団地の不審者 あるいは 下準備

 あの後、あの少女は現れていない。だが纏わりつくような、嫌な気配を常に感じている。今にもあの幼女が現れそうで、恵美は常におびえていた。

 団地からの引っ越しも考えた。だが、貧乏人においそれと引っ越しなんてできない。頼る者がいない恵美にとってやっと作り上げてきた生活基盤を放棄することは耐えがたい苦痛だった。

 莉生を一人で団地に残すことは気が引けた。そのため夜の仕事は休んでいた。休み始めて数週間だが、それでも収入減が響く。

 この大都会で学も技術もない女が生活賃金を稼ぐのは大変なのだ。念のため近くの寺でお札を買い、それを部屋に張り、盛り塩も備えた。

 一度、塩が変色し札が全て黒ずんでいたことがあったが、大急ぎで全て取り換えた。その後は何もない。


 一人ならどうにかなる。しかし子供しかも幼稚園児となると途端に条件が難しくなる。今の幼稚園に通える範囲の物件がかなり限られてしまうのだ。

 恵美は莉生の前では気丈に振る舞いながら、自分の生活とこれからの不安に押しつぶされそうになっていた。

 

 そしてもう一つ、恵美の神経に障るものがあった。それは最近越してきた男だ。

 金髪の男。

 恵美も夜の仕事をしてきたからわかる。明らかにホストや風俗のスカウト、あるいは半グレ。そのような夜のアングラな世界に身を置いている男だ。

 男は何をするでもなく団地をうろつき、中庭でボーと空を眺めている。

 そして高齢者ばかりの団地にいる恵美が珍しいのか、恵美と莉生が通りかかるたびにボーとみてくる。

 本当に不快だし、気味が悪かった。警察に相談してやろうか。

 

 不可解なのはその男も娘持ちの父親らしいということだ。和服の上品な少女が男の部屋へ昼過ぎに帰ってくる。どうやら親子らしい。男と親し気に会話しながら手をつないでいたり、買い物の袋を下げていたりする。

 自分の青春時代を思い出し、恵美はその娘を不憫に思った。

 強く生きてほしい。

 〇〇〇〇

 俺は宛がわれた部屋を根城に団地を隈なく探索し、呪いの痕跡を探していた。まずは配送業者や修理工の恰好をして団地内を捜索した。鬼の姿で団地をうろつくと悪霊が逃げてしまうと冥様が教えてくれたので、素直に探偵ごっこの様なことを続けた。


 人間の目には見えないのだろうが、すぐに悪霊の痕跡は見つかった。いくつかの部屋に呪いの糸がカビの様に纏わりついていたのだ。

 照合するとそこは入居者が失踪した部屋だった。だが、悪霊の姿形も、犠牲者の霊の姿もなく、部屋はただのもぬけの空だった。

 流石の俺も途方に暮れた。攻略できる気がしない。

 暗礁にのりあげた俺達を救ったのはビデオ女だった。ある日、ビデオ女が俺の袖を引っ張り、ある部屋の前へ連れて行った。なんの変哲もない部屋だ。だが、集中すると部屋の中から薄らと嫌な気配が漂ってくるのが分かった。周りに誰もいないことを確認してから廊下の壁に寄りかかり、体を抜け出して霊体(鬼)の姿で部屋の中に入る。

 入居者は何かを警戒しているようだ。部屋の片隅に何枚もお札が貼られ、こんもり塩の山が皿に盛られて置いてある。

 俺が近づいた途端にそれらは変色し、萎れていった。ごめんなさい。

 だが部屋の片隅にはうっすらだが、呪いの糸が付着している。俺はその糸をたどっていく。

「ここか」

部屋の隅の写真立て。そこに写るのは影のある美人と幼女だ。写真の中のその美人に纏わりつくように糸が巻きついている。

「こいつが今のターゲットか」

 俺はその顔を覚えて部屋を出て身体に戻る。

 中庭で暇をつぶしていると間もなくその女が来た。仕事を終えて幼稚園へ子供を迎えに行ったのだろう。幼稚園の鞄を下げた女の子の手を引いている。

「ビンゴ」

 その女は全身がくまなく呪いの糸に覆われていたのだ。

 冥様と早紀ちゃんに報告すると二人とも驚きの表情を浮かべていた。団地に潜入してわずか2日だ。相当早かったのだろう。


 それから俺とその親子の縁を結ぶ作業が始まった。

俺はわざとその親子の前に姿を見せ、その親子に自分を認識させる。そうすればその親子の身に危機が迫った時、俺もそれを察知できるかもしれないというのだ。

 本当かは分からないが、冥様が自信満々に言っているからそうなんだろう。

「うまくいくんすかね」

 俺が聞くと冥様は自信満々にうなずいた。

「ああ、大丈夫だ。これで相手がでてくれば仕留められる。トシオは安心してその娘の母親を口説き落とそうとするといい」

「いや、しませんよ。そんなこと」

 俺はうんざりしてそう答えたが冥は聞いてないようだった。

 早紀ちゃんはそんな俺と冥様のやり取りを黙って見ているだけだ。相変わらず何を考えているか分からない表情だ。

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