二章 生き残った皇帝の息子


南方地方 南方 ゆうおう国 戦争跡地


 俺とジャスミンは、ジニアさんが言っていた国を苦しめる病の原因とされる魔獣が生息している土地に来た。

 ゆうおう国内ではなく、国を出て馬車を数時間走らせた所にあるこの土地は、元ゆうおう国の土地であった場所らしく、千年前の中央地方を賭けた魔王との大戦争の跡地らしい。

「広いな」

「一応、昔は民が住んでいた繁華街だったらしいからな」

「ふーん。千年前の大戦争はこんな所までもが戦場だったのか」

「書物では、世界中が戦場だったとされている。安全だったのは東方地方の一部だけだったと」

「なるほど」

 魔力探知というものは、魔力をそれなりに扱えるようになればできるらしいが、俺にはまだ難しい。しかし、前のような直感とは違って魔力のような感覚を察することはできつつある。

「魔力の残影だ。新しい。近いな」

 ジャスミンは、容易く魔力を探知している。こいつは本当に、ただの医師見習いなのか? 未だに疑問点が多い奴だ。

「数も分かるのか?」

「一匹だ」

「根拠は?」

「魔力の気配が一つしか感じられない」

「じゃあ、二対一で戦えるな」

 ジャスミンは大きな崩壊した教会であっただろうとされる跡地で、足を止めた。

(俺にでも分かる。こいつはやばい。鳥肌が止まらない)

 俺は意図的に止めたジャスミンの足とは異なり、自分の足が自然と止まり、動けなくなっていることに気づくのに少しの時間がかかった。

「人間か」

 目の先にいるその魔獣は、二本足で立ち、馬のような顔立ちに毛並みをし、大きな斧のような武器を持っている。

「喋った?」

 喋る魔獣は初めて見た。

「はっはっは。人間、喋る魔獣は初めてか?」

「あ、ああ」

 ジャスミンは俺が魔獣と世間話をしているうちに、弓を構え、射る。射られた魔力の矢は魔獣に直撃するが魔獣に手傷を負った様子はない。

「無礼だが、賢いな。そこの長髪の人間。だが、その程度の魔力では我を傷つけることなどできないぞ?」

「悪いな。私は、そこの小僧とは違って魔獣と話す趣味はないのでな」

「そう悲しいことを言うな。数百年ぶりの人間との会話だ。我も楽しみたい」

「そうか。それは残念だ。貴様に話す時間はない」

 そうだ。俺も戦わなければ。剣を抜き、魔獣に構える。

「やれやれ。人間は昔から血の気が多く、生き急ぐ者が多い。哀れだ」

『シンポーニア』

 ジャスミンが放つ矢は、宙を舞い、魔獣の元へと一直線に放たれる。これには魔獣も手に持っている斧で矢を受け止める。

 そこに、隙が生まれる。俺の攻撃が入るのは今だ。

『火流し』

 俺の攻撃は魔獣に当たるが、魔獣の厚い皮を破ることはできない。

(無傷か?)

「ふむ。やはり、長髪の人間、なかなかの手慣れだな。この魔法は昔見たことがある。強き人間が使っていた魔法だ」

「それはどうも」

(このスキルでもかすり傷一つもつけられないか。この戦闘力、圧倒的風格は)

「貴様、千年前に封印された魔獣だな」

「封印?」

 ジャスミンの言うことに思わず疑問をぶつけてしまう。

「千年前の大戦争で、手に負えない魔獣は、魔法使い数人が命を削って封印魔法を使ったんだ。その効力が切れたのだろう」

「じゃあ、こいつは」

「ああ、千年前の大戦争で戦場にいた魔獣。今までの敵とは格が違うぞユーカリ」

「はっはっは。その通りだが。ふむ。お前たちはパーティーではないな。さっきの攻撃、タイミングは合っていたが、攻撃の間に少しのずれが生じていた。なのに、お前たちは我を倒すという明確な目的を持ってここに来たと見れる。我はお前たちに倒されるほど弱いと見えられているのかな?」

「そういうことだ!」

 俺は魔獣に向かって剣を振るう。魔獣は俺の剣を片手で受け止めてしまう。

(まずい、ユーカリと魔獣の戦闘力の差は明らかだ。千年前の大戦争で封印された魔獣なら戦闘経験も私以上にある。分が悪いのは私たちではなく、ユーカリ。勝つには、ユーカリが邪魔だ)

「ユーカリ! 私がこの任務を受けた時、言ったことを覚えているな?」

「……ああ、そう言うことか。覚えてないけど、覚えている」

「よし」

(私たちはパーティーではない。だから、間があった攻撃で魔獣を苦しめることができない。だが、それでいい。ユーカリが好き放題暴れているうちにユーカリを守る結界を張る。そうすれば死なずには済むだろう)

『雷体』

 この状態なら、この魔獣よりも速く動ける。

「ほう。魔力を身体に纏い、身体能力を強化しているな」

「それだけじゃないぜ」

 感じる。剣がこいつの手や斧に触れる時にこいつの魔力が。薄汚くて、膨大な魔力。それ以上に感じてしまったら死んでしまいそうなほどの俺との力の差を。俺一人では、この魔獣には勝つことができない。俺の役目は、ジャスミンにこいつに入るほどの攻撃を与える隙を作ること。それだけに全力を注ぐんだ。

