三章 救う魔法


南方地方 東方 あらいしゅ国 外門 入口


 ゆうおう国を出てから半月程度で無事、俺たちはあらいしゅ国に到着した。ゆうおう国ほどではないが、外門はしっかりと設置されており、警備の門兵もいる。どうやら入国には審査が必要なようだ。

 ゆうおう国の際はジャスミンがいたこともあり、すんなりと入国することができたが今回はそうはいかないだろう。ジャスミン曰く、極秘任務ということもあり、クルクマ様からの命ということで入国ができない。つまり、クルクマ様の入国許可証がないのだ。俺たちは自分たちの力量で入国をしなければならない。

 近年、入国はどの国も厳しくなっている。それは数年前から本格化した魔王軍の南方地方への侵攻が要因であろう。今は南方地方西方を中心に戦争が起きているが、他の国もいつ戦場になるかは分からない。

 ひそく村のことが少し心配になる。

「おい、そこの者、止まれ。入国許可証は持っているか?」

「はい。もちろんです。あれ? ここに入れておいたのに。可笑しいな、忘れてしまったようだ。一度、家に帰って取って来てもよろしいですか?」

 ジャスミンの演技わざとらしいな。

「忘れたって、国内にか? 怪しいな。出国する時はどうしたのだ?」

 通常、国を出る時にも出国許可証が必要であり、この出国許可証と入国許可証はセットになっていることがほとんどだ。

「出国する時は、父がいたのです」

「じゃあ、父親の入国許可証があるだろう。そもそも父親はどこだ?」

 門兵の問いにジャスミンは、顔を隠し、泣いて見せる。もちろん演技だ。

「そ、それは、父は、出先で魔物に……」

 おー。これは、なんと。ジャスミンは本人が男だと言わない限り男と気づかないほど美しく、女性よりも女性らしい立ち振る舞いを普段からしている。まあ、本人は意識していないだろうが、生まれつきの美貌と育ちの良さがそれを作り出しているんだろう。

「お、おい、泣くな。そうか、そうだったのか。それは、気の毒だった」

 さすがの門兵もこの演技には弱い。正直、俺が門兵でもうろたえてしまう。それほどに今のジャスミンには普段の数十倍色気がある。

「しょうがない。今回だけは特別だ。通れ」

 こうして俺たちは無事、難関である入国を通過することができた。

「お前、やけに慣れていたけど、初めてじゃないだろ?」

「なんのことだ?」

 ジャスミンに先ほどまでのつい抱きしめてあげたくなる色気はない。

「入国の演技」

「あー、まあな。わりと使う手だ」

 わりとって。噂になってるんじゃねーか? 入国許可証紛失美女って。

「思ったよりも栄えているな」

 目的地は国の端にある小さな村だ。道のりの途中で大きな川が流れているということなので、小船が必要らしく、借りれる場所を探すついでに商店街を見ている状況だ。

 ゆうおう国ほどではないが、商店街や街並みもしっかりとしていて、治安の良さが感じ取れる。

「おー、あれ美味そうだ。『焼き鳥』だってよ。ちょっと食っていかねーか?」

「そうだな。少し、お腹が空いた」

「よしきた!」

 俺は焼き鳥を二本買うと、一本をジャスミンに渡す。

「あ、ありがとう」

 残った一本を自分の口の中に放り込む。ほどよい肉の脂身が口の中に広がり、ちょっとした焦げた風味が脂身を包むように舞う。これこそ、焼き鳥。昔、ルコばあが作ってくれた焼き鳥がめちゃくちゃ美味しくて、必要以上に鳥を取りに行っては魔物に襲われてたなー。

「おーこれは」

 ジャスミンが興味を示したのは美味しい食べ物でも綺麗なお姉さんがいる大人な店でもなく、上等な絹であった。

「お姉さん。うん? お兄さんか? えーいどっちだ!」

 店の主がジャスミンに声をかけるのに戸惑っている。うん。その気持ちよくわかる。もうこいつに関しては性別を頭にでも書いておいてほしいね。

「主、この絹を貰えるか」

「まいど。お目が高いね。あんた。それは朝、北方地方から輸入してきたばかりの上等品だよ」

 ふーん。こいつ興味があるものも女っぽいというか。

「どうした? 行くぞ」

「それ、なにに使うんだ?」

「なにって、師匠の服をこれで作ってやろうと思ってな」

「作るって、お前、そんなこともできるのか」

「普通だろ」

 駄目だ。こいつと話していると頭が変になりそうだ。大事ななにかを壊されてしまいそうになる。

 商店街を一通り満喫した後、俺たちは目的である小船の貸し出しをやっている人を見つけることに成功した。

「すまない。この船を一艘借りれるか?」

 頭に、ハチマキのようにタオルを巻き、半袖短パンで船の整備を行っている兄ちゃんにジャスミンは問いかける。

「おーう。ちょうど、その船、今整備が終わったところだ」

 こうして、無事に船も手に入れ、目的地の村へと出発した。

「途中で街を挟むな。そこで今夜は泊まろう」

「りょーかい。にしても、お前といいどいつもこいつも国の端が好きな奴ばっかりだな」

「私と師匠はしょうがないにしても今回は好きで住んでいるわけじゃないだろう」

「そうだけどよー。長旅過ぎるぜ。もう先越されてたりしてな」

「それは、考えたくない話だな」

 川の水。この世のものすべてには生命エネルギーがある。つまり、魔力があるということだ。ジャスミンは川の水を利用して船の底に足のようなものを生やさせ、船は船らしく川の上を渡ることはなく、川の上を走る形になっている。

