五、②
土日の生存確認には、ぼくも入って欲しいと言われることが多い。別の世界からなんの予習もなくぽんと投げ出されたにしては、オルガさんも充分過ぎるくらいこの世界での暮らしに
ところが、いざアストリッドの指輪を借りてビデオ通話に立ち会ってみると、あれ、ぼく、要る? とか、ぼく、いない方が良いんじゃない? と思う時間が結構あった。ひとが話しているのを、頷きマシンと化してただ聞いているのは嫌いじゃないけれど、なんとなく、場違いな感じがして気まずい。
例えば、月のものの話を二人がしだしたときには、どんなこころ構えでオルガさんの隣に座っていれば良いか、てんで分からなくて戸惑ったものだ。とりあえず、半笑いでひたすら頷きマシンになっていたら、ユーリヤさんに〈ノノさ~ん、あんまり、月のもののこと分かってないんでしょ~〉と図星を突かれて、すごく恥ずかしかった(でも、オルガさんの生理用品のことなんかまったく頭になかったから、勉強になったし、ちゃんと準備もできて、助かった)。
そういうのは良いとして、一番困るのが、二人が今回の一件、つまり、別の世界からこの世界に捨てられて、封印されたことについて、真剣に話し合っているときだ。
〈じゃ~、オルガはやっぱり~、
〈ああ。
〈まあね~。瀕死の状態で違う世界に捨てるなんて~、斬首刑よりひどいもんね~。ミッドガルの中に墓すら残させない、ってことは~、これ以上ないくらいの逆賊扱いだ。けどさ〜、それでもさ~、四魔道士たちがさ~、聡明で謙虚で慈悲深~い陛下になんのおうかがいも立てないで~、勝手にこんなことしたとは~、どうしても思えないんだよな~。だってあのひとたち~、
〈それは、そのとおりだ〉
〈で~、陛下はそれをただ黙っておだやか~に見てたんだよ~? いつもどおり、おだやか~に。それって~、どう説明する~?〉
〈確かに、陛下のお人柄を思えば、戸惑いやご心痛を、それとなく示されて当然の場面だった。考えたくはないが、四魔道士に、精神を操られていたのではないだろうか〉
〈近衛騎士団がいっつもがっつり守ってるのに~? そんな隙が陛下にあるかな~〉
〈近衛騎士団も含めて、いっぺんに精神を掌握したんだろう。――間違いなく、四魔道士は、なんらかの方法で、絶大な魔力を手に入れていた。わたしたちに拘束の魔法を使ったときの、連中の魔の気配は、尋常ではなかっただろう?〉
〈それね~、半端なかったよね~。謁見の最初のうちはさ~、それなりの魔力しか感じなかったのに~、あのときになって急にぶわって解放してきたよね~。
〈そうだ〉
〈う~ん。ま~、オルガの言うとおりなら~話の筋道は立つな~。実際、ワタシたちに手を下したのもあのひとたちだしね~。でもな~、な~んかすんなり納得できないんだよな~〉
〈ほう。勘か?〉
〈勘っていうか~、ワタシはもっと~、単純な話だと思うんだよね~。聖王陛下が~、王宮の神殿の
〈そんな! 星水晶は、ブレイザブリクの都を守護する神聖なもの。陛下を聖王たらしめる、大切な証しじゃないか。たとえ陛下であっても、星水晶には触れることすら許されていないのに、あまつさえそれを砕き、臣下に分け与えるなど、とうてい正気の沙汰ではない!〉
〈でも~、豹変したのが陛下だとしたら~、簡単に説明できるでしょ~? なんで陛下が、ワタシたちが拘束されるのをおだやか~に見ていられたのか。陛下が望んでいたから。なんで四魔道士が、いくらなんでも大き過ぎる魔力を持っていたのか。陛下がくれたから。近衛騎士団を攻略する必要もない。全て、陛下が仕組んだんだから〉
〈……〉
〈どう思う?〉
〈悔しいが、……率直に言って、わたしの説よりも、はるかに明快だと思う。――しかし、わたしは、それでも、陛下を信じたい〉
〈ま~、結論を出すには早いよね~。いまのこの状況じゃ~、真相は知るよしもないし。あの陛下がこんなことするわけない、っていうオルガのきもちもよく分かるよ~。ワタシも自分の考え、信じたくないもん。もうちょっと、時間をかけて考えましょ~。ヴィクトルやパーヴォの意見も聞きたいしね~〉
〈ああ、そうだな〉
〈でもね、オルガ〉
〈うん〉
〈ワタシたちは、油断した。だからこうなったんだ。今度相手を見誤るようなことがあったら、本当にいのち取りになるよ。そのことは、分かってるよね?〉
〈分かっている。……充分、分かっているさ〉
とまあ、こんな感じで、なんかすごい大事そうな議論がときたま繰り広げられるのだけれど、ぼくはその間、いったいどうすりゃ良いというのか。この世界の有識者? としてなにかお役に立ちたくとも、内容がファンタジー過ぎて、まるで口の出しようがない。
そのうえ、こういう、オルガさんがユーリヤさんに押される場面では、どんどん意気消沈していく彼女の横でただ頷きマシンになっているしかないから、もういたたまれなくて仕方ない。〈ちくわ大明神!〉などと意味不明な宣言をして、場をぶち壊したくなる。やらないけど。
結局、ぼくにできることと言えば、オルガさんをそれとなく元気づけることぐらいだ。
ユーリヤさんとのビデオ通話を終えたあとで、彼女が深くため息をつくようなときには、すかさず、居間の冷蔵庫にストックしてある、最寄りのコンビニチェーンオリジナルの「とよとみヨーグルト」を出してきて、「一緒に食べませんか……」と誘うようにしている。
このヨーグルトはとっておきで、彼女曰く、「果てしなくさわやかでおだやかな味が、すっときもちを晴らしてくれる、絶品」なのだ。見せるなり、彼女は顔をほころばせて喜んで、ひとカップ百二十グラムを
でも、オルガさんが単純なひとであればあるほど、そばにいるぼくにとっては心地が良かった。ぼくは空気にめっぽう弱いのだ。ひとが不安や失望、怒りや悲しみなどから発散する、強い負の空気に。彼女はそれを、決して引きずることはしない。転んでも、すぐに、前を向く。だからこそ、多少のお世話疲れはあっても、嫌な思いはせずに彼女と暮らせたのだと思う。
むしろ、オルガさんの加わった毎日が、ちょっと楽しくすらあった。
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