「ふむ。少し、飽きたな。剣の弱き者よ。お前は退場だ」

「……え?」

 気がつくと身体が地面に叩きつけられていた。一撃だ。魔獣の放ったただの斧の一振りが俺の身体を地面に叩きつけた。

 全身の骨が砕けたのが分かる。

(やばい……意識が。こいつはやってしまったな。本当に足手まといじゃねーか)

「恥じるな! ユーカリ。貴様は勇敢に戦った。この瞬間が私に攻撃のチャンスを与えた」

『コンディノス』

 ジャスミンは目にも止まらぬ速度で、魔獣の背後を取る。

「速い! だが、我の身体はお前の攻撃では破ることができぬぞ」

『セルモクラシア』

「な、なんだ? 身体が熱く……なって」

「すまない。小僧に意識がない今、この時間は私と貴様の二人だけの時間だ。この魔法は小僧に見せるわけにはいかないのでな」

(まあ、見せたところで、小僧に魔法の歴史に関する知識があるとは思えないが)

「図になるなよ。この程度の魔法」

 魔獣はジャスミンが使った魔法を解除しようと自身の魔力を放出するが、ジャスミンの魔法の効果はさらに強くなっていく。

「この魔法、まさか、我の魔力に反応しているのか」

「さすが。私より戦闘経験があるだけあって、察しがいいね」

(魔力とは、私たち魔法を扱う者の生命エネルギーであるがゆえに、切っても切り離せない存在だ。これはそれを利用した魔法)

「解除ができぬのであれば、我の身体が燃え尽きる前に、お前を殺すだけのこと」

 魔獣は魔力で身体能力を強化し、斧に魔力を最大限に込める。これまでとは比べものにならない速度と力で、ジャスミンを襲う。

 ジャスミンはそれを華麗に避ける。

「ほら、もう少し速く動かないと私に届かないよ」

「この、人間!」

 どれだけ魔獣が魔力を出し、速く重い攻撃を振るおうがそれは壊れた建物をさらに粉々にするだけであって、ジャスミンには届かない。

(『コンディノス』はもともと、温度を調節する魔法。これを応用したのが私の魔法だ。魔力を使えば使うほど、奴の体温は上昇し、温度が向上するのを加速させる。だが、これだけではこのクラスの魔獣を仕留めることはできない)

「いつまでそうやって、逃げていられるかな?」

「いや、私はもう逃げない」

 ジャスミンは魔獣の攻撃を避けず、そのまま振るわれた斧を素手で受け止めた。

『ピクシ』

 斧はジャスミンの手で簡単に受け止められている。まるで固まっているかのように。

「信じられないといった顔だな。それもそのはずだ。貴様が見た私の魔力ではこのクラスの魔法を使えないからな」

「魔力を書き換えたな?」

「ご名答」

(自身の魔力をあえて、小さく見せ、相手を油断させる戦闘は魔法使いであれば一度は使う戦い方だ。だが、人間以上に魔力に敏感な魔族を誤魔化すほどの魔力の隠蔽は無理だ。なら、魔力そのものを書き換えてしまえばいい)

「驚いた。まだ、こんなにも強き者が生きている時代とは。最初に放った攻撃だな? ここに来るまでに自身の魔力を抑え、その攻撃で私の魔力探知を鈍らせた」

「まあ、大体合っているかな。性格には、鈍らせたんじゃなくて、錯覚に近いものかな。結論は、同じか」

「はっはっは。どうやらこの戦いが始まった最初から我は負けていたようだな。あっぱれだ。人間」

『セルモクラシアヴラズム』

 魔獣の身体はジャスミンが放った魔法によって蒸発するように肉体が空気の塵となって消えた。

「いや、貴様はよく戦った。私にこれほどの魔法を連続させて使わせた相手は数えるほどしかいない。この失われた魔導書、西国最後の魔法を」

 誰もがこの魔獣をジャスミンが倒した。そう思った。ジャスミンの魔法で消えていく魔獣。勝ったという少しの油断から生まれた隙。ジャスミンをもう一体の魔獣が襲う。

 ジャスミンは強者だ。見せた隙は一瞬。だがその一瞬がジャスミンの身体に大きな一撃を与えた。

「ば、馬鹿な。複製体だと?」

 ジャスミンに一撃を与えた魔獣は先ほどジャスミンが倒したはずの魔獣。二本の足で立ち、馬のような顔立ちに毛並み、大きな斧を武器に持つ魔獣だった。

「見事だ。我の攻撃を察して即座に防御魔法を張ったな。だが、その身体ではすぐには動けないであろう」

 魔獣の言う通り、ジャスミンは地面にうつ伏せの状態でいる。全身から血が流れ、立つことができない状況だ。

(可笑しいとは思わなかったのか? 千年前の大戦争で封印された魔獣がこの程度で倒せるなんて。可笑しいとは思わなかったのか。相手は自身の魔法のほとんどを見せることなく死んでいったことに。駄目だ。身体の骨が砕けている。近距離攻撃用防御魔法でなんとか心臓は守ったが、回復に時間がかかる。死んだな。油断をしたのは私の方。このまま、死ぬのも悪くはない。私は、生まれてはならない存在だったのだから)

 魔獣は躊躇うことなく、止めの一撃をジャスミンに向けて放つ。振り下ろされた魔獣の魔力が籠った斧はジャスミンの首に届く一歩前で止まった。

「諦めるなよ。ジャスミン」

(ユーカリだ。今、私に止めを刺そうとした魔獣の攻撃を止めたのはもう動けるはずのないユーカリだ)

「……貴様どうして?」

「あーん? 達が目の前で死にかけているのに寝ていられるか」

(ユーカリに、魔獣の攻撃を止めるほどの力はない。実力もない。なのになぜだ? なぜこいつは魔獣の攻撃をその剣で止めている?)