 これ、もはや、船である必要なんてなかったんじゃ。

「地図で見た距離じゃ、普通なら数日かかると思っていたけど確かにこれなら明日には着けそうだな」

「私の魔法のおかげだな」

「あー。感謝してます」

 船に乗って数時間が経過。外はすっかり日も落ちて暗くなり、辺りは正に暗闇と言うのに相応しい。

 俺たちは魔法で火を点け視覚を確保する。

「よし、この辺でいいだろう」

 船を止め、俺たちは宿へと向かった。

 風呂は大浴場しかないらしく、俺たちはなぜか一緒のタイミングで入ることに。

「おー、魔獣との戦いの傷、なかなか跡が消えないと思っていたがようやく消えたぞ! ほら見て見ろユーカリ」

「はいはい。てか、こっち来るな」

「なんでだ? 男同士だろ?」

 いやお前はあのー、お願いだから、全身を隠してもらっていいですか?



南方地方 東方 あらいしゅ国 くろちゃ村


 早朝に出発し、普通の船なら数日の旅になるところを一日程度で着いてしまった。

「ここが、くろちゃ村」

 田舎村出身の俺からしたら馴染み深いというか、帰ってきたような安心感がある村だ。

 自然豊かで、建物の数が少なく、古い。自給自足で生きていることが分かる田んぼや木作業の跡。

「随分と田舎だな」

「俺からしたら商店街よりもこっちの方が安心感あるぜ」

「まあ、それもそうだな」

「お兄さんたち誰?」

 まだ十歳にも満たないであろう小さな女の子が小さな小屋の陰から俺たちを恐る恐る窺っている。

「お、俺たち、旅の者で、そのー、怪しくないというか」

「おい。自らを怪しくないという奴ほど怪しく見えるものはないぞ」

「う、うるせー」

「お嬢さん。私たちはミモザという女性を尋ねにここまで来たのだが、どこにいるか知らないかい?」

 ジャスミンが発した「ミモザ」という名前に、少女は敏感に反応した。俺たちを見る警戒の目が敵意への目と変わる。

 少女は首にぶら下げていた笛をこれいじょうにないくらい大きな音で吹く。小さな村中にその音は鳴り響いた。

「おい。お前、普通にやらかしてるじゃねーか」

「す、すまん」

 数人の村人が笛の音を合図に、俺たちのいる村の入口へと集まってくる。

「なんの騒ぎだ?」

「パパ。この人たち、悪い人だよ」

「なに?」

「ミモザお姉ちゃんを捕まえに来た悪い人」

「な! ミモザ様を」

 ミモザ様?

「えーい騒々しい」

「あ、トレニア様。すみません」

「なんの騒ぎだ?」

「それが、娘が」

「トレニアおじちゃん。この人たち悪い人! ミモザお姉ちゃんを捕まえようとしているの」

「そうか。悪いの。そこの客人。そういう要件であれば帰ってはくれぬか?」

 明らかに俺たちのことを、ミモザを捕まえに来た国の兵隊となにかと勘違いしてやがる。まずい状況だ。

「申し訳ございません。私たちは決してミモザさんに危害を加えに来たわけではありません」

「聞こえなかったか? わしは帰れと言ったのだ」

 ジャスミンの言葉に老爺は聞く耳を持つ様子はない。これは、争いを避けられそうにない。

「どうしたの?」

 全身に鳥肌が走る。な、なんだ。これはあの魔獣と戦った時とは比べものにならない。俺は今なにを目にしているんだ?

 声の主はジャスミンから聞いていた十五くらいに見える女の子。エルフのような長い耳が特徴的で、ツインテールに焼けた肌。可愛らしい見た目とは裏腹に大人びた耳飾りと髪飾りを付けている。全身黒い服で包まれる彼女は正に神秘的だった。

「ミモザ! 出てくるなと言っただろう」

「だけど、おじいちゃん。村のみんなの魂が揺らぐから」

 ミモザは俺たちの方へ視線をやる。

「誰? そこにいる二人の魂。それは見たことがない」

「驚いた。本当に私たちを魂として見ているのか」

「私を捕まえに来たの?」

「ち、違う!」

 俺は震える身体を抑えながら声を張る。

「違う?」

「俺たちは君を捕まえに来たんじゃない」

「じゃあなに?」

「それは……」

 クルクマ様の命で君を宮廷に連れて来いと言われたなんて言えやしないよな。少なくてもこんな人前で。

「えーっと」

「えーっと?」

「おい、大丈夫なのか?」

 ジャスミンは俺にしか聞こえないくらいの小声で問いかけてくる。

 くそ。言葉が思いつかん。できるだけ波風を立てず、かつ、ここにいる村のみんなに納得してもらう方法。

「あ、あれだ。ここにミモザという絶世の美女がいると聞いて、ぜひ、一度、拝んでおこうかなと思って」

 その場の空気が凍てつくのを感じた。

(あ、死んだ)

 直感した。

「き、貴様、なにを言っているのだ?」

「俺にも分からん」

「な、なあななあななななな」

 ミモザは顔を真っ赤にして、なにやら慌てた様子である。

「な、なにをい、いおって、言っているのか、しら? ぜ、絶世のび、美女? で、ですって? どこの? だ、誰が?」

「えーっと、あなたです」

「あああああああああ」

 おーっと、なんだ、この反応は。

「おい、みんな! この客人二人を手厚く迎えよ!」

「おおおおおおおお!」

 老爺の掛け声と共に村の人の一致団結した声が村中に響く。

「えーっと、ジャスミンさん? これは、どういう状況なの?」

「私に聞くな。貴様がやったことであろう」

 俺たちは、そのまま、なるがまま宴会の席へ招待されてしまった。

「ジャスミンって言うのか! 凄い、美人だな」

「いや、男です」

「はっはっは! ジャスミンは冗談が上手いな!」

 村の人の体内アルコールはいい具合になり、すっかり、宴会というのに相応しい席となっていた。

「ごめんなさい。騒々しくて」

 夜風に当たろうと一人、外に出て星空がよく見える瓦礫の上でくつろいでいると、ミモザが隣に腰を下ろした。

「いや、こっちこそ悪いな。こんなご馳走まで用意してもらって」

「いいのよ」

「それにしても、急になんで?」

「みんな嬉しかったんだと思う」

「嬉しい?」

 ミモザは優しい微笑みを俺に見せる。人形のように美しく、可愛らしい。

「ここに来るよその人は、みんな、私を捕まえようとする人たちばかりだから。貴方たちのような善意溢れる人が来たことが嬉しかったのよ」

「そ、そうか。愛されてるんだな」

「ええ。ここに来て十年近く経つかしら。みんな私を我が子のように愛してくれているわ」

 本当に、こんな可愛らしい子が禁書の魔法使いなのか?

「それで? 本当はどんな目的でここに来たの?」

「え?」

「まさか、本当に私を見にこんなところまで来たわけじゃないでしょ?」

「お見通しか」

「ええ。私、目が見えないから」

「目が見えない? どういうことだ?」

「生まれつきそうなの。人が見ているような景色、ものはなに一つ見えなくて、代わりに見えるのは魂の形」

 これが、ジャスミンが言っていた魂が見えるってことか。

「だから、貴方が今、どんな表情で私と喋っているかは見ることができないし、分からないわ」

 少し、彼女が悲しい表情をするのが分かった。

「こ、こんな表情だ!」

 俺は自分の頬を自分の指で引っ張り、笑顔を作って見せる。

「って、言っても、見えないよな」

 ミモザは驚いた表情を見せた後、また微笑んだ。

「ううん。分かる。貴方の魂は綺麗。優しい魂の色」

「そ、そうか」

「貴方、ユーカリだっけ? ユーカリでいい?」

「う、うん」

「ユーカリは、私をどうするの?」

 不安そうな目で俺を見つめる。その目には俺の形は俺が見る世界とは別の世界で見えているのだろう。

「俺は……」

 俺は、彼女を宮殿に連れて帰らなければならない。そのために来た。そのはずだ。

「私を、戦争の兵器として扱うの?」

「違う! 確かに、俺たちは君の魔法を目的にここに来た。けど、そんな戦争に使うなんて……」

 上手く言葉にならない。

「うん」

「君は、本当に人を殺したことがあるのか?」

 聞くべきことはそうじゃない。今聞くべきことではない。分かっているはずだ。なのに、どうしてだろう。最善策でもやるべきことでもなく、自分の聞きたいことを優先してしまったのは。

「知ってるんだ」

「う、噂で聞いて」

 ちょっとの間が空く。この沈黙が、俺が本当にこんなことを聞いてよかったのかという自問自答を避けては通らせないでいる。

「殺してないよ」

「よ、よかった」

 安堵している自分がいる。

「私ね、エルフのハーフなの」

 そのエルフ特有の長い耳の正体はやはりそういうことか。それにしても、ハーフというと。

「パパが人間で、ママがエルフ。パパは料理屋さんで、ママは強い魔法使い。ママがお家に帰るとパパが必ずご馳走を作ってママを喜ばせるの。私はそんな温かい家族の中で育った」

 噂とはとてもいい加減なものだと今改めて思い知らされる。

「ママはね、ある戦いの影響で身体に呪いがかけられてて、その呪いが進行して、隔離生活を送っていたの。その呪いが移る呪いだったからだよ? パパはそれを知って、ママと一緒に隔離生活をすることを受け入れた」

 魔族との戦いだろう。

「私は、生まれてからの体質のせいか、呪いの影響を受けなくて、無理言ってパパとママと一緒に暮らしていたわ。そして、パパとママの魂が弱って、もう駄目って時、二人は私にこう言ったの。『ミモザ、私たちを天界へ送ってくれる?』って」

 千年前、魔王が世界にかけた呪い。それは、死んだものの魂を天界へは帰させず、魔族として転生させる呪い。今のこの世界に、死という言葉は正に、死である。死んだら魔物となって生まれ変わり、人を襲うからだ。

