第10章:最後の舞台
1917年6月、パリ・オペラ座。
原川は、特別な公演の準備をしていた。戦時下にもかかわらず、オペラ座は満員の観客で埋め尽くされている。
楽屋で、彼女は念入りに化粧を施す。今宵の衣装は、ポワレ特製の純白のドレス。東洋の神秘を象徴する金糸の刺繍が、全身を覆っている。
(実在のマタ・ハリなら、もうとっくに逮捕されている頃)
原川は、鏡に映る自分の姿をじっと見つめた。
「お時間です」
楽屋係が告げる。
「わかりました」
深く息を吸い、彼女は立ち上がった。
舞台の幕が上がる。スポットライトが、純白のドレス姿の彼女を照らし出す。
音楽が流れ始める。ドビュッシーの「月の光」。原川は、ゆっくりと体を動かし始めた。
この舞台には、特別な意味があった。観客席には、各国の要人たちが変装して紛れ込んでいる。そして彼女の踊りには、秘密のメッセージが込められていた。
ヴェールが舞う。それは、和平の象徴。
腕の動き。それは、密かな合図。
足取りの一つ一つが、暗号となって特定の観客に届く。
(これが、私の最後の舞台になるかもしれない)
原川は、全身全霊で踊り続けた。研究者として知っていた舞台の映像資料。しかし、実際に踊ってみると、それは想像以上に深い意味を持っていた。
フィナーレ。彼女は舞台中央で静止する。
割れんばかりの拍手が、劇場中に響き渡った。
カーテンコールの後、楽屋に戻った原川の元に、一通の封筒が届く。
開封すると、三つの暗号文。それぞれフランス、ドイツ、ロシアからの返信だった。
(ようやく、全てが整った)
彼女は、最後の賭けに出る準備を始めた。
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