「解せぬな。剣の人間。お前は、我の複製体の攻撃で瀕死のはずだが?」

「ああ。さっきの攻撃で、全身の骨がズタボロだ。今、立っているのもしんでーよ」

「じゃあ、なぜだ? なぜ、お前は私の攻撃を止めている?」

「知るかよ。なんかな、力がみなぎってくるんだ。可笑しいよな。お前に俺が勝てる未来なんてあるはずもないのに、負ける気がしない」

 こんなのは嘘だ。相手を油断させるための嘘でしかない。今、俺が立っていられるのは、もしものために持ってきたボトルに入った水があったからだ。水を使った回復魔法なら完全に治すことはできなくても、ほんの少し、身体を動かせるくらいなら俺にでもできる。

 魔獣は距離を取る。冷静な判断だ。強い敵ほど、相手を舐めることはなく、冷静に一手、一手と攻めてくる。確実に勝つために。こいつはもともと、複製体を作って戦うほど慎重な奴だ。さすがは千年前に封印された魔獣。正に百戦錬磨の強者だ。

「どうやら我は、お前の力量を見誤っていたようだ。先に、殺してやろう」

(さーてどうする? こっからはお相手さんも本気モードのようだ。対して俺は、さっき発見した魔法くらいしか打つ手がない。だが、通用はした。あいつの攻撃を止められたから。なら、これをより、実践向けに応用して使うしかない。やれ。やれなきゃ死ぬ。それだけだ)

 魔獣は今までとは比べものにならない速度でユーカリを襲う。

『雷体』

 ユーカリは、雷を身体に纏い、身体能力を強化して魔獣の攻撃を避ける。それでも、魔獣の速度に間に合うことができず、魔獣の攻撃が何度もユーカリの身体を傷つける。

(もっとだ。もっと、こいつの魔力を見ろ。触れろ。苦い。苦しい。辛い。こいつの魔力を感じるのは辛いことだ。だが、そこに勝気がある)

「馬鹿! 上だ!」

 ジャスミンの言葉で一度見失った魔獣の姿を確認する。魔獣の攻撃を間一髪のところで剣で受け流す。

「不愉快だ。人間のお前から同族の魔力の匂いがする。その身体に纏う魔法。さっきも使っていたな」

「俺は、もともと、魔力に優れた人間じゃない。むしろ、魔力が人並みしかないんだ。不思議だろう? それなのに、今こうしてお前と戦っている。なぜだ?」

「お前、その力は……」

「もう気づいても遅いぜ? 俺は、今までの俺とは違う。もっと、もっと、強く、速くなる」

 全身が違う。死に際で見た、相手の魔力。俺の力はジニアさんやジャスミンが言う通り、魔力根源が他にあること。それは同時に、相手の力を自分のものにできるかもしれないということだ。

『雷速 神雷(シンライ)』

 あの魔獣の魔力は、自身の身体能力を強化することに長けている。それは俺が使う『雷体』に近い。なら、その魔力を俺の魔力根源として、あいつの魔力を一瞬俺の身体に取り入れる。そして生まれる。この一撃。

 瞬き一つで、開いた瞼が魔獣を捕らえた時は、魔獣の身体には大きな穴が開いていた。そのまま灰となり、魔獣は消えた。

「倒したぜ? 俺はもう足手まといじゃない……」

 そのままユーカリは気を失った。

 ユーカリが戦っている間に自身の身体の治療を大まかに終えたジャスミンが起き上がる。

(ユーカリの魔力根源は他であること。これは初代勇者と魔王が使う魔法の在り方と同じだ。だがユーカリは他の中でも人間の魔力を感じ取ることに疎い。だが、その代わりに魔族の魔力を感じ取ることに長けている。自分より実力がある者の魔力を根源とするのは命取りだ。それを知ってこいつは賭けた。私に同じことができただろうか)

「魔王を倒すか……少しは賭けてもいいか。助かった。ありがとう」



南方地方 南方 ゆうおう国 宮廷


 国の流行り病の要因とされる魔獣を倒したユーカリとジャスミンは、その名誉を称され、ゆうおう国の宮廷、つまり、ゆうおう国の帝がいる場所に招待された。

「すげーな。宮廷って。家だけで何部屋もあるぞ」

「頼むから無礼だけは働くなよ」

「なんだよ。さすがの俺でも礼儀くらいはあるぞ」

「本当か?」

 兵に連れられ、帝がいる部屋の前まで来た。

「おー、一段とでかい扉だな」

「国で一番偉いお方がいる場所だからな」

「ちょっと前まで田舎の田舎に住んでた俺がここに来るとは」

 兵によって扉が開けられる。開かれた扉の先には長い通路のような一本道があり、それを囲むように左右に身分が高そうな服を着た人が立っている。全員が頭を下げ、隣に立つジャスミンも気づいた時にはその場に身を伏せていた。

「うむ。そなた達があの魔獣を倒した者か?」

「え。女?」

 俺は思わず口にしていた。帝と聞いて、当然のように男のイメージを抱いていたからだ。

「おい。無礼だぞ。てか、頭を下げろ」

 ジャスミンは俺の身体を引っ張り、頭を下げさせる。

「申し訳ございません。連れの者が無礼を。何なりと罰を」

「よい。朕は気分が良い。許す」

 帝の言葉には一つ、一つに、強い力があるように感じられ、聞き心地が良い。これが国の上に立つ人間なのだろう。

「若き、英雄よ。名前はなんと言う?」

 英雄? 俺のことか? それともジャスミン?

