川崎が異界と繋がってしまったので探偵として街の平和を護ります5

@CircleKSK

川崎の名物 十手おじさん

第1話 南町

 川崎市川崎区。人口約23万人で政令指定都市の中心部。異界と現世が入り交じる奇妙な街。川崎という土地は常に奇妙な事件と隣り合わせである。俺はこの街で探偵業を営んでいる。事務所は川崎の仲見世通りにあるカラオケボックス「レインボーブリッジ」の裏手にある雑居ビルの二階。


 桜が舞う川崎の街に、不穏な空気が漂い始めていた。昼と夜の境界が曖昧になり、見慣れた景色の片隅に、どこか異質な影が忍び込む。そんな時、俺の事務所に、一人の女性が訪れた。


 「ある事件を調査してほしいんです」


 戸口に立っていたのは、スーツ姿の女性だった。きっちりとした装いに反して、その顔には疲労の色が濃く潜んでいる。まるでブラック企業で三日三晩働かされた社畜のような顔だ。


 警察手帳によると、彼女の名前は藤井明日香。交通課に務める巡査である。


 刑事が俺の事務所を訪ねることは、そう珍しくない。こんな街だからな。だが、警察が動いている事件を、個人的に依頼されるのは初めてだった。


 「どんな事件ですか?」


 「ここ最近、南町付近の路地裏で連続通り魔事件が発生しています。夜道を歩いていた人々が突然襲われ、気を失った状態で発見される。幸い死者は出ていませんが、全員が『黒い影に襲われた』と証言しているんです」


 「黒い影……?そんなの、警察で捜査したらいいじゃないですか?」


 「もちろん捜査しています。でも、公式な調査では限界があるんです。特に、普通では説明のつかない現象が相次いでるんです」


 俺は眉をひそめた。「普通では説明のつかない現象」――嫌な響きだ。


 「たとえば?」


 明日香はすこし言いづらそうにしながらも、慎重に言葉を選んだ。


 「目撃者の証言によれば、襲撃者は人ではない。影のような存在が現れ、被害者に襲いかかったと」


 「それは、さっき聞いた。黒い影だろ?」


 「ええ。ただ、その場にあった防犯カメラには、何も映っていないんです」


 影が物理攻撃してくるとは。ホラー映画なら絶対に続編が作られるパターンだ。


 「なるほど……、その影を調べて欲しいと?」


 「私は立場上……、自由に動けないので……」


 「そもそもが、交通課の仕事じゃないだろ?」


 「……かもしれません。でも、見過ごすわけにはいかないんです。何か大きなことが起きている気がするから」


 正義感と好奇心。その両方が、彼女をここに連れてきたのだろう。


 「先輩には単独行動は控えるよう言われてますが、いまも、完全に一人というわけじゃありません。後ろ盾になってくれる人もいますし、報酬もきちんと用意します」


 ということは、彼女の動きは非公式ながらも黙認されているわけか。そうでなければ、交通課の人間が事件捜査などできるはずがない。


 「分かった。引き受けよう」


 こうして、俺は連続通り魔事件の調査を開始することになった。


 霧のように現れては消える黒い影。人気のない路地で聞こえる足音。襲われた人々が、「何かを見た」と言い残すが、防犯カメラには何も映らない……


 俺は調査を進める中で、刑事の藤井明日香とともに事件の現場となった薄暗い路地に足を運んだ。


 路地裏はひんやりとした空気に包まれ、どこか生臭い匂いが漂っている。コンクリートの壁には、何かの液体が飛び散った跡が残っていた。


 「ここが、最新の事件現場です」


 明日香が指さした先には、乾いた血痕が点々と続いている。警察の捜査はすでに終わっているらしく、規制線は撤去されていた。


 「被害者は?」


 「命に別状はありません。ただ……」


 「ただ?」


 明日香は少し口ごもった。


 「襲われた直後、しばらくの間、言葉を発することができなかったそうです。何かに怯えているような感じで」


 「ふむ……」


 俺は地面にしゃがみこみ、血痕を観察する。まるで、何かが這いずるように残された跡……まるで、人ではない何かがここにいたような……。


 その時、背後から突然の気配。


 「――!!」


 振り返ると、暗がりの中に何かが動いた。


 「佐藤さん!」


 明日香の声とほぼ同時に、俺は身を翻し、影に向かって駆けだした。だが、それは次の瞬間にはもう、消えていた。


 「……今のは?」


 明日香が息を呑む。


 「さあな。だが、どうやらこの事件……怪異が絡みで間違いないようだ」


 夜の川崎。怪異と探偵の対決が、幕を開けた。

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