「私の魔法ならそれができることをパパとママは知っていたんだろうね。私は泣きながらやったわ。二人を魔物になんかにさせない。私が天界に帰すんだって」

 それが「人殺しのミモザ」の由来か。

「泣いているの?」

 ミモザが俺の頬に伝う涙を綺麗な指で拭ってくれる。

「あ、い、いや、これは」

 泣いていた。言われるまで気づきもしなかった。彼女の魔法は『殺す』魔法なんかじゃない。

「優しいのね。ユーカリ」

 優しいのは君だ。俺は、君を人殺しの魔法使いだと思っていたのだから。

 俺は思わずミモザを自分の胸に抱き寄せていた。ミモザは咄嗟のことで驚いていたが、優しく俺の肩を掴む。

「ミモザ。君の魔法は『人殺しの魔法』なんかじゃない。『人を救う魔法』。この世界でたった一つの救いの魔法だ」

 ミモザの表情は見えない。それでも彼女が泣いていることが分かった。

「ミモザ。頼みがある」

「なに?」

「一緒に、宮殿に来てくれないか? 君の魔法が必要なんだ」

「いいよ」

 星がよく見える夜空の日に、俺たちは出会った。


     3


 春という季節は生物の追い風となる季節だと思う。夏のような暑さを避ける毎日を送る必要はなく、冬のような寒さに耐える必要もない。春は、四季の中で一番に自由だ。

 くろちゃ村に来てから数日。俺たちは村の人との親交を深めたこともあってか、村の木作業や畑作業など人手不足なところを中心に手伝っていた。

「あー疲れた」

 人助けは日常茶飯事とは言え、この手の肉体作業が疲れることには変わりない。

「ユーカリ。あんたはよく働く」

 この人は確か、村の村長のトレニア。村の人からは「おじいちゃん」の愛称で親しまれている人だ。ミモザのことを国からかくまったのもこの人らしい。

「トレニアさん。他にも手伝うことはなにかありますか?」

「そうだな。じゃあ、あっちの畑を耕すのもお願いしようか」

「お安い御用です」

 そんな体力ねーよ。なんて口が裂けても言えやしない。

「すまない。若い人手は栄えた街にみんな移り住みに行くばかりで、若い人手が足りない。いつもは、ミモザが手伝ってくれるんだけど。あの子に任せっきりも悪い」

 確かに十五の女の子に任せるには肉体労働過ぎるな。

「わしが彼女に初めて会ったのはもう、十年も前のことになるかな。ボロボロの服に、傷だらけの肌。ろくにご飯や風呂も入れなかったんだろう。それでも、こんな美しい生き物は見たことがない。そう思った」

 つい昔の自分と重ねてしまう。

「彼女はわしや村の人に一切口を開かなかった。当然だ。彼女にとって大人は自分の命を狙う存在。誰も信用できなかったのだろう。彼女が初めて口を開いたのは、村に来て一年が経とうとしていた頃だった。わしがいつものように畑作業に出かけようとすると『私も手伝う』と言ってついてきた。嬉しかった。それからは自分のことをちょっとずつ、わしに話してくれた」

