいて、社長もいます」

『どういうことなのかしら……』

「ちょ、ちょっと、私も確認してみます」

『お願いします。今、私も事務所に向かってますので』

「了解です」

 電話を切ってすぐに、配信サイトを開く。

「何かあったの?」

 大和田の問いかけは、一旦無視する。

 白日アリア、と検索すると、一番上にライブ配信のサムネイルが表示された。何の変哲もない、アリアがゲーム配信をする時のタイトルだった。サムネイルをタップすると、アリアの、もとい黒江の声がスマホから流れ出した。アリアは少し前にハマっていた、RPGの続きをプレイしていた。

「社長……これ」加古井が大和田にスマホを差し出す。

「アリアの動画?」大和田が首を傾げた。

「違います。配信です。今、リアルタイムでやってるんです」

「え? 誰が?」大和田は顔をしかめる。

「分かりません。でもこの声、黒江さんですよね?」

「そうだね、里沙ちゃんの声に聞こえるけど……」

「でも黒江さんは亡くなってます」加古井は早口になっていた。

「うん……」大和田は落ち着いている。「これ、動画を流してるだけじゃないの」

「誰がそんな勝手なことをするんですか」

「わかんないけど……鷹野君とか?」

「鷹野さん?」

「いや、麻衣ちゃんじゃないなら、鷹野君ぐらいじゃない? 鷹野君なら、ログインできるよね?」

「確かに……消去法でいくと、そうなるんですかね」

 大和田の冷静な態度にあてられて、加古井の頭も冷えていく。

 加古井は改めて、アリアの配信を確認する。しばらく活動休止だと思われていたインターネットアイドルの突然の復活に、チャット欄は沸き立っていた。

 ≪復帰早すぎで草。最初からこれぐらいの予定だったの?≫

 ≪ていうか、中の人が自殺したって、やっぱりあれデマだったんだ≫

 ≪そもそも黒江里沙の噂自体が眉唾だったから≫

 ≪てかアーちゃんのライブ、マジで最高だったよ!≫ 

 アリアがプレイしているゲームについて言及しているコメントはほとんど無く、想像していたよりも復帰が早かったこと、黒江里沙の自殺、ライブの感想などのコメントが9割を占めていた。

「仮に、鷹野さんが動画を流しているとしたら、目的はなんなんだろう」加古井がスマホに目を落としながら言った。

「う~ん……」大和田が唸った。「こんなこと言うのはなんだけど、今の鷹野君、そういうよくわからない行動に出てても不思議じゃないよね」

「あぁ……」加古井は大和田から目を背けた。「黒江さんの死を受け入れられてない可能性はありますよね」

 加古井がアリアの配信を眺めていると、事務所のドアから、初上が現れた。彼女は走ってきたようで、息が上がっていた。

「配信、見ました?」初上は息を整えながら言った。

「今、見てます。鷹野さんが録画を流してるだけじゃないか、っていう話をしてたところです」加古井が答える。

「いえ、多分違うわ」初上が首を横に振った。「アリア、コメントに反応してるでしょう」

「え? あ、そうか……それでわかるのか」

 加古井がスマホの音量を上げる。

『茶色いカバさん、ハイパーチャットありがとー! 体調は大丈夫だよ~』

 ≪配信モンスターに休止は無理だったか≫

『本当はね~もう少し休む予定だったんだけどね、我慢できなくなっちゃった』

「本当だ、ハイパーチャットを読んでるね」大和田が言った。「え? じゃあ、これ誰?」

 大和田のシンプルな疑問だった。

 黙り込む3人。

「コ、コメントしてみます? 『どなたでしょうか?』って」

 無言に耐えられなくなり、場を和ませようと考えた加古井の渾身のジョークは無視された。

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