第7話 寂しがりや

 どのくらい移動しただろう。


 ガラガラは、サザナミの気配が完全に消えたことを舌で感じ取ると、夢宙を地面に降ろした。


 決して快適とは言えない状況で揺られていたにも関わらず、夢宙が酔いや苦痛を訴えることはなかった。


 むしろ楽しかったのか「すげぇ! アトラクションみたいだった!」とはしゃいでいる。


「あとらくしょん」

「そう。ジェットコースター的な!」

「ほう」


 あまりピンと来ていない様子のガラガラに、夢宙は笑顔を浮かべたまま「あれ?」と首を傾げる。


「もしかしてガラガラさん、アトラクションをご存知ない?」

「ない」

「遊園地とか行ったことないの?」

「ない」

「そ、そんな……‼︎」


 あまりにも衝撃的な言葉に、夢宙は後退りをしながら口元に手を当てた。

 ピシャーンという効果音が聞こえてきそうな様子を気にも留めず、ガラガラはパチパチと目を瞬かせる。


「貴方、どんな過酷な生活をしてきたの……⁉︎」

「生きてはいた。でも起きてはいなかった」

「なぁにを言ってんのぉ……?」


 ガラガラは思考するように横に目を逸らし、そして再度、夢宙と目を合わせた。


「……ガラスの筒の中にいた。今日初めて外に出て来た」

「はい……?」

「ゲラは製造される。動物と人間の細胞を混ぜ合わせ、液体に浸されながら、徐々に成長する」

「……それって、アニメとかでよく見るやつ?」


 真剣な面持ちで訊ねる夢宙に、ガラガラは「そう」と肯定を返す。


「な、なんだそれ……」

「……」

「めっちゃカッケェ……」


 夢宙は目を輝かせ、しみじみと呟いた。

 そして「現実にあるんだ……。そういうの……」と感動で体を震わせた。


「ってことは……何でもこれからなんだな」

「そうなる」

「お箸とか持てんの?」

「恐らく持てない」

「赤ちゃんじゃん……」


 周りに出来ることが出来ず、組織の中での常識がわからない、会社での自分。

 まだ外に出たばかりのガラガラと夢宙は、どこか似たような部分があるような気がしてつい重ねて考えてしまう。


「なぁ、ガラガラ」

「はい」

「お前……。私の家ウチで暮らせよ!」


 グッと握り拳を作る夢宙に、ガラガラはキョトンとした面持ちを保ったまま首を傾げた。


「私、結構いい家住んでんだぜ! 金もそこそこ貰えてるし、お前一人くらいなら余裕よ!」

「俺にはやることがある」

「にしたって、お前野宿でもする気か? こんな自然もないとこで? 飢えるぜ? 死ぬぜ?」

「ゲラは飢えでは死なない」

「死ななくても飢えはダメだろ!」


 頷かないガラガラに痺れを切らした夢宙は、グイグイとガラガラを押し始めた。

 しかし、夢宙がいくら全力で押しても、ガラガラは微動だにしない。

 硬い肌が少し凹むくらいの変化はあっただろうか。


「ハァ、ハァ……。お前体幹すごいな……」


 疲れで息が上がる夢宙を、ガラガラはアタッシュケースを下に置き「高い高い」するように持ち上げた。


「なぁ頼むよ、ガラガラぁ……。あの家広くて寂しいんだよぉ。同期のヤツらも、私のこと観察対象みたいな目で見てくるから友達になれないしさぁ……」

「今日出会ったばかりの殺人兵器と住むよりは、寂しいで済むほうがいい」

「そんな正論かますなよぉ……」


 になる夢宙を見上げながら、ガラガラは見開かれた目を閉じる。

 そしてゆっくりと夢宙を地面に降ろすと、アタッシュケースを手に取り「わかった」と頷いた。


「え」

「住む」

「マ、マジで……?」

「悲しませることは極力回避するべきだと思う。故に、住む」


 ガラガラの返答を聞いた夢宙は目の輝きと、いつもの元気を取り戻した。

 「やったー! やったー!」とはしゃぐ夢宙を、ガラガラが目で追いかける。


「じゃあ早速行こうぜ! こっから近いんだよ!」

「はい」


 夢宙がガラガラの服の袖を掴んで歩き出す。

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