風の詩 ~スラードラの翼~
イータ・タウリ
第1話 小さな翼
夜明け前の風は、いつもより冷たかった。
イルテアの岬に立ち、僕は深く息を吸い込んだ。背中の小さな翼が朝もやに濡れて少し重い。
隣では双子の兄のグレイがいつものように黙って準備体操をしている。
僕らはスラードラ族、スラードラ島の有翼人で、天使のような翼を背中に持っているが残念ながら光の輪はない。
グレイ・ウィングレットは僕の双子の兄だ。理想的な大きさの翼を持ち、完璧な滑空フォームの持ち主。今年の成人祭の優勝候補の一人だ。
対して僕、ライト・ウィングレットはスラードラ族としては珍しく小さな翼しか持っていない。父を失ってから、翼の成長が止まってしまったのだ。
沖合には、オールド・フィンの救助艇が待機していた。朝もやの中、魚人族の小型船がゆるやかに波に揺られている。父の親友である彼は、父が亡くなってからも毎朝こうして僕たちの練習を見守り続けてくれている。
「風の流れは悪くないぞ」艇から声が届く。「気をつけて飛ぶんだ」
グレイが僕の方を向いた。「行って来い、ライト」
深く腰を落とし翼を大きく広げる。感じろ、風を。その流れを、その強さを、その方向を。
「行くよ!」と声を出す。
岬から飛び出した瞬間、風が全身を包み込む。僕は翼を最大限に広げ、全力で羽ばたいた。だが、体が重い。翼が小さすぎる。風は僕を持ち上げてはくれない。
「くっ……!」
必死に翼を動かすが、それは空しい努力でしかなかった。体は緩やかな弧を描いて落下していく。冷たい海面がどんどん近づいてくる。
「ライト! 風の流れを読め!」
グレイの声が風に乗って届く。でも、その忠告を活かす間もなく、僕の体は海面に叩きつけられた。冷たい。情けない。
スラードラ族は成長とともに飛行能力を失っていく。これは僕たちの宿命だ。だからこそ、若者たちは必死に飛ぼうとする。今この時期にしか、空を征服することはできないのだから。
見上げると、グレイが滑空を開始する瞬間だった。岬の端まで全力でダッシュすると、力強く翼を羽ばたかせ、一気に上昇する。その姿は美しく、まるで生まれながらの飛行者のようだ。
上空で翼を閉じ、鋭く降下して速度を上げていく。そして大きく翼を広げ、完璧な滑空フォームで風を切っていく。時折羽ばたいて距離を稼ぎながら、最後はゆっくりと優雅に着水していった。
「ライト! 大丈夫か!?」オールド・フィンの声。
「ありがとう……」
救助艇に引き上げられながら、ずぶ濡れの体の羽を拭った。グレイも艇に収容され、朝日に照らされた彼の翼から流れ落ちる水滴が一瞬きらめいた。
↓
◆
↓
「今日から図書館で働くんだったな」オールド・フィンが言った。「しっかりやるんだぞ」
今日から島立図書館でのアルバイトが始まる。島の中心部にある図書館は人族が管理している珍しい施設の一つだ。スラードラ族が先住民族とはいえ、今では様々な種族が共存している。特に知識や技術の面では、人族の貢献も大きい。
「ライト、あきらめるなよ。確かに俺たちは本当の意味で飛ぶことはできない。でも、お前には、お前なりの道がきっとある」
兄の言葉に頷きながら、僕は濡れた飛行服を着替えるため急いで家路についた。朝日が昇り、スラードラ島の一日が始まっていく。
図書館に着くと受付で人族の少女が待っていた。
「あなたが新しいアルバイトの……ライトさん?」
「はい。ライト・ウィングレットです」
「私はアンナ・ライブラリー。よろしくね」
彼女は穏やかな笑顔を向けてきた。その後ろの壁には古い写真が飾られていた。スラードラ族と人族が一緒に写る姿は、共に島の発展に尽くしてきた証だろう。
「ここには世界各国から集められた本があるの」
アンナは奥を指さした。「まずは書庫の整理からお願いできるかな? 特に生物学の棚が……」
アンナの説明を聞きながら、僕は決意を新たにしていた。ここで僕なりの飛び方を見つけられるかもしれない。父の言葉を胸に、僕は書庫へと足を踏み入れた。
風を感じる翼は小さくても、知識という翼なら、いくらでも大きく育てることができるはずだから……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます