拗らせ女は重い気持ちを受け止めたい!

呪依ぷあ

短編


「付き合おうよ。好きだよ、瀬名ちゃん」


 荻野くんが発した言葉は、わたしには伝えることのできない言葉だった。


 想いを募らせて、募らせて。わたしからは口にできない言葉を、彼はいとも簡単に言ってのけた。こんな、コンビニのバックヤードで。さらっと、息をするように。

 それってつまり、その言葉にはなんの重みもないということではないだろうか。つまり、わたしの気持ちと同じではない、ということ。


「バカなこと言ってないで手を動かして」


 わたしは荻野くんからの告白にほんの一瞬一喜して、すぐに一憂した。いや、本当は一憂どころじゃなくだいぶ落ち込んだ。これが家ならば、きっとすぐにベッドにダイブして枕を濡らしていただろう。それくらい、毎回重く、受け止めきれないでいる。


「……はぁ」


 わたしと荻野くんは、ただの学生バイト仲間だ。少し前まではバイトだけでも彼と会えることが嬉しくて堪らなかったくせに、会えてもしんどいんだなと思うなんて、つくづく難しい感情を拗らせていると思う。

 だって、彼の言葉は軽い。ちょっとそこの箒取って、くらいのニュアンスだ。しかも、何度も何度もその言葉を聞いた。もう何回目のそれを、今日もまたあしらう羽目になってしまった。


「まーた溜め息ついてる。幸せが逃げちゃうぜ?」


 わたしの幸せのピークは、彼がわたしのバイト先に雇用されたときだったと思う。ずっと片思いしていた人が同じバイトで同僚になれるなんて、最初は小躍り必至だった。

 だけど今幸せをグラフで表すなら、下降するばかり。幸せに足が生えたとしたら、彼の言うとおり、もうわたしからは逃げてしまっているかもしれない。


「時間なので先にあがらせてもらいます」


 ——なんて馬鹿げた想像をするくらい、早く逃げたい気持ちと、もっと一緒にいたい気持ちとが、心の中でせめぎ合っていた。もうずっと何ヶ月もこの調子で、いい加減にしてほしい。


 未練たらたらで後ろを振り向いたら、彼がわたしに気づいて、ひらひらと手を振ってくれた。

 こんなことできゅんとするから、ずっと心が忙しい。



   ◆



「付き合っちまえばいいだろ」


 そう簡単に口にしたのは、わたしが絶賛拗らせてる人の、親友。ぶっきらぼうだけど意外と面倒見がいい慎くんは、わたしの良き相談相手だ。

 あの人のことを一番理解してるであろう人が、都合のいいことにアパートの隣人だなんて奇跡だと思う。こうしてベランダに出れば、簡易な仕切りの向こうの隣人を、簡単に呼び出せてしまう。おかげでもう半年も話を聞いてもらっている。

 ちなみに報酬は缶ジュースという、いたって健全な間柄である。


「どいつもこいつも簡単に言ってくれちゃってさー!」

「荻は気がねぇやつにンなこと言わねーって」

「慎くんになにがわかんのさ!」

「おめぇよりはあいつのことわかってるっつの」


 そんなのわかってるわ、っていうわたしの理不尽な台詞、目の前の彼は聞き飽きてるだろうな。何度もこのやりとりしたもん。

 あの人から付き合おうって言われる度に、わたしは慎くんに泣きついてる。毎回同じやりとりの繰り返し。進展なし。

 悪いのはまごついてるわたしだって、わたしが一番わかってる。


「わたし、めんどくさいよね……」

「そーだな」

「だってあの人、軽いんだもん……」

「ま、そー見えても仕方ねぇわな」

「わたし、重いもん。そんなの、付き合っても、上手くいくわけないじゃん……」

「付き合ってみねぇとわかんねーだろ」

「だってわたし、付き合ったら結婚したい」

「確かに重いな」


 終わるのがわかってて踏み切れるほど、こっちは軽い気持ちじゃない!

 わたしのめんどくさい叫びは、見事にスルーされてしまった。さすが半年も付き合ってくれてるだけある。わたしの扱いが上手いな。


「おい、明日の予定は?」

「明日もバイトだけど」

「荻も?」

「うん」


 んじゃまた明日な、と缶ジュースを飲み終えた慎くんは部屋に戻っていった。明日も相談という名の愚痴を聞いてくれるらしい。

 この優しさに甘えてばかりじゃダメなのは百も承知だが、進展か後退かしない限りは縋らせて頂きたい。



   ◆



「お先でーす」


 今日は荻野くんが早上がり。わたしは無難にお疲れ様ですと返して、彼を見送った。

 客足が伸びて二人だけで会話するような時間はなく、いたって真面目なシフト被りであった。それはそれで物足りなさを感じてしまい、彼がいなくなった店内で自分自身に呆れているところである。


