四、②
壁の向こうで、見送りのことば、玄関ドアの開け閉め、ひそひそ話、とぼくたち抜きでことが進んで、そのうち、刑事さん二人が寝室に戻ってきた。
「じゃ、あたしたちも行きますわ」
千秋刑事があっさり告げる。ただし、やっぱりとても不満げだ。「不本意、本当に、不本意だけど、なんにもしないで」
「すいません」
「なんで謝るんですか?」じとっとした、冷めた目で問われた。「あんたの望みどおりになったじゃないですか。でか……オルガさんと一緒に仲良く生活させてあげるんですけど?」
「いや、なんというか、その、オルガさんのことをネットに漏らしたのは、お仲間を探すためとはいえ、警察との約束違反には変わりないし、ペンタゴンまで出てきちゃって、警察にはすごい迷惑をかけたと思うんです。それを、なんのお
「いまさら良いひとのふりしないでください」ぐさりと刺さるひと言。
「……すいません……」
「ま、あたしの
彼女はそう言って、とっとと話を進めた。「――で、ペンタゴンと情報共有しようがしまいが、オルガさんの存在が最重要機密であることには変わんないんで、今後も彼女のことは一切、他言無用です。それと、預かってたあんたのスマホとノートパソコンは、茶の間のテーブルの上に置いてきますけど、二度とオルガさんのことはネットに載せないでください。彼女とユーリヤさんの、残り二人の仲間は、あたしたち警察とペンタゴンで探しますから」
「分かりました」
「仲間との接触は、くれぐれも、慎重に頼む」
ずいぶんへこんでたオルガさんが、しゃきっと顔を上げて話に入った。「いたずらに捕らえようとするのではなく、友好的に手を差し伸べてやって欲しい」
「はぁいはぁい分かりまちた」千秋刑事、態度の切り替えがすごい。「けどそんなもん、相手の出方次第でどうにでも変わるから。生きた状態で会えると思うなよ」
「心配無用」オルガさん、かすかに笑んで、「必ず生きて会えると信じている」
「あっそ」
ぞんざいにあしらうと、千秋刑事はぼくの方に視線を戻した。「あと、そこそこ頻繁に、警察の人間がオルガさんの様子を見に来ますんで、このうちの合い鍵を貸してください」
「えっ」これからもしょっちゅう、こういうひとたちの相手をしなきゃいけないというのか。「ほっといてくれるんじゃないんですか?」
「だれがそんなこと言いました?」千秋刑事が口の端をつり上げた。ぼくをおちょくるのが、ちょっとは楽しいらしい。「最重要機密なんだから、オルガさんを厳重な管理下に置くのは当然でしょ? ま、いまはこの部屋に封印されてるから、なるべく早くに監視カメラを置かせてもらって、あとはこっちのペースで、本当に異状ないか実地で確認させてもらいます。あんたが仕事やらなんやらで出かけててもお構いなしにこのうちに入るんで、ご了承願いまあす」
「はあ……」
どうやら、ぼくのことはほっといてくれるみたいだった。別に、ぼくのうちには、見つかったら困るような
「毎日パトカーやお巡りさんに来られたら、変な
「土倉さんみたいな私服の刑事しか来ませんよ。車も普通の車だし」
「それなら、まあ……、良いか。良いです」
「良いんだ」千秋刑事、鼻で笑って、「もっと抵抗あると思ったのに」
「なんて言うんでしたっけ、警察のこと、信頼はしてないけど、信用はしてる、っていうか」
「逆でしょ」千秋刑事、また鼻で笑った。「信用しちゃ駄目なんじゃないんですか?」
「うーん、こころは許せないけど、仕事ぶりは確かかな、って意味で……」
「ああはい、どうでも良いです」速攻で話が打ち切られた。「鍵ください」
「あ、このうち、暗証番号式のオートロックなので、鍵はないんです。開け方教えますね」
「ありがとうございまあす」
あたたかみのない感謝のことばを述べて、ぼくと一緒に寝室を出る間際、千秋刑事がおもむろに振り返って、オルガさんに言った。「――またね、でか女」
オルガさんは一瞬、意外そうな表情をしたあと、すぐにんまりして、快活にこう返した。