「貴様だ」

 ジャスミンに言われ、俺は自分のことかと気づく。

「ユーカリです」

「ユーカリ。良い名前だ。顔を上げよ」

 言われて、俺はゆっくりと顔を上げた。長いまつ毛に、短くまとめられた艶のある髪。高い鼻に、潤した唇。派手な着物に耳飾り。彼女を包むすべてが美という言葉に相応しく、ジャスミンを初めて見た時と同じような感動を抱いた。

「美しいか?」

 見惚れている俺に対して、下賤な者を見るかのようなもの言いで、帝は言う。

「あ、はい」

 帝は俺の返答に思わず、笑った。

「正直で良いな。気に入ったぞ。ジャスミン。お主も顔を上げよ」

「ありがとうございます」

 今、この部屋にいる人の中で、顔を上げることが許されているのは俺とジャスミン。帝の周りに立つ数人の側近だけだ。他の人は全員頭を下げたままでいる。これが帝。その姿を見るのにも、目を合わせるのにも、口を利くのにも、帝の許しがいる。国の最高峰の存在。

「先月の戦い。見事であった。国の流行り病には宮廷の者も苦しんだ。民の多くが死んだ。それを断ち切ったのはお主たちだ。国を代表して、礼を言う。ありがとう」

「もったいないお言葉を」

 ジャスミンはやけに慣れている。こうしたお堅い行事にも。俺たちがあの封印された魔獣と戦ったのは先月の話。ジャスミンは一日くらいで修行できるくらいの身体に回復していたが、俺は自分の実力を遥かに超える魔法を使った影響もあり、一ヶ月ほど身動きが取れなかった。そのため、宮廷に招待され、実際に足を運ぶのが一月も送れたという始末だ。

「ぜひ、今日の宴にも参加すると良い。それから報酬として金銭と土地もやろう。ジニアも喜ぶであろう」

 あの人は、金とかそういうのに興味があるように見えないのだが。一日中、薬草やら何やらをいじっている人だし。

「ありがとうございます」

「堅い話しはこれくらいにして本題に入ろう」

「と、言いますと?」

「『冥界の魔導書』を扱う者が現れた」

 『冥界の魔導書』? と疑問を持っている俺に対して、ジャスミンは珍しく驚いた様子を見せている。

「さすがのお主でもこれには驚くであろう。朕も最初に聞いた時は驚いた」

「おい、なんだよ。その『冥界の魔導書』って」

 小声でジャスミンに聞くが、帝にも聞かれていたようで、帝の視線が俺の方へ向く。

「気になるか?」

「は、はい」

「ジャスミン。説明してやれ」

「よろしいのですか?」

「良い。朕が許す」

「『冥界の魔導書』。世界には数えきれないほどの魔導書がある。その中でも危険性が高すぎる魔法を記した魔導書は『禁書』と言われ、その魔導書は王国の下、管理され、封印される。まあ、禁書に書かれた魔導書を読める者はそもそもいないんだがな」

「じゃあ今回の『冥界の魔導書』がその禁書だと?」

「ああ。その通りだ」

「危険性が高い魔導書は封印されるって、どうしてだ? それだけ凄い魔法なら魔王との戦いで使えばいいんじゃ?」

「だから、危険なんだよ」

「どういうことだよ」

「貴様の言う通り、禁書に書かれた魔法は確かに普通の魔法とは比べものにならないくらいに強力だ。その力はその魔法だけで戦況がひっくり返るほどに」

「たった一つの魔法で戦況がひっくり返る?」

 ジャスミンは首を縦に振る。

「その強大な力な故に、相手に渡る危険性もある。そのリスクを考えての管理と封印だ」

(まあ、禁書を読める者はさっきも言ったように、いないに等しい。それを今回読めて扱える者が現れた。この事実は恐らく、知っている者は少ない極秘情報だ。それを私たちにしたということは)

「察しがついたか? ジャスミン」

「『冥界の魔導書』の使い手をここに連れて来いと?」

「頭が良くて助かるよ。朕の言葉が減る」

「お言葉ですが、ご自身が口にしている言葉の意味がお分かりですか? クルクマ様」

 あー、そういえばクルクマ。この帝の名前はそういうのか。

「って、またまたどういうことだよ、ジャスミン。そんな凄い魔法使う奴なんか速く仲間にした方がいいに決まっているじゃねーか」

「禁書を扱う者はそれだけで大罪人だ。まんがいち現れた場合は、すぐに王国に報告しなければならない。それを、私用で扱うのは論外だ」

「それはそうか」

「『冥界の魔導書』を使う目的は、亡き夫と話すためですか?」

「き、貴様! クルクマ様に向かってなんてことを!」

 ようやく、クルクマの側近がジャスミンに向かって口を開く。それをクルクマが自身の手で遮る。

「良い。ジャスミンの言う通りだ」

「ですが!」

「朕が良いと言ったのだ」

「し、失礼、し、しました」

 こえー。俺だったら思わずちびっちまいそうだ。

「もちろん、報酬は出す。望みなら朕にできることであればなんでも叶えよう」

(なるほど。話が話だけに、自身の軍は使えないというわけか。軍の中には王国に直属する兵もいる。どこから情報が漏れるか分からない。だから、私たちのような者にこのような話を)