「荻野さんが退勤してから、さびしそーっスね」

「……そんなことないし」


 話しかけてきたのは、荻野くんと交代でシフト入りした後輩くん。最近入ってきた新人にまで見透かされるとは、そんなに態度に出ていただろうか。

 口では否定したけれど、目の前の後輩くんにはバレバレのようで。そういうことにしといてあげますオーラを、ひしひしと感じた。


「オレじゃダメっスか?」

「なにが?」

「好きなんです。先輩、オレと付き合ってくれませんか」


 このとき、わたしは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたと思う。



   ◆



 帰宅してすぐ。コンコン、とベランダから音がした。珍しく慎くんからの呼び出しである。


「今日はやけに大人しいな」


 また明日って軽い口約束はしていたけど、先にいることなんて今までなかったのに。本当はすぐにベッドに篭りたい気分だったけど、慎くんが待っていてくれたなら、話を聞いてもらいたくなった。

 どうしたんだよ、と訊いてくれる彼にいつもの缶ジュースを渡して、重々しい口を開いた。


「告白されたの」

「いつものことだろ」

「後輩くんに」

「……は?」


 後輩くんはわたしに近づきたくてバイトを決めたらしい。そこまでして気持ちを伝えてくれた後輩くんを無碍にはできなくて、考えさせてほしいと保留にしてしまった。片思いの辛さはわたしが一番理解できちゃうから。


「わたしのことが好きでバイト決めちゃうなんて、軽い気持ちじゃないもんね。これを機に、せっかくだから後輩くんと付き合おうかな……」

「おまえ……荻のことはどうすんだよ」

「叶わない恋より、わたしを好きになってくれる人のほうが合ってると思うんだよね」

「重い女じゃなかったのかよ。んなすぐに諦められるくらいの気持ちだったのか」


 ぐうの音も出ない。彼を好きな気持ちはそんなに簡単に諦められるものでも消せるものでもない。そうだったら、こんなに辛い思いなんかしていない。

 だってこんなにも好きだ。好きで好きで、大好きで。わたしのこの重たい鉛のような想いは、いったいどうすれば昇華できるんだろう。


 こんなの、彼に持たせるには重すぎる。


「好きに決まってんじゃん!わたしだけを見てほしい……わたしだけを好きでいてほしい……荻野くんがだいすきっ」


 誰からも好かれて、友達も多くて、人付き合いの得意な彼を、本当に縛ろうとは思っていない。けれど不安なのだ。わたしばかりが一方的に好きな関係は。わたしはちゃんと、愛されたい。わたしだけを好きでいてくれる人がいい。


「俺と付き合って」

「……え?」

「俺も君が好きだよ。君だけが大好き。だから俺と付き合って」


 仕切りからヒョイっとこちらに顔を覗かせたのは、隣人の、ついさっきまで会話していた慎くんではなかった。

 そこにいるのは、わたしと目が合っているのは——


「荻野くんッ⁈」

「おう」

「な、な……っ!」

「俺も随分愛されてたんだね。やっと君の本音が聞けて嬉しいよ」

「だから言ったろ。こいつはマジでおまえが好きだって」

「だぁって、いくら告白してもいい返事もらえなかったからさ〜」


 ちょっと待ってほしい。わたしを置いて二人で話を進めないでほしい。説明してほしい。なんでここに彼がいるの。いつからそこに彼がいるの。


「慎くん! これはどういう——」

「ばッ、俺の名前呼ぶんじゃねェ!」

「は?」

「ずりィよな慎は……名前で呼んでもらえんだもんなぁ!」


 チッ、と慎平さんが舌打ちした。


「家も隣だしさー! 俺なんてバイト先同じにしてわざとシフト被せてんのに、名前で呼んでもらえねぇし……なんなら苗字すら呼ばれねぇのに」

「え……?」

「おまえ責任取りやがれ」

「責任って……」

「こいつも重い男だったってことだよ」


 とっととくっつけ、と捨て台詞を吐いて、慎くんは自室へ戻って行った。


「君にちょっとでも近づきたくてバイト決めたの。俺の気持ちだって、軽くないよ」


 展開についていけないわたしは、パチパチと瞳を瞬かせる。


「俺だけを見てほしい。俺だけを好きでいてほしい。俺も重い男だからさ、いい加減俺のものになってほしいんだよね」


 全然軽くなかったらしい荻野くんの告白を、わたしはようやく、受け止めることができたのだった。



 後日、隣人からのタレコミで、荻野くんからも毎日のように相談されていたと知り、似た者同士だったことが発覚した。

 だったら、わたしの気持ちと釣り合うくらい重いのかも……なんて、きゅんとしたことを惚気たら、隣人は「くっついてもこんなめんどくせぇのかよ」とぼやいていたが、口角が上がっていて嬉しそうだった。


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拗らせ女は重い気持ちを受け止めたい! 呪依ぷあ @majinai_purr

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