第2話 10年後

 軽くめまいがする。ここはどこだろうか?少し無茶をしすぎたのかもしれない。   


 あの時、勇者ノワールを庇って魔王の呪いを受けたところまでは覚えている。身体中から強引に魔力を奪われた。いや、剥ぎ取られたと言った方が正しいだろう。反射的に魔王と自分をこの世界から隔離した。勇者たちが逃げる時間を作りたかったからだ。その間に、魔王が奪ったわたしの力を使おうとすると、その反動で動けなくなる呪い返しを構築する。これでむやみにわたしの力を使えないだろう。やれるだけのことはしてみた。

 だが、そろそろ限界か、今自分の体内からは魔力の波動が感じられない。しばらくは氷魔法は使えないだろう。

【やっと解放される…】


 

 …うう。頭が重い。ふらふらする。無事に元の場所に戻れたのだろうか?

 それにしても魔王は、私が原形を崩してしまったから、今は人型になれぬくせに声にすることができるとはな。どうやらわたしの魔力は返す気がなさそうだ。 

 そういえば 最後に魔王はなんと言ったっけ?   

【……お前の……限りその呪いは溶けぬ。…………その時こそ我が復活する時でもある】

 復活なんてさせるか。魔王め、厄介な呪いをかけられたものだな。くそ。魔力を奪っても私が死なない事がわかっていたのだろう。獣人の魔法使いは大抵のことでは死なない。勇者たちは…あの子は。ノワールはどうしているだろうか。


 私はクローネ・グラン・シャリオ。氷属性の魔法使い。銀豹の獣人がゆえの長寿種である。

 ある日気まぐれにヒトの子を拾った。稀にみるチカラの備わった子だったからだ。この子はいづれ勇者となる。そう直感した。最初は警戒心が強かったヒトの子だが、ノワールと名を名付け共に暮らすようになり、懐かれ情が湧いた。艶のある黒髪に黒曜石のような瞳。やがてその黒い瞳が熱がこもったように私をみるようになるが、不思議と嫌ではなかった。可愛いとさえ思ったものだ。おそらく思春期の一過性のものだろう。若さゆえ、親愛と愛情をはき違えているのだ。

 ノワールの内面に秘められたチカラは成長と共に表に出てくる。特に剣の扱いに優れていた。騎士団に入団させると、実戦を重ねるごとに実力はどんどんと上がって行った。若干16歳にして剣士として大陸に名を轟かせるほどとなった。

 そして魔王討伐の時が来る。当り前のようにノワールが勇者として選抜されると、補佐として宮殿魔法使いだった私も同行する事となったのだ。行く手を阻む魔物達との死闘を繰り広げ、ようやく私達は魔王の元にたどり着き奴を倒すことができた。その場にいた誰もがそう思った。なぜなら魔王の体が崩れてなくなったからだ。

 だが、奴には実体がなかったのだ。今ならわかる。まずは空間に閉じ込めてから浄化をしないといけなかったと。おそらく奴は、その場で一番魔力の多いわたしの身体を乗っ取るつもりだったのだろう。だが相性が悪く適合しなかった。反発力が高く別次元まで飛んでしまった。だから魔力だけを奪い取って逃げようとしたのだ。


 さて、まずは現状確認をして、私の無事を知らせなければ。ノワールは心配しているだろう。

 周辺の匂いを嗅いで、ここがダンジョンに入る前の洞窟の付近だとわかる。しかし、こんなにジャングルめいた場所だっただろうか? 草木があまりにも伸びているし、こんな大きな雑草などあっただろうか? 時空の狭間に飛ばされてから時間の間隔が曖昧だったが、あれから何日がたったのだろうか?


 ……あれ? 私はこんなに小さかっただろうか? なんだ? 何かがおかしい。


◇◆◇


 ダンジョンの中は冷たい空気であふれていた。まるでまだそこに師匠が居るようなそんな気にさせてくれる。あれからもう10年もたってしまったなんて。未だに信じられない。ほんの少しの異変も起こっていないか丁寧に内部を調べ上げる。

「ノワール団長。こちらは確認終わりました。もうここは廃ダンジョンですね。出るとしても低級魔物ぐらいでしょう」

「だとしても気を抜くな! ほんの少しの隙が命取りとなる事もある。緊張感を忘れるな」

「は、はい!」

 団員達が言う事もわかる。もうすでにここには魔王はいない。魔物達も姿を隠しているのか別の場所に移動してしまったのか襲ってくることもない。わかってはいるのだ。わかってはいるがそれでも俺は周期的にここに来ては捜索をしてしまう。どこかに師匠の手掛かりが残っていないかと探してしまうのだ。

「団長、今日はそろそろ戻りましょう」

 副団長のジークが俺に声をかける。午後には騎士団の部隊訓練がある。騎士団長である俺がこれ以上時間をかけるわけにも行くまい。

「ああ。そうだな。わかった」

 洞窟を出ると入り口に結界を張りなおす。万が一魔物が発生した場合の安全性の為だが、魔王が居たと言うだけで興味本位にダンジョンに立ち入らせないためだ。むやみに入り込んで荒らされるのは嫌だ。ここは師匠が居た大事な場所だ。幾重にも厳重にかけて置く。


「……お腹へった」

 ふいに声が聞こえた方を振り向くと小さな子が俺のマントの端を掴んでいた。

「なっ? お前どこから?」

 まったく気配を感じなかったぞ。この子供はいったい何者なんだ?

 ぐうきゅるるる~。

「お腹がすきすぎて倒れそう……」

「はあ?」

 なんだ今のは? 腹の虫がなったのか?

 ガジガジ……。

「こ、こら! 俺のマントを齧るな!」

「隊長? どうしたんすか?」

 ぞろぞろと隊員たちが集まってくる。

「え? 子供? どっから現れたんですか?」

「なんで隊長にしがみついてるんですか?」

 いや、そんなの俺が知りたい。突然現れた子に皆が集まってくる。

「この子、耳が生えてます? 獣人じゃないんですか?」

「なに? ダンジョン近くだし魔物の子か?」

 確かに頭の上に小さくて丸い耳がぴこぴこと動いている。全体的に薄汚れているが大きなケガなどはしていなさそうだ。

「魔力は感じないな」

「じゃあ迷子でしょうかね?」

 この国には人間でなくとも、能力次第で獣人でも仕事や資格がもらえる。我が国では差別のない扱いではあるが、獣人を奴隷として従わせている国もまだあるらしい。近くに親がいるようでもない。

「もしかして、他国から逃げてきたのか?」

 俺の言葉に周りが息をのむ。あり得る事だ。たまに奴隷扱いされている国から自由を求めてのがれてくる者もいる。

「とにかく俺が連れて帰ることにする」

 抱き上げて獣人の子の顔を間近で見て何故か懐かしく感じた。

 瞳の色が師匠に似ていたからだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る