「貴方様の命ともあれば、断る理由がありません」

「そうか。引き受けてくれるか」

 ジャスミンが引き受けたと言うより、引き受けるしか選択がないそのように感じられた。

「詳しい情報は、追って伝えよう」

 堅い話はここまでにしてとか言って、その後の方が十分堅い話じゃねーか。なんてことは言葉にはできなかったけれど、俺たちはその後、宮廷で開かれた宴会に参加して大騒ぎをした。まあ、俺が大騒ぎしただけだが。

 中には綺麗なお姉さんがたくさんいて、とても嬉しい気持ちになったのだが、皆、ジャスミン目当ての女性ばかりで、俺はそれよりも虚しい気持ちの方が勝ってしまった。



南方地方 南方 ゆうおう国 ジニア家


 ゆうおう国の女帝クルクマからの命を受けてから数日、俺とジャスミンは『冥界の魔導書』を扱う者を宮廷に連れてくるという命を達成するために、旅に出る準備をしていた。後日、詳細を伝えに来た遣いの者によれば、その使い手は、南方地方の東方にある「あらいしゅ国」という国にいるらしい。

 その存在を知っている者は少なく、王国に情報が伝わったら真っ先に監禁されてしまうため、急ぎ足で俺たちは向かわなければならない。

「では気をつけて」

「行ってくるよ。師匠。できるだけ早く戻る」

 ジャスミンの言葉にジニアさんはどこか嬉しそうだ。

「ユーカリ。ジャスミンのことを頼んだよ」

「なぜ、私が小僧に頼まれなければならないのだ」

「任せて下さい! なんかあっても俺がこいつを守ってやりますから!」

「頼んだよ」

 ジニア家を後にして、俺たちはゆうおう国を出る外門へと向かった。

「ジャスミン様! これも持っていってください!」

「ジャスミン様! これも!」

「あーずるい! じゃあ私も!」

「いっそう、私のことも連れてって!」

 おい。一人。違うのいただろ。ゆうおう国に来て、一年。ジャスミンはやたらと民にモテる。特に女性に。それはこの女性顔負けの美貌があるからであろう。そして、やけに外面がいい。

「ユーカリ。旅行くんだってな。これ持ってけ」

「ユーカリ。こないだは助かったよ。また、うちの仕事手伝ってくれよな」

 それは、俺にタダで働けと?

「貴様もモテるんだな」

 ええい、嫌味か? 嫌味なのか?

「俺のは、お前とはちげーよ。ただのタダ働きの勧誘とそのお礼だ」

「それでも、それは貴様の日頃の行いであろう」

「ん?」

「貴様がここに来て一年。見ず知らずの民を手伝い、想ったからこその信頼だ」

「まあ、それはそうだが」

「私は貴様のそういうところは素直に尊敬している」

「なんだよ。気持ち悪い」

「人が親切に褒めてやっているのに、なんだ、そのもの言いは」

「別に頼んでねーし。で、それより、その『冥界の魔導書』に書かれた魔法ってどんな魔法なんだ?」

「あ、ああ。うーん、簡潔に言ってしまえば『死』の魔法だ」

 どういうことだ? と言わんばかりに俺は首を傾げる。

「死の魔法と言っても、人や魔族を殺すだけの魔法ではない。今回のクルクマ様のように死んだ者と対話することもできる」

「それがよく分からないんだよな。死んだと者と対話なんてできるのか?」

「厳密にいえば、死んだ者の魂と対話できると言ったところか。私も現物を見たことがないからあくまで、噂程度の話だが」

 でも、死の魔法。人や魔族を殺せる魔法ならジャスミンほどの魔法が使える者じゃなくても俺にだってできる。

「それが、禁書って言われるほどの魔法なのか?」

「貴様の疑問は最もだ。私も最初はそう思った。だが『冥界の魔導書』に書かれた魔法は本当に『死』の魔法なんだよ」

「言っている意味が……」

「私たちの使う魔法は、あくまで人や魔族を殺せはするが、魔法そのものは『殺す』ということを目的とはしていない。しかし『冥界の魔導書』の魔法は違う。『殺す』ことを目的としている魔法だ。これは私も聞いた話だが『冥界の魔導書』の魔法の使い手は、私たち魔法を使える者が人や魔族、あらゆる生物を魔力で感じ取ることができるように、生物を魂の形として感じ取ることができる。それを自在に操ることも」

「じゃあ、魂さえ感じ取れれば?」

「簡単に『殺せる』ということだ」

 そんな魔法があれば、魔王との戦争だって。勝てない話じゃない?