 ミモザにとってのトレニアは、俺にとってのルコばあのような存在なのであろう。

「だが村の者の中には、彼女を恐れる者も当然いた。彼女は人殺し。いつ、わしたちの命を狙うかは分からないと」

「そうは見えませんでしたけど?」

 ミモザは村全体に親しまれているというか、神様のように拝まれているそんな印象を持った。

「ある時、国の外門が破れ、魔物が村に現れたことがあった。こんな国の端にある田舎の村だ。魔物と戦える魔法や剣技を持つ者はいない」

「ミモザが助けてくれたんですね」

「その通りだ。彼女は簡単に魔物を倒してくれた」

 それで、村の人の信頼を得たというわけか。村の人々にとってミモザは命の恩人でもあるということになる。それなら、あのミモザを神のように拝むような姿勢も頷ける。

「わしにとって、ミモザは光だ。彼女の手をどんな理由があっても黒い血で染めてはならぬ。彼女を戦争の兵器なんかにさせはしない」

「俺も、同じ気持ちです」

「今回、この村を訪れたのがお前たちのような若者で良かった」

 彼女はこの先、どういう人生を送るのだろう。ふと疑問が頭に浮かぶ。このままこのくろちゃ村で平和に暮らすなんて正直、無理な話だ。

 魔王軍が南方地方に侵攻を開始した以上、この国もいずれは戦争に巻き込まれる。そうなればミモザも当然。

 彼女を宮殿に連れて行くということは、彼女の身の安全を守ることにも繋がるのかもしれない。ゆうおう国は南方地方最大の国だ。ここにいるよりずっと安全のはず。

 けど、クルクマ様は彼女に自分の目的を達成させた後、どうするつもりなのだろう。

「それは、私にも分からん」

 俺は優雅にお茶を飲みながら書物を読んでいるジャスミンに自分の疑問をぶつけていた。

「分からないって、まさか、王国に売ったりはしないだろうな?」

「それはないだろう」

「でも、絶対とは」

「クルクマ様は、私がゆうおう国に来る前からの付き合いだ。私の血筋のことも知っている数少ない人でもある。大丈夫だ。そんなことはしない」

 ジャスミンが言うのであれば、まあ、その点は問題ないか。

「ここに来てから、やけにミモザのことを気にかけるんだな」

「そ、そんなこと」

「惚れでもしたか?」

 ジャスミンはニヤリと面白がったような表情で俺を見てくる。

「なわけねーだろ。ただ、俺は、自分の使える魔法のせいで国に利用される人生を送るのが可哀想と思っただけだ」

「そういえば、貴様は天性のお人好しだったな」

 な、なんとか誤魔化せたか。

「ここを出るのは明日にするぞ」

「え?」

「さっき、村長のトレニア殿にも話を済ませてきた」

「そ、そうだよな。速いことに越したことはないよな」

 ミモザがこの村を出たら、もしかしたらこの村に帰ってくることはできないかもしれない。それなら、彼女にとって村のみんなと過ごせるのは今日だけってことか。

「まあ、それもあるが。戦況が悪いのが一番の要因だ」

「戦況?」

「魔王軍が南方地方西方から東方に軍を送ってきたとの話が数日前から入ってだな。このあらいしゅ国もいつ戦争に巻き込まれるか分からない。実際に国はもう軍を国の近辺に配備し、とある部隊は魔王軍と交戦を始めているそうだ」

