【BL】目の前で最愛の魔法使いは消滅した
夜歩芭空(よあるきばく)/ゆうきぼし
第1話 プロローグ
「師匠!師匠がっ……うわぁあああ!」
ダンジョンの最奥で、勇者ノワールの叫びが闇を切り裂いた。涙が頬を濡らし、膝が崩れ落ちる。
魔王を討ち果たした瞬間、誰もが勝利を確信した。だがその刹那、魔王の呪いが牙を剥き、ノワールを庇った魔法使いが、魔王の消滅に巻き込まれたのだ。
魔法使いは、ノワールの師匠であり、育ての親であった。 腰まで伸びた艶のある銀髪、端正な顔立ちに深い海の様な紺碧の瞳。彼が繰り出す氷魔法は、繊細でいて大胆で、人々を震撼させた。
その驚異的な威力と苛烈な戦い方から、人々はその魔法使いを畏怖を込めてこう呼んだ。
───冷酷な氷銀の魔術師──と。
だがノワールだけは知っていた。その呼名は魔法使いの容姿や、放つ氷魔法に由来しているだけだ。異名の裏に隠された、茶目っ気と人間味あふれる素顔。
集中しだすと飲食もわすれるほど生活能力がなく、仕方なく勇者が家事全般を引き受けていたが、時折みせる魔法使いの照れくさそうな笑顔に、恋心は募っていく。年が離れているという理由で、勇者は何度も告白しては断られていた。
諦めきれずに出た最後の賭けで「この戦いに勝てば、プロポーズを許す」と師匠は苦笑しながら頷いてくれた。
なのに、目の前で最愛の師匠は跡形もなく消えてしまった。魔王の呪いに飲み込まれ、最後の賭けすら出来ぬままに。 絶望の淵で、ノワールは剣を握り直す。彼をもう一度この手に取り戻すために。
◇◆◇
勇者が魔法使いの魔法を初めて見たのは森の中だった。野犬に囲まれているところを助けてもらったのだ。水晶の様な氷が突然現れて襲い来る野犬たちを次々に倒していった。それはとても美しい魔法だった。
「こんなところに小さな子が居ては喰われてしまうぞ」
声の主は美しい容姿をしていた。白い肌に月の光を浴びて、キラキラと輝く銀髪。凍てつくような青い瞳を、まっすぐに勇者へと向けていた。
月の精だ。勇者はそう思った。夜の静寂の中で現れたこの世のものでないものだと。
「親がいなのか?」
勇者は貧しい村の出身だった。草木も生えない場所で、あるのは鉱山のみ。ある大雨の日、地滑りがおき村ごと消えてなくなってしまった。運よく生き残ったのは勇者ただ一人。あてもなく彷徨い歩き、この森に迷い込んでしまったのだ。
「おれを食べるの?」
月の精になら食べられてもいいと、勇者が尋ねると無表情がわずかに崩れた。
「こんな骨と皮だけの子供を食っても美味くはないだろうなぁ。というか、私はヒトを喰うような悪鬼ではないぞ」
そういうと魔法使いは勇者を抱き上げてくれた。外見と違ってその腕はとても暖かい。
「お前にはチカラが備わっているようだ。いづれ勇者になるかもしれぬな」
「ゆうしゃ?」
「そうだ、この世界はヒトと獣人、魔物が共存している。通常魔物はこちらが仕掛けない限りは襲ってこないが、邪悪な気や念の塊を吸収してしまうと魔王になってしまうことがある。その凶悪なチカラに対抗できるのが勇者なのだ」
「おれがゆうしゃなの?」
「まだまだ小さいがな。出会ったのも何かの縁だろう。わたしの元に来るか?」
「うん」
勇者に迷うことなどなかった。この美しく暖かいいきものに、一瞬で魅了されてしまったから。
「そうか。では今日からお前は私の弟子だな」
「でし?」
「そうだ。弟子を取った。そう言う事にしておいた方が何かと都合が良いのでな」
くくくと楽しそうに笑いながら、勇者の頭をなでる。魔法使いは笑うと可愛いかった。
「私の事は師匠と呼んでくれ。お前は……そうだな。壮大な夜を思わせる色を持つから、
「のわーる?」
「ああ。今日からお前の名前はノワールだ。その黒曜石の瞳の色によく似合う名だ」
「うん。おれ、ノワールになる」
勇者は自分の瞳の事を褒められたことがなかった。闇の様な黒は不吉だと、村では言われ続けてきたからだ。それを黒曜石だなんて初めて言われたのだ。師匠が言うと、どんな言葉にも意味があるように思える。不思議な声の響きを持つ人だった。
ノワールは、自分にチカラがあるのならば師匠の為に使いたい。すべてを懸けて、師匠を守ろうとこの時心に決めた。
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