第6話 サザナミ

 その足音は、まるでかのように響いていた。

 もしかしたらゲラかもしれないと、気を引き締める。

 夢宙がそんな危機感を覚えるのに反して、ガラガラはノイズ音を止めてしまった。


 どうして……という疑問を感じる直前、僅かに差し込む月明かりに照らされた人物に、夢宙は思わず目を見開いた。


 スッと立ち止まる美しい立ち姿。

 アメジストのような輝きを持つ瞳。

 肩ほどまである艶やかな黒髪の一部は、藤色に染まっている。


 性別など些細なことだと思わされるほどの美しさを持つその人は、はるか昔の人間が拝めば、きっとこう表すだろう。


 ——神様。


「お前は俺をそう呼ぶのか」


 容姿からは想像されなかった低音で、さして興味もなさそうに告げられ、夢宙は反射的に口を片手で塞いだ。

 そして、おずおずと問いかける。


「えーと……。もしかして言っちゃってた感じですか?」

「人を狂わせる夢魔だの、邪智暴虐の女王だの……。散々言われてきたが、俺が神であることは、ある意味事実だ。気にすることはない」


 目の前の男……と思われる人物の横に、先ほど夢宙たちが見上げていた謎の飛行物体が、浮遊したまま止まっている。

 男がその物体に手のひらをスッと差し出すと、そこが定位置であるかのように収まった。


 夢宙が、その物体をよく見てみると、猫の頭の形をしていた。

 そしてご丁寧に顔まで描かれている。少し間抜けな顔をしていて、夢宙はどこか拍子抜けしてしまった。


(UFOじゃなかった……)


 未知との遭遇ではなかったことに、少し落胆していると、男が夢宙に視線を移す。


「お前は雨浦夢宙だな」

「な、何故その名を……⁉︎ て、てゆーか? そういう貴方はどなたなんですかー?」

「……サザナミと呼べ。今はそれでいい」


 眉目秀麗の男——サザナミは名乗ると、高さのあるヒールを軽々と履きこなし、長さのある黒衣を翻しながら、夢宙たちとの距離を縮めてきた。


「だ、大丈夫かな、ガラガラ。相手人間っぽいけど」

「ふむ……」


 ガラガラはサザナミに何か思うところがあったのか、サザナミから夢宙を守るように前に出た。

 それを見たサザナミが、足を止める。


「むちゅーには、何用?」

「……しっかりと機能しているらしいな。世にも珍しい『人間を守るゲラ』か」

「質問に答えてもらいたいなー」


 ガラガラの舌がシュルシュルと動く。

 サザナミは目を細めて薄く笑みを浮かべると、ガラガラを試すように「もし……」と目を横へと流した。


「俺が雨浦を……殺しに来たと言ったら、人間を殺せないお前はどうするんだ?」

「……」


 ガラガラの視線とサザナミの視線が交わる。

 そして——。


「うおッ⁉︎ な、なんだよッ‼︎」


 ガラガラは即座に夢宙を肩に担ぎ、サザナミの前から逃げ出した。

 夢宙が担がれながら顔を上げると、特に動く気配のないサザナミが見えた。


「なぁガラガラ! やっぱ敵意ないっぽいぜ!」

「むちゅー、舌噛む」

「はーなーしー聴ーけーよー‼︎」


 そんな訴えの声が、夜の神世研究都市に虚しく響いた。

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