「分かったか。今回の命の重要性と危険性が」

「ああよく、分かったよ。てか、お前って、博識というかなんというか、なんでもできるし、詳しいよな。それも学校に通っていたおかげか?」

「まあ、そんなところだ。それよりもこの事実が王国や他に漏れていないといいんだが」

「それも疑問なんだが、どうして王国が知らないような情報をクルクマ様は知っているんだ?」

 いくら南方地方最大の国の女帝とは言え、世界最大の国、王国の情報網を超えられるとは思えない。

「それは、クルクマ様がもともと『冥界の魔導書』に関心があったからと言えばいいか」

「『冥界の魔導書』に関心ねえ。それも、亡き夫との対話のためか?」

「そうだな」

「亡き夫って言っても、クルクマ様っていくつなんだ? 見た目めっちゃ若そうだけど」

「確か今、三十三だな」

 うん。あの人はきっとエルフかなんかのハーフだ。ばりばり、人間の見た目をしていたがそうに違いない。でなければ、人間に老いると理が無くなってしまう。

「貴様は私にも年齢を聞いていたが、やけに人の歳を気にするのだな」

「いや、お前らが見た目に反して歳とっているからだよ!」

 おまけに顔立ちはいいし、本当に嫌味な奴ばかりだよ。あー、でも、クルクマ様のあの下賤な者を見るかのようなものの言い回しは正直、ぞくぞくしたなー。また味わいたい。

「気持ち悪い表情をしているところ悪いが、話しを戻すぞ?」

「あ」

 俺は軽く咳ばらいをして、凍てついた空気をなぎ払う。

「えーっと、クルクマ様の夫の話だったな。いったいどんな人だったんだ?」

「私も直接会ったことは数回しかないが」

「会ったことあるのか?」

「一応な」

「へー」

「まあ、貴様と似ているな」

「は?」

「いや、見た目は貴様より整った顔立ちをしていたが」

「ほっとけ」

「なんというか。他人を放っておけないところというか。見ず知らずの人のことを自分のことのように捉えているそんな方だ」

「ふーん。それは、自分の身分が高いからだろ? 人のことに気を配るほどの余裕があったんだよ」

「いや、クルクマ様の夫はただのゆうおう国に住む農家の息子だったらしいぞ」

「え?」

「クルクマ様は先帝の娘であるが、夫はただの農家の息子。普通なら出会うはずのない二人はクルクマ様の家出がきっかけで出会ったそうだ」

「家出ねー。それはまたどうして?」

 先帝の娘なら、さぞいい暮らしができて、不満などなにもなさそうなのに。

「きっかけは、先帝の教育の方針だな。先帝の妻、つまり、クルクマ様の母君は身体が弱く、クルクマ様を生んで数年で病に苦しみ亡くなってしまった。新しい妃を取ろうと思えばいくらでもできたのだが、さすがはクルクマ様を父君なだけはある。新しい妃を取ることはなく、クルクマ様を次期、帝として、新しい女帝として育てることをすぐに決めたそうだ」

 ゆうおう国。南方地方は男女平等が進んでいる地域だ。別に、女帝が誕生したところで不思議な話ではない。実際に、ひそく村でもルコばあが偉そうにしていたしな。

「その教育が厳しくてだな。幼かったクルクマ様からしたら、宮廷外の生活が羨ましかったんだろう。ある日、剣の稽古の途中で宮廷を抜け出したらしい」

「よくもまあ、あの広い宮廷を抜け出せたものだ」

「クルクマ様は魔法が得意でな。自身の身体を消す魔法を使ったそうだ」

「へ―そんな魔法が」

 えっちだな。

「そこで、出会ったのが夫だったってことか」

「そういうことだ。生まれてから宮廷で育ち、自身の身の回りのことは役人がやってくれるのが当たり前。そんな彼女にとって、下賤な農家の子どもが送る、自給自足の生活はさぞ羨ましく思えたのだろう」

「いや、俺が同じ立場なら羨ましく思わないぞ?」

「クルクマ様の場合の話だ。その時初めて『自由』を感じたらしい」

「自由か」

「それからは、時々は宮廷を抜け出して夫がいる農家に遊びに行き、彼の話を聞くことが毎日の楽しみだったそうだ。そのためなら厳しい剣の稽古も、魔法の修行も耐えられるほどに」

「それで、結婚までいったと」

「そうだな」

「でもよく許してくれたな。そんな身分の差がある結婚を」

「それは……そうだな。それが生まれて初めて、クルクマ様が自分から親に対して自分の意志を示した時だったからじゃないかな」

 まあ、先帝も人の子だ。娘のお願いとなれば、聞き流すことはできないよな。だって、娘に嫌われると考えただけでちょー怖そうだもん。

「その亡き夫はなんで亡くなったんだ?」

「数年前の魔王軍の南方地方への侵攻だ。南方地方北方にある国を守るべく出陣した夫の部隊は魔王軍の魔人に殺された」

「出陣って、別に女帝の夫だからって前線に出なくても良かったんじゃ」

「言ったろ? 無駄にお人好しで、人望が厚かったって。兵の士気を上げるためだよ」

 魔族に殺される人間がどんな風に殺されるのか。俺はそれを知っている。

「それは、辛かっただろうな」

「そうだな。戦場に出たんだ。少しの別れの言葉はクルクマ様に伝えるべきだったかもしれない」

「なにも言わなかったのか?」

「これが最後じゃないからと言って言わなかったそうだ」

 なおさら。夫と話がしたいんだろうな。言えなかった別れの言葉を伝えたいんだろう。

「この依頼、なにがあっても成し遂げなきゃな」

 俺の言葉にジャスミンは優しく微笑みかけた。



南方地方 東方 野営地


 クルクマ様の命を受けて、ゆうおう国を後にしてから一週間が経過した。俺たちは徒歩で移動を続け、南方から東方に入るところまで来ていた。目的地である「あらいしゅ国」まであと半分といったところだ。

「今日はここらで野営をするか」

 ジャスミンと俺は慣れた手つきで野営の準備をする。正直なところ、馬車で移動でもすれば速く着くことができたのでは? と思ったのだが、今回の依頼は極秘なため、少しでも情報が漏れるリスクは抑えたいといった理由で徒歩にしたそうだ。

