【TS転生短編小説】「異説 マタ・ハリ ~夜明けのエスピオナージュ~」(9,976字)
藍埜佑(あいのたすく)
第1章:死と再生
2024年4月15日、東京大学本郷キャンパスの第二講堂。春の日差しが古びた窓ガラスを通して、教壇に立つ原川誠の肩を優しく照らしていた。
「そして1917年10月15日、マタ・ハリことマルガレータ・ガートルイダ・ゼレは、パリ郊外のヴァンセンヌ要塞で処刑されました」
講義の最中、原川は黒板に年号を書き込みながら、淡々とした口調で語り続けた。
「第一次世界大戦におけるスパイ活動の象徴的な存在として、マタ・ハリの名は歴史に刻まれることになります。しかし、彼女が本当に重要な軍事機密を漏洩していたのかについては、現在でも議論が分かれています」
突然、胸に鋭い痛みが走った。原川は息を呑み、チョークを落とす。
前列の学生が駆け寄ってくる。原川の視界が徐々にぼやけていく。
意識が薄れゆく中、原川の脳裏に一つの映像が浮かび上がった。
銃殺刑の執行を待つマタ・ハリ。白いドレスに身を包み、目隠しを拒否して死に向かう彼女の姿。何度も資料で目にし、講義で語ってきたその場面。
「私は……まだ……」
原川の言葉は途切れ、暗闇が全てを包み込んだ。
そして――。
「マダム・マクレオド、お目覚めになられましたか?」
女性の声が耳に届く。原川はゆっくりと目を開けた。見慣れない天蓋付きのベッド。アール・ヌーヴォー様式の曲線を描く家具。窓の外には、エッフェル塔が見える。
「ここは……パリ?」
自分の声に違和感を覚える。か細く、しかし艶のある女性の声。鏡台に映る顔。それは間違いなく、若き日のマタ・ハリだった。
壁にかけられたカレンダーには1905年4月15日の日付のところに丸が書かれている。
「今夜のフォリー・ベルジェールでのデビューに向けて、お支度をお手伝いさせていただきます」
メイドのマリーが告げる言葉に、原川は現実を理解した。自分は確かに死んだ。そして――マタ・ハリとして蘇ったのだ。
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