第2話 旧東海道

 川崎の街はカオスである。何が起こるかわからないし、何が起こっても誰も驚かない。逆に驚いたら負け。そんな街で探偵稼業をしている俺は、今日もそんな混沌の一端に巻き込まれようとしていた。


 「ねえ佐藤さん、事件に共通する点として現場の近くで必ず不審者が目撃されているんです。」

 

 隣を歩くのは、川崎警察署の婦人警官・藤井明日香。真面目が服を着て歩いているような女だが、ここ川崎では真面目さは防具にならない。むしろ、ギャップ萌え要素にしかならない。


 「この街で、不審者なんて言ったら指がいくつあっても足りないがな」

 「どうして、そんなに怪しい人が多いんですか」

 「怪しい奴が多いんじゃない。怪しい奴しか生き残れないんだ」

 

 俺は適当に返す。


 「それはそれで問題では?でもね、佐藤さん。怪しい人物には共通点が——」

 「おっと、それどころじゃなさそうだ」

 

 俺たちは次の事件現場に到着した。人混みの中心にいたのは——


 「神妙にお縄を頂戴しろぃ!」

 

 ——十手おじさん。

 いや、どこからどう見ても、十手おじさんだった。

 というか、そもそも「十手おじさん」って何なんだというと。齢六十を超えたと思われる男が、ママチャリにのって昔の岡っ引きスタイルで町中を闊歩する様は、川崎の日常風景の一部と化している。


 「佐藤さん、あの人、知り合いなんですか?」

 「いや、知り合いっていうか……もはや名物?」

 「そんな枠あるんですか?」

 ——ある。というか、十手おじさんの他にもいろいろいる。ピンクおじさんとか、ギターおじさんとか、彼らの存在について語ると長くなるから今回は割愛するが、とにかくこの街は「個性派おじさん」たちが幅を利かせている。


 「十手おじさん!」


 俺は試しに呼んでみた。

 

 「おう、佐藤の旦那! こんなところでどうした!」


 ダッシュで近寄ってきた十手おじさん。どうやら俺のことを覚えているらしい。まあ、過去に何度か仕事で絡んだことはある。


 「いや、なんというか……最近ここらで変な事件が多くてな、何か知ってるか?」

 「おぅおぅおぅ、それを聞くとは旦那も見所があるじゃねぇか!」


 見所の使い方がおかしい。


 「だが、これは俺の事件だ」

 「いや、警察の事件かと……」

 「そうだ! 俺の岡っ引き魂が感じ取った!これはヤバい事件だ、あんたらは引いた方がいい」

 「いや、そんなふわっとした情報で……」

 「旦那、直感は大事だぜ?」


 そう言って十手をカチリと鳴らす十手おじさん。あながち適当なことを言っているわけでもなさそうだ。


 「つまり、あれですか? 事件には異界の存在が関わっている、と?」


 明日香が冷静に聞く。まあ、普通の警官なら「そんな馬鹿な」と笑い飛ばすところだが、この街では常識のほうが負ける。


 「そういうこった! 旦那、気をつけろよ? これからもっとヤバい奴が出てくるかもしれねえぜ!」


 十手おじさんは俺の肩をバシンと叩き、ママチャリにのって颯爽と去っていった。

 

 「あの人、何なんですか?」

 「川崎を守る……名物?」

 「納得できるようで納得できません!」

 そう叫ぶ明日香をよそに、俺は考え込んでいた。

 十手おじさんの直感が当たることは、俺も知っている。となると、やっぱりこの事件、ただの怪事件じゃ済まないな——。

 「……まあ、気をつけるに越したことはないか」

 俺はタバコに火をつけながら、川崎の街を見渡した。細い煙が夜の街に溶けていく。


 「佐藤さん、その、先ほど言いかけた不審者の共通点なんですが、みんな十手を持っていたっていうんです。」

 「え?……待てよ、それってつまり——」


 ——どこから異界の影が忍び寄ってきているのか、それを知るのはまだ少し先の話になる。

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