 確かに馬車で移動すれば目立つからな。

「そういえば、ジャスミン」

「なんだ?」

 俺たちは焚火をしながら、軽い夕食を取っている。この一週間はこんな生活だ。

「その『冥界の魔導書』の使い手は、いったいどんな奴なんだ?」

 禁書と言われるほどの魔導書の使い手だ。よほど、百戦錬磨の老人か、魔力に長けたエルフだろうとばかり勝手に思っていた。

「聞いた情報によると、十五の女性だそうだ。名をミモザ」

「十五?」

「また年齢に食いつく。貴様の嫁探しをしているわけじゃないぞ」

「う、うるせー。俺が疑問に思ったのは、そんな若い奴が『冥界の魔導書』の魔法を使えるのかって疑問だ」

 この一年間、本格的に魔法を鍛錬したから分かる。魔法とは時間をかけた分だけ、洗練され強くなる。

「素質に年齢は関係ないさ。ミモザという小娘が、ただ素質があっただけの話だ」

「そんなすげー魔法使いなら有名なんじゃねーか? 大丈夫なのかよ」

「まあ、確かに有名らしい。色んな意味で」

「色んな意味?」

「生まれてから彼女はどういうわけか『冥界の魔導書』に書かれた魔法が使えたそうだ。魔法は私たち人にとって希望だ。時には治らぬ病を治し、時には生活を楽にし、時には魔物から身を守る術となる。不可能を可能にするのが魔法。当然、彼女もそう思っていたんだろう。だが彼女の使う魔法はそうではない。『死の魔法』。彼女は自身の魔法で両親を殺し、多くの人を殺したそうだ。それでついた二つ名が『人殺しのミモザ』」

「よく、今までお縄につかずに済んだな」

「恐れを抱いた村人は彼女をすぐに国に通報して彼女を捕らえに軍まで派遣したそうだ。その結果、全滅。みんな彼女に殺されたそうだ。まるで、魂が抜けたように綺麗な肉体を残したまま」

「それが『冥界の魔導書』の魔法か」

「恐らくな。今は、国の端にある小さな村で安全に暮らしているらしい。そこに住む老人が彼女をかくまい、国にも問題はない。多くの人を殺したのは魔物の仕業だと言ったそうだ」

「それで今は落ち着いているわけか。てかそれ、大人しくついてこいって言っても来てくれないんじゃね?」

「気づいたか?」

「気づいたかじゃねーよ。お前それ知ってたんならもっと速く言えよ。どうするんだよ」

「でもまあ、クルクマ様の命だしな」

「待てよ。命を達成できなければ俺らの首が飛ぶ。ミモザを怒らせたら俺らが死ぬ。どちらに転んでも待っているのは死じゃねーか」

「気づいたか」

「くそー。なんとしても、ミモザを連れて帰らないと」

「まあそう気負うな。私が今話したのはあくまでクルクマ様が得ている彼女の噂の情報に過ぎん。事実かどうかは自分の目で確かめれば良い」

「それもそうだけど」

「どうせ、会いたくなくても会うことになるんだ。私たちに今できることは無事に目的地に辿り着くことだけだ。あれこれ考えていてもしょうがない」

「お前っていったい何者なんだよ」

 ジャスミンは不可解な点が多い。いくら国でも有名な腕の立つ医師の弟子とは言え、戦闘経験が豊富だし、腕が立つ。知識も豊富で、国の帝とも顔見知りのようだった。一般の民とは思えない。

「私は……」

 ジャスミンが言葉を詰まらせるのと同時に、焚火の火が消えた。俺たちはそれを合図のように横になって身体を休めた。

「西方地方の歴史は知っているか?」

「まあ、少しは」

 ルコばあが前に話してくれたことがある。西方地方は魔王軍の拠点となる前までは、普通に人が暮らしていて、多くの国があったと。中でも西方地方最大の国「えんじ国」は、優れた魔法の使い手が多く、戦闘経験も豊富で実力者が多かったと。だが、西方地方はもう。

「じゃあ、西方地方の国がすべて滅んだことは知っているな」

「……ああ」

 千年前の中方地方を賭けた王国軍と魔王軍の大戦争。初代勇者のパーティーの活躍により、魔王軍は敗れ、西方地方へと追いやられた。西方地方の国々は魔王軍との戦争を避けられなかったわけだ。主力のほとんどを王国軍に送っていた西方地方の国々とっていくら疲弊した魔王軍とはいえ、真面に戦って敵う相手じゃなかった。

「初代勇者の栄光の陰に、西方地方の国は滅んだ。これはある皇帝の話だ。皇帝は西方地方の国が魔王軍に敗れ、次々と滅んでいく中、自分たちの国ももう長くはないと思い始めた。そこで、ある手段に出た。それは、妃とそのお腹にいる子を王国に逃がすという行動だ。多くの民が自国を守るために、勝てるはずもない戦いに苦しむ中、皇帝は裏で自分の妻と子を逃がすことを考えたのだ。下賤な話だろう?」

 そうだろうか。確かに、国を背負う皇帝として見れば、自身のことだけを考えた行動だ。褒められたものではないかもしれない。

「どうなったんだよ。その妃と子は」

「無事、王国に逃げることができたよ。西方地方の国の犠牲の上で」

「でも、その妃が逃げなくても、西方地方はどちらにせよ滅んでいたんじゃ……いや、ごめん」

「貴様の言う通りだ。妃が逃げなくても西方地方の国は滅んでいただろうな。私が許せないのは皇帝だ。一国の王ともなる者が国の存命がかかった状況で自分のことを優先したんだ。許されることではない」

「そうかもしれないけれど。ていうか、王国はどうしてたんだよ。そんな西方地方がやばい時に」

「王国は、魔王との戦争に勝ったとはいえ、軍は壊滅状態に近い状況であったし、物資なども不足していた。とても他国に援助できる力は残っていなかったさ。妃を無事に逃がす協力をしてくれただけでも感謝をすべき話だ」