「ああ。期待しているぞ、呪術師」
「ふん」
それからぼくは、玄関先で、ドアのテンキーの操作方法と暗証番号を刑事さん二人に説明したあと、マンションの外まで彼女たちを見送った。よく考えたら、前の日の夜、救急車がやってきたとき以来の屋外だ。
傾いてきた太陽が、夕焼けの予感だけ先に空へ振り
別れ際、黒塗りのセダンの助手席のドアハンドルに手をかけた千秋刑事が、両側で束ねた長い黒髪をなびかせながら、ぼくのことをまっすぐ見つめて、言った。
「もう知りませんからね。あんたがどうなっても」
「ええと……、この先は自己責任、ってことですか?」
「そう。あたしたちは、あんたにぎりぎりまで助け船を出してたんですよ。かけがえのない、ささやかな日常に戻れるチャンスをずっとつくってた。それをあんたは、
「その、ぼくのことは、なんていうか、無視してください。……それで全然、問題ないので」
ぼくがへこへこ、低姿勢で言い返すと、千秋刑事は露骨にため息を投げ出してから、こんな捨て台詞をよこした。
「せいぜい好きにしてください。あんたは絶対、後悔しますよ。自分のした選択を」
車が走りだし、交差点を曲がって見えなくなるまで見届けたあと、マンションに戻ろうときびすを返したら、うちの寝室の窓が開いていて、その向こうからオルガさんが腕を組んでこっちを見ていた。後味の悪さを融かしてくれるような、安心感のある笑顔で。
「二人きりになってしまったな!」
「そうですね」
「改めて、世話になる。よろしく、ノノ!」
「ああ、はい、よろしくお願いします……」
ぼくはとりあえず、うやうやしく頭を下げた。
こうして、なんともあっさりと、オルガさんとの二人暮らしが幕を開けたのだった。
「それで、だ。早速だが、」
オルガさんが、真面目な顔をして切り出した。「わたしは引き続き、封じられたこの部屋で、魔物の襲来に備える。そして、ユーリヤと一緒に、残りの仲間との再会を待ちながら、封印を解く方法や、元の世界に戻る方法を探りたいと思う」
つまり、彼女がぼくのうちにいるのは、あくまでもかりそめであって、いつかはぼくのもとから、旅立つつもりであるということだ。出だしからそんなこと言われるのもさみしい話だったけれど、思い返せば、この方針は、彼女が動画の中でも一度話していたので、ぼくにとっては、充分理解できるものだった。なので、素直に頷いて、
「分かりました。ぼくがお手伝いできることがあれば、なんでもします」と応じた。
「ありがとう。ただし、わたしたちが望みを果たすまでには、数日かかるか、数年かかるか、いまはまったく分からない。だから、あなたの口からはっきり聞いておきたい。――わたしとともにいるのがおもしろくなくなっても、わたしに力を貸してくれるか?」
「ああ……」
そう言えば、千秋刑事がぼくたちに兵糧攻めをちらつかせたときにも似たような問いかけをされたのに、なんかうやむやなままにしちゃってたのを思い出した。正直言って、重いな、とぼくは思った。けれど、こんなに真剣に確かめられているのに、はぐらかすわけにはいかない。それで、ちゃんと頭を使って考えてから、こう答えた。
「はい。約束できます。万が一、オルガさんのことが嫌になっても協力します。仕事だと思えば、わけないですから」
「仕事か。なるほど、ノノらしいな」
彼女はことばを味わうように二回頷き、しっかりと笑んだ。「分かった。頼りにしている」
うまく返事できたので、ぼくは安心した。安心ついでに、刑事さんたちが帰り支度をはじめたあたりから練っていた構想のことを思い出したので、軽く挙手して、
「あの、ぼくからも早速、オルガさんにお話があるんですけど……」
「ん? なんだ?」
朗らかに返事してくれた彼女に向かって、ぼくはおうかがいを立てた。
「――いまから、オルガさんをちょっと、ひとりきりにしても良いですか?」
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