第2話 古い記録
図書館の古い書庫には埃の匂いと共に時が積み重なっていた。
「生物学……生物学……」
僕は脚立に登りながら、棚の奥を探る。アンナが言っていた通り、この棚は長いこと整理されていないらしい。背中の翼が狭い通路の本を揺らし埃が舞い上がる。
ふと、一冊の古びた本が目に留まった。『鳥類の飛行に関する考察』。手に取るとパラパラと古い紙の音が響く。鳥の翼の構造や、風の流れに関する詳細な記述。スケッチの端には走り書きのメモが残されていた。
「それ、興味ある?」
背後でアンナの声がする。いつの間にか彼女が覗き込んでいた。
「うん」僕は素直に答えた。「鳥の翼の構造と僕たちスラードラ族の翼は似ているようで違う部分がたくさんあって……」
「やっぱり若いスラードラの子って、飛ぶことをよく考えているんだね」
「僕の翼は小さくて……でも、きっと何か方法があるはずって」僕は少し照れながら答えた。
アンナは静かに頷いた。「それなら、工学の方にも資料があるはずよ。一緒に探してみない?」
彼女の提案に従って、僕たちは更に奥へと進んでいった。薄暗い書庫の中、埃っぽい空気が僕たちの足音を吸い込んでいく。
そこには風車の設計図や帆船の図解等、参考になりそうなものがあった。
「あ」
アンナが古い筒を見つけた。「これ、設計図みたい」
慎重に筒を開けると黄ばんだ大きな図面が現れた。僕たちは床に広げ、それを眺めた。
「これは……」
僕の声が震えた。それは50年前の日付が記された人族飛行機の設計図だった。
翼は布で作られ、木材で骨組みが組まれている。中央には人が座る場所があり、そこから前に突き出た方向翼を制御する仕組みが描かれていた。
この機体を山の上から落として滑空せさたらしい。
「こんなものがあったなんて」アンナの目が輝いていた。「50年前、人族にも空を目指した人がいたのね」
図面を見つめながら、僕の心臓が高鳴り始めた。この翼、この制御方法。これなら……
「借りていってもいい?」思わず声が出た。
アンナは少し考え込んだ。「いいわ。私が責任持って管理するから、持って帰ってよく調べてみて」
「ありがとう!」
夕暮れ時、僕は大切に筒を抱えて帰路についた。夕陽に照らされた雲がまるで黄金の翼のように輝いている。
家に着くと、グレイが待っていた。
「ずいぶん遅かったな」
「ああ、これを見つけたんだ」
図面を広げると、グレイの表情が変わった。
「まさか、これを……」
「うん」僕は頷いた。「この設計図を参考に、僕なりの翼を作れるかもしれない」
グレイは黙って図面を見つめていた。やがて、静かに口を開く。
「こんな大きくて羽ばたけないものが、魔法なしで飛べるわけないだろう」グレイが首を振る。「きっと高価な魔法具でも仕込むようになってるんじゃないのか? 図面のどこかに書いてあるはずだ」
「でも、ここには魔法の記述は一切ないんだ」
「だとしたら、そんな羽よりも重いものが飛ぶはずがない。精巧そうに書かれた図面みたいだけど空想の産物なんじゃないか?」
その言葉は正しいかもしれない。でも……
「それでも、やってみる」僕は図面に手を置いた。「50年前、翼のない人族がここまで考えたんだ。僕には小さくても翼がある。きっと、できるはずだ」
グレイはため息をついた。
「本当にその翼で成人祭の競技にでるのか?」
「うん」
窓の外で夕焼け雲が風に流されていく。50年前、誰かが同じように空を見上げ、飛ぶことを夢見ていた。その夢は今、僕の中で新しい形となって動き始めていた。
父の言葉が蘇る。「人は誰でも、自分なりの飛び方があるはずだ」
そう、これが僕の飛び方になるかもしれない──。
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