「そうだったのか。でもそれ、一個人の話だろ? 別にお前がそこまで腹立てる理由あるのか?」

 焚火の火は消え、ジャスミンの顔色を窺うことはできない。それでも、ジャスミンがいつものように余裕じみた表情をしていないことは理解できた。

「貴様は自分の命が多くの人の犠牲を経て、あることに誇りを持てるか? 私にはできない」

「お前……なのか?」

 千年前の初代勇者の栄光の陰にある西方地方の戦争。そこで生まれた悲劇の皇帝の息子がジャスミンの先祖だとしたら。こいつは、西方地方の国の子孫ということになる。

 ジャスミンの作り出す沈黙が俺の問いを肯定していると代弁しているように思える。だがそう思えば、すべての辻褄が合う。こいつが魔法だけじゃなく、弓の使いにも長けていることも、魔法の学校に通っていた話も、ゆうおう国の女帝と顔見知りなことも、豊富な知識も、すべて納得がいく。

「それは……」

 こういう時、なんて言葉をかけるのが正解なんだ? ジャスミンの様子から見て、自分の先祖、つまり、西方地方の国の皇帝に誇りを持っていないのは確かだ。実際にさっきそう言っていたし。同情するのもなんかきもいしな。

「いいじゃねーか」

「は?」

 自然と言葉を口にしていた。

「お前の先祖の命を多くの人が命を懸けて守ってくれた。お前はそれだけの想いを背負って生まれてきた命のバトンなんだよ。卑屈に考える必要はないぜ? むしろ、誇れ。少なくても俺の知るジャスミンという男はそういう奴だ」

 響く言葉は言えなかっただろう。俺の精一杯はこんなもんだ。

「貴様は、やはり変わっているな」

「そうか?」

「……ありがとう。少し、ほんの少しだけ、楽になった」

「なら、良かった」

 と言ったはいいものも、俺がジャスミンの立場だったら同じようなことを考えるかもしれない。皆、なにかを背負って生きているんだ。



 私は、生まれた時から「異物」だった。

 見た目は、貴族の女性よりも美しく、着飾らなくても皇帝の妃に見劣りしない美を持っていた。勉学に優れ、魔法の扱いはそこらの魔法使いよりも上手くできた。私を変な目で見る輩も今思えば多くいた。だが、そういうものだと思って受け入れてきた。子どもの頃から、社会の在り方に反発することなく、受け入れることができた人間であったと思う。

 中央地方にある世界最大の国「王国」で生まれ、父は王国直属の騎士の中でも最も優れた十二人を総称する「十二勇士」の一人として、その名を世界に知らしめた。

 母は私が幼い頃に亡くなったが、面倒見がよく、民からとても慕われていた。西方地方唯一の血筋の生き残りだ。

 幼い頃から、剣や魔法の修行はもちろんのこと、母からは弓の使い方を教わった。なんでも母の先祖からの伝統だと。今だから分かることだが、西方地方では弓を応用した魔法、スキルが戦闘の主流だったそうだ。母は自分の血を私と違って誇っていたのかもしれない。幼い私に優しく弓を持たせてくれる母の手を私は今でも覚えている。

 対する父は正に堅物だ。一つの修行を達成できるまでご飯が食べれないなんて日も少なくはなかった。

 家に勤める使用人の多くが私のことを心配していたが、私はこういう者だと思ってただ従った。王国の騎士の学校には通わず、魔法学校に通ったのは、そんな父への反抗心もあっただろうが、母が教えてくれた魔法をもっと学びたかったからであろう。

 私が医療魔法に興味を持ち始めたのもこの頃からだ。魔法学校で、薬草では治らない医療の魔法があることを知り、魔法であれば治るはずのない病を治すことができることを知った。

 医療魔法を使えるようになれば、多くの人の命を救える。そうすれば私は私の存在に少しでも誇りを持てるかもしれないそう考えた。

 自分の血筋のことはわりとすぐに分かった。家にある書物を読む中で、自分の使う魔法の共通点が西方地方にあることは理解できたし、母が病弱な身体で必死に幼い私に弓を教えようとしたのにも納得がいった。そう考えるのが自然だった。

 事実確認は母のことを幼少期から支えてきた使用人に聞いた。まさか、自分が西方地方最大の国「えんじ国」の子孫だとは思いもしなかったが。

 魔法学校を卒業して、すぐに私は南方地方の名医ジニアと名乗る老爺のところに弟子入りをした。

 頑なに弟子を取らなかった師匠が私のことをすんなりと受け入れてくれたのは、当時の私が生きていく中でようやく目的というものを手に入れ、輝かしい未来を想像できたからであろう。

 医師の見習いになって十年弱。私の目標は今も一ミリも揺らいではいない。世界から病気で苦しむ人を失くすこと。

 きっと、この目標を成し遂げれば、母は笑ってくれるであろう。またあの優しい笑顔を私に向けてくれる。

 世界から病気で苦しむ人を失くす。この目標を成し遂げるのに魔王の存在は切っても切り離せない。魔族は、強い魔族であればあるほど、その影響が大きい。膨大な魔力は他の生物に影響を与える。その影響力は生物種が異なれば異なるほどに大きい。私たちのように魔力をコントロールできない一般の民にはその影響をもろに受けてしまう。今回のユーカリが倒した魔獣の件もそうだ。

 願わくは、初代勇者のように魔王に立ち向かい、打ち倒してくれる存在が現れることを祈る。

 その歴史に私の存在があるのであれば、きっと、私は……。

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