「もう、そこまで、来ているのか」

 ひそく村のことが頭に浮かぶ。

「西方は、まだ、制圧はされていなんだよな?」

 俺の慌てた表情にジャスミンは少し、後ずさりをする。

「あ、ああ。南方地方、西方最大の国『あまいろ国』が頑張っているらしいから、なんとか」

「よ、良かった」

 いずれは俺も戦場に立って、村の皆を守りに行かないととは思うけれど、今の俺の実力じゃ到底、魔王軍と戦うことはできない。むしろ、軍の足を引っ張ってしまう。

「案ずるな。戦況が最も過酷な西方には王国軍も加勢している。そう簡単に負けたりはしないさ」

 俺の心境を察してか、ジャスミンは気を遣った言葉を吐いてくれる。

「どちらにせよ。出発は明日だ」

 もう、魔王軍との戦争は始まっている。俺が魔王軍と戦うのも遠い未来の話ではない。そう思うと、日々の修行をさらに頑張らなければと自然と手に力が入った。



南方地方 東方 あらいしゅ国 中央通り


 くろちゃ村を出ると、俺たちは足早にもと来たルートを辿って商店街などがあった国の中央通りに着いた。

 村を出る時にトレニアから言われた「頼んだぞ」という言葉がなによりも俺の心に響いた。ミモザは泣いてはいなかったが、最後まで村の人に笑顔を絶やすことはなかった。

「貴方たち面白い魔法を使うのね」

 ミモザが言っているのは、船に足を生やしたジャスミンの魔法のことだろう。

「ああ、あれな。俺も最初見た時は驚いた」

「私の魔法のセンスは、一級品だからな」

「自分で言うな」

 ミモザが笑う。彼女が笑っていると安心する。

「それ、村出る時、貰ったものか?」

 大事そうにミモザは自分の首に付けた綺麗な首飾りを見ている。

「ええ。私の安全と人生の幸福を祈った御守りだって」

「おー。かなりの上等品で作られているな」

 ジャスミンは上からその御守りを覗く形で見つめる。

「そうなの?」

「ミモザが大切にされていた証だろう」

 ジャスミンの言葉にミモザは嬉しそうに微笑んだ。

「私、あれ食べたい!」

 ミモザが指さした方向にあるのは。

「パンケーキ?」

 何やら、俺たちが行きでは目に止めることもなかった、可愛らしく、甘ったるいものに興味を示している。

「おい、ジャスミン。このお嬢様はもうあれを食べなければ前には進めないといった顔をしているぞ」

「女性の甘いものへの好感度は、全人類共通というわけか」

 ジャスミンはやれやれと手を眉間に当てる。

「ちょっとくらいならいいんじゃないか?」

 あまり、人手が多い場所で、長居をするのは多方面から見て得策ではない。けれど、村を出て心細い気持ちをしているはずのミモザに少しでも楽しいことをさせてやりたかった。

「分かった。行こう」

 ジャスミンも考えていることは同じなのであろう。俺たちは三人でパンケーキとやらを売っているお店に入った。

 中は、以下にも女の子が好きそうなお洒落な雰囲気のお店で、流れている音楽もそこらの酒場で流れているような曲とは違う。

「お、お、おい。ジャスミン。こ、こは、俺たちが入っていい領域なのか?」

 店内にいる他の客は若い女性陣ばかりで、みんな洒落た服装をしている。さすが国の中央通りにある女の子向けのお店だ。

「うろたえるな。きもさが増して一層に目立つ」

 ジャスミンは慣れているのか、特に動揺した様子はない。

「べ、べ、別に、う、うろた、えてねーし」

 席に座って、メニューを開き、ジャスミンは隣に座るミモザにメニューに書かれた内容を教えてあげている。

「ありがとう」

 他の客がこの二人を見て、噂をしているのが分かる。当然だ。こんな美貌を持った二人が楽しそうにメニューを見ているのだから。それだけで絵になる。

 それに比べて俺は。

「ユーカリは決めた?」

 ミモザの問いに俺は慌ててメニューを見る。

「そ、そうだな。え、えーっと」

 なんだよ。このキラキラしたメニューは。だ、駄目だ。小さい頃、ルコばあや村の皆と食べる酒のつまみが一番嬉しかった俺にとって、このメニューは眩し過ぎる。

「いちごのやつが美味そうだぞー」

 明らかに動揺する俺を見て、ジャスミンはさり気ない気遣いをしてくれる。

「お、おう。じゃあそれで」

 その光景を見てか、ミモザはクスっと笑う。

「ど、どうした?」

「ううん。二人は仲がいいのね」

『全然』

 思わず口を揃えて言ってしまう。それを見てまたミモザは笑った。

「いいなー。私は仲の良い同世代の友達なんていなかったから」

 くろちゃ村にいた村人は高齢者ばかりで、俺たちを最初に出迎えてくれた少女の家族が唯一若いといったところだ。

「ご、ごめんなさい。暗い話になっちゃったね。ほら! パンケーキも来たところだし、食べましょう!」

 俺たちは言われるがまま、目の前に置かれたパンケーキを口に運んだ。柔らかいもちもちとした触感に、中から溢れ出る生クリームの味。それを包むように上に乗っかったいちごソースが口に広がる。

「う、う、美味いー!」

 思わず口にしていた。

「良かった」

 ミモザはそんな俺を見て、ニコリと笑った。

 三人で談笑をしながら、パンケーキを十分に堪能した。終始、周りからの目線が痛かったが、決して「なんでお前が美女二人を連れているんだよ」というものではないだろうと自分に言い聞かせて心の揺らぎを抑えた。

 店内を出ると日が沈みかけの赤い、空が広がっていた。

「美味しかったー」

 ミモザは満足そうにお腹を触っている。

「美味かったな」

 俺も共感する。

「パンケーキ。昔、パパが作ってくれたから、どうしても、もう一度食べたかったの。味はパパのとは違ったけれど、とても美味しかった」

 そういえば、ミモザの父親は料理屋とか言ってたな。

「父君は、パンケーキも作れたんだな」

「うん。料理屋の中でも、甘いお菓子とかを作る人だったから」

「そうか」

「パパが作ってくれたパンケーキも好きだけれど、今日食べたパンケーキも好き。皆と食べれたから」

 ミモザの言葉に俺とジャスミンは顔を見合わせてしまう。

「また、来ればいいさ」

 心から思った言葉を口にした。

「うん!」

 ミモザは少しだけ、びっくりした後、すぐに優しい表情になって嬉しそうに頷いた。

 こんな平和な日常が続けばいい。そう願っている自分がいた。



南方地方 南方 ゆうおう国 ジニア家


 クルクマ様の命を受けてゆうおう国を出発してからミモザを連れてまたこの国に戻って来るまで約一月。順調に任務を達成できたといっていいだろう。

 国に着いてから早々に宮殿に連れて行くのには時間も遅く、心の準備も整っていなかったので俺たちは明日宮殿にミモザを連れて行くことにした。

 明日にした一番の理由は、皆の疲労が回復していないというところであろう。俺たちは一月ほど旅をしていたわけだし、ミモザはくろちゃ村を出ることすら久しいことなのだからさぞや疲れが溜まっているであろうと思ったのだが。

「へー。凄いわね」

 ジニア家に着くなり、ジニアさんの薬コレクションに興味津々である。

「おかえり。ジャスミン。ユーカリ。無事、クルクマ様の命を達成できたようだね」

「ああ師匠。ただいま」

「それにしても、禁書の使い手がこんな可愛らしい子だとは、驚いたね」

「え、今、私のこと可愛いって言った? 言ったわよね?」

 ミモザはジニアさんの顔に自分の顔をこれでもかというくらい近づける。

「うん。言ったよ」

 ジニアさんはそれを優しく微笑んで受け止める。

「わわわわわわ。ありがとう! ジニアおじ様」

 こいつ単純だな。ミモザはとにかく可愛いものに目がなく、可愛いという言葉が自分にとっての最大の誉め言葉だと思っているらしい。

「やれやれ、騒がしいのが増えたな」

「増えたって、別に俺は騒がしくないだろ」

「まあ、貴様は別の意味で騒がしいな」

「どういう意味だ」

 ジャスミンは慣れた手つきで、お茶を淹れ、茶菓子を用意するとジニアさんとミモザの前に差し出す。

「あらいしゅ国で買ってきた茶菓子と茶だ」

「うわー、美味しそう! ありがとう! ジャスミン」

 ミモザは嬉しそうに茶菓子を口に運ぶ。一つ一つを食べる度に、幸せそうな顔をするのでこれには、ジャスミンもジニアさんも思わず微笑んでしまう。

「いつの間に買ったんだ?」

「帰りの時にな。ほら、ミモザが可愛いアクセサリーの店に食いついていた時があったろう?」

「あー、あの時な」

 可愛らしい耳飾りやら髪飾りやらたくさん置いてあって、そういった店を見る度に飛びつくから介護するのが大変だったぜ。

「あそこまで喜んでくれれば、茶菓子を用視した甲斐もあるというものだ」

 可愛いものが好きで、素直に喜ぶ彼女は本当にただの十五の少女にしか見えない。

「本当に、あいつを明日宮殿に連れて行っていいのか?」

 ふと、不安になってしまう。

「大丈夫だ。戦争をしに行くわけじゃない。それに、クルクマ様と亡き夫を会わせてあげたいと貴様も言っていただろう」

「そうだけど」

「前も言っただろう。クルクマ様はミモザを戦場に出させるような御方ではない。明日、目的を達成すれば」

 ジャスミンは言葉を詰まらせる。

「まあ、明日には分かることだ。ここで私たちがあれこれ考えていても仕方がないことだ。今日はもう休め」

「うん。そうだな」

 彼女が安全に暮らせる場所なんて、この世界にあるのだろうか。そもそも安全に暮らせる場所なんて魔王がいるこの世界にあるのだろうか。

 今になって当たり前のことを考える。俺たちは千年前の初代勇者が作った平和にしがみついて生きてきたけれど、もうその平和が崩れ始めていることに皆が目を背けている。

 もう、魔王軍は近くまで来ているのに。



南方地方 南方 ゆうおう国 宮殿


 俺たちは朝の日が昇り、まだ間もない時間帯、宮殿を訪れた。

「良い。三人とも顔を上げよ」

 俺たちはクルクマ様の言葉と共に、ゆっくりと下げていた顔を上げる。今日も変わらず美しい。心なしか、緊張しているようにも見える。

「まずは、ジャスミンとユーカリ。よく朕の与えた命を無事に成し遂げた。褒めてやろう」

「ありがとうございます」

 ジャスミンが言った後、俺も軽く頭を下げる。

「それで、ミモザと言ったか」

「は、はい!」

 さすがのミモザもこの女帝を前にしては緊張した様子である。

「朕の頼みは聞いているか?」

「はい。泣き旦那様の魂と話したいと」

「できるか?」

「恐らく」

 クルクマ様は、部屋にいる側近、兵や役人を全員部屋から退出させる。中には心配している者もいたが、クルクマ様は「問題ない」と言って追い出した。

「すまないな。遠くから」

「い、いえ、とんでもございません」

「そう堅くなるな。朕は帝ではあるが、帝である前に一人の人間だ。お主のような若い娘に気を遣わせたくはあるまい」

 クルクマ様の本心なのであろう。ジャスミンの言う通り、人が良い。ここに来るまで色んな心配をしていた自分が馬鹿らしく思える。

「綺麗な目だ。とても可愛らしい顔をしている」

 クルクマ様はミモザの顔をそっと手で触れる。

「か、か、かわ、可愛い?」

 あ、いかん。と思ったその時にはもう遅かった。

「可愛い? 可愛いですか! クルクマ様! 今、私のことを可愛いと?」

「あ、ああ。そう言ったが」

 これにはさすがのクルクマ様も思わず後ずさり、驚いた表情をしている。

「きゃー! どうしましょう。ユーカリ! 私は大国の帝にまで可愛いと言われてしまったわ!」

「さ、左様でございますか」

 俺とジャスミンはすでに呆れた様子である。

「すみません。クルクマ様。こいつはこういうアホな奴で」

 俺が言葉を添えようとすると、クルクマ様は口元を隠しながら上品に笑う。

「クルクマ様?」

「おっと、すまない。面白かったのでついな」

 クルクマ様でもこんな風に笑う時があるんだなとまじまじと見てしまった。

「なんだ?」

「あ、いえ、なんでもありません」

 近くで見ると余計にこの人がとんでもなく美人だということが分かる。

 少しの時間が空き、ミモザの情緒が戻ってくると本題に入る。

 ミモザはクルクマ様の夫の遺品が欲しいと言って、クルクマ様に用意してもらった。いつも使っていたマグカップだ。昔、クルクマ様がプレゼントしたものだそうで、大事に使っていることが分かるくらい手入れが行き届いていた。

 ミモザはマグカップに触れると、ゆっくりとその瞼を閉じた。

「大丈夫なのか?」

 俺は小声でジャスミンに問う。

 クルクマ様の夫は戦死したはずだ。なら、その魂は魔王の呪いによって、天界へは帰らず、魔族として転生していると考えられる。そんな魂と対話なんてできるものなのかと今さらになって疑問を抱いたのだ。

「私も貴様と似たような疑問を抱いてな。前に、ミモザに聞いた。なんでも魂を完全に呼び戻すことは難しいが、一時的にこの場に魂を連れてくることはできるらしい」

 ジャスミンがミモザから聞いた話では、魂を呼び戻すには当人が生前大切にしていたものに触れることが必要らしい。

「だめ。感じ取れるけれど」

 それ以上の言葉をミモザは抑える。きっと、魔族になった魂を連れてくることはかなり難しいことなのだろう。

「そう。無理はしなくていいわ」

 残念そうにするクルクマ様の手をミモザは優しく握る。

「な、なにかしら?」

「ここにあった」

 ミモザは微笑むとまた瞼を閉じる。

 ミモザとクルクマ様のいる真下に魔法の陣が展開される。同時に、凍てつくような寒さが部屋中に広がる。

「こ、これが『冥界の魔導書』の魔法」

 ジャスミンは興味深そうにミモザの魔法を見ている。俺たちは見ているこの魔法こそが禁書『冥界の魔導書』の魔法だということを認識させるほどの凄い魔法だ。これまで見たどんな魔法よりも魔力や規模が違い過ぎる。

『冥界の神々よ。私に力を貸しなさい。お願い。ウァサゴ』

 ミモザはゆっくりと目を開け、クルクマ様から離れると、自身の両手をそっと広げる。

「見つけた」

 ミモザの両手には「魂」があった。

「あ、あなたなの?」

「久しぶり。クルクマ」

 クルクマ様の弱々しい言葉にミモザの両手にいる魂は答える。

 魂から聞こえるクルクマ様の亡き夫の声。これには、クルクマ様も思わず涙を流す。

「あ、会いたかった……」

「ごめん。帰ると言ったのに、帰ってくることができなかった。約束を守れなくて本当にごめん」

「ううん。そんなことはいいの。どうせあなたのことだから、誰かをかばったのでしょう?」

「やれやれ、言わずともバレバレか。すまないが、嬢ちゃん。俺をクルクマの近くまでやってはくれぬか?」

 ミモザは言う通りにクルクマ様の近くによる。すると魂はそっとクルクマ様の顔に触れる。

「相変わらず、お前は綺麗だな。美しい」

 最初は余裕のあった魂の声も、ちょっとずつ悲しい声へとなっていく。

「俺は、もう、こんな状況だからお前とまた暮らすことはできない。でも、俺が今、どんな姿になっていても一番にお前のことを想っているよ」

「わ、わた、私は、あなたに、最後まで迷惑ばかりかけた。戦場に行く日だって、最後まで反対して、あなたは行くことをやめないと知っていたのに。知って、いたのに」

「迷惑だなんて、俺は思っていない。俺の人生、お前に出会えて大きく変わった。だって考えてもみろよ? ただの農家の息子で毎日畑を耕して一日を終える人生を送っていた俺が、一国の帝ともなるこんな美人と出会って、交際して、結婚までしたんだぜ? こんな夢みたいな話があるかよ!」

 彼にとって、クルクマ様という存在は自慢なのであろう。それが聞いていて良く分かる。

「私も、あなたに会えて、変われた。だから! お願い、私を、一人にしないで」

 普段はあんなにも強くて凛々しいクルクマ様から放たれる本音とも言える弱々しい言葉。

「大丈夫。お前にならできる。お前は、これから国を背負って、魔王と戦うんだ。強くて美しいお前の言葉を国のみんなが頼りにしている」

 その通りなのであろう。

「わ、私は……」

「泣くな! お前は帝だ! お前がそんなんだと、困るのは民の方だぞ。だから、もう、泣くな」

 彼の声はだんだんと力がなくなって、泣いていることが分かった。

「俺にはもうお前を抱きしめてあげることはできない。毎日、お前の弱音を聞いてやることもできない。けど、お前にはお前を支えてくれる人がいっぱいいる。ここにいるこんなにも若くて優秀な奴がいる。だから大丈夫。お前はやれる。だってお前は、俺が惚れた女だから」

 魂の光が弱くなっていく。もう時間がないことを知らせるかのように。

「おっと、もうそろそろ時間か。悪いな。嬢ちゃんたち。わざわざこいつのわがままに付き合ってもらって。こいつは見ての通り、泣き虫だ。でも、強くていい奴だ。だから、どうか頼む。こいつのことを守ってあげてくれ。それと、クルクマ」

 クルクマ様は泣き崩れた顔で、魂の方を見る。

「愛している」

 魂の光はサッと消えた。自然とミモザも涙を流していた。悲しくて辛い。けれど、死んだ大切な人と話すことができる。彼女はそんな夢のような魔法をやって見せた。

 正に彼女の魔法は「魔法」だと思った。

「ありがとう。ミモザ」

 少しの時間を経て、クルクマ様はいつもの凛々しいクルクマ様の姿へと戻る。

「い、いえ! 私なんかがお役に立てて光栄です」

「本当にありがとう。いくら礼を言っても足りないわ。そうだ! なにか欲しいものはないか? なんでもいい。なんでも言って?」

「欲しいもの……」

 頼むから変なことだけは言わないでおくれよ?

「可愛いものがいっぱい欲しい!」

 ほーら、言った。やっぱりそれか。

「可愛いもの? と言うと?」

「アクセサリーとか。お菓子とか。たくさん!」

「そんなものでいいのか?」

「えー、他になにがあるのかしら?」

「土地とかお金とかたくさんあるであろう。朕ならなんでも叶えられる」

「うーん、でも私、お家はもう決めたし」

「おい待て。決めたってどこだ?」

 俺は思わず、ミモザに問いかけてしまう。

「どこだって、それはもちろん決まっているじゃない」

 ジニア家かよ。

「おい、あそこは狭いし、男しかいないし、可愛いものなんて何一つないぞ」

「確かに、狭いし、可愛いものはないけど、可愛いものはおいおい増やしていけばいいし、ジャスミンは女みたいなものだし」

 そ、それは否定ができん。

「分かった。じゃあせめて、何か朕にできることをさせてくれ。これでは示しがつかん」

「えー、じゃあ……」

 ミモザは照れくさそうに、頬を染める。

「クルクマ様と……お友達になりたい」

 これには俺とジャスミンも顔を見合わせ、ふっと笑ってしまう。それはクルクマ様も同じなようで。

「もちろん。ミモザ。大歓迎よ」

 彼女の使う魔法は確かに禁書と言われるくらい常識から大きく外れた魔法だったけれど、俺が今まで見てきた魔法の中で一番美しくて、正に「魔法」だとそう思った。

 人を救う魔法。彼女にしかできない魔法だと。

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