霊異対策局

女王の回想

 もともと洋館のある一帯は我々によって隔離されてきた一帯だ。洋館周囲の住宅街を囲むように幾重にも霊的・心理的結界が張られ、人間や悪霊、妖怪の類が近づけないようになっている。

 普通の人間はまず無意識にこの周囲の地域を忌避し近づかない。そして侵入者がいればすぐに連絡が来るように住宅街のあちこちに監視カメラを設置している。

 中でも本丸の洋館周囲には物理的な封鎖を施し、霊的な結界、封印術を幾重にもかけてある。

 過去に何度も術師達が洋館の女に挑み、命を落とすか発狂するかした。かくいう私も4度挑み、毎回生還はしたものの、最後の4度目で自分の相棒を失った。我々は結局、多大な犠牲を払ったにもかかわらず、あの洋館を攻略することができなかったのだ。

 洋館に関わると呪われ、高確率で命を落とす。だからこその処置だった。洋館の敷地に入らないギリギリのラインに仕掛けた結界。敷地に入らなければギリギリではあるが呪いは避けることができる。完全防御した術師達が作業にあたったが、それでも数名は発狂し今でも自宅療養、入院生活を強いられている。

 

 あの日、けたたましくサイレンが鳴り響き当直業務をしていた私は指令室にかけつけた。正面のモニターには赤いアラートが点滅し、その横には「緊急コード」と表示されていた。

 私はすぐさまモニターに表示されたアラートの位置を確認し、愕然とした。そこは私が最も警戒していた地域だったのだから。

「何が起こった!?」

 オペレーターの一人が答える。

「例の洋館です。洋館から強大な霊的エネルギーを感知しました。」

 私は思わずモニターを凝視する。洋館の周りは赤いアラートに染まり、当直の術師達があわただしく動いている。この値、世が世なら都が滅んでもおかしくないような値だ。

「霊的エネルギーを感知した地点から半径1キロ以内の住民に避難勧告を出しますか?」

「ガス爆発のフェイクニュースをばらまき政府にも連絡!半径1キロ圏内の住人に避難勧告」

 私は指示すると一帯の術師に出動要請をする。

 脳裏に浮かんでいる可能性はスタンピード。

 怨霊・悪鬼が封じ込められている、あるいは潜んでる地から、膨大な霊的エネルギーが感知され、その地から怨霊や妖怪が溢れ出す現象。周囲一帯が死の街と化し、生者が怨霊に飲まれてしまう。

 この国の記録では大江山での鬼の大量発生、平安京での百鬼夜行、牛鬼による妖異の大反乱などが報告されている。

 現場の指揮権を一時的に預けられている私が最も恐れていた事態だ。

「私が直に出る。最新式の機構兵は出せるか。全戦力投入する。1号からV3まで出せ」

 あの洋館に複数回乗り込み、生還したのは私しかいない。私がここにいる今に限って、この事態がおきているのも何かの運命である気がした。

「最悪、ミサイルで洋館まるごと吹き飛ばす。防衛省ホットラインにもつなげろ」

 私は準備しながら指令室の指揮権を副直の術師に預けた。

 最新式機構兵3体、霊装装備に身を包んだ兵士複数人、私含め術師数人を乗せた車列は夜の高速を洋館を目指して走っていた。

 高速道路を下り、一般道を走っていると上空に軍用ヘリが数機飛び立った。やはり自衛隊も出動させたか。ややオーバーかもしれないが、首都圏一帯が死の街になるよりはましだ。

 道路わきの電光掲示板を見ると周囲一帯の住民に避難命令が出たようだ。

 車列は洋館前につく。洋館の上空はどす黒く染まり、遠目からでも呪いが渦巻いているのが分かる。

 車を降り、私達は正面玄関に足を進めた。

 洋館の敷地周囲に張りめぐらされていたはずの結界は全て無効化されていた。

 3人の機構兵達が隊列を組み突入する。それに続いて霊装兵士達、私が突入する。

 驚くべきことに洋館の1階は拍子抜けするほどに普通だった。なんの異常もない。

 我々は周囲の警戒をしつつ慎重にかつ迅速に洋館内を捜索し、2階に上がる。階段をあがると開けっ放しの書斎、その突き当りのシャワー室が見えた。濃い血の匂いがそこから漂ってくる。あそこに大怨霊がいるというのだろうか。それにしては静かすぎる。それに突入前まで色濃く匂っていた呪いの気配が消えている。

 

 機構兵を先に突入させ、そのすぐ後ろに私たちは続く。機構兵1号が部屋の中にいる何かに向けて銃を乱射したのが見えた。2号、V3が部屋に突入する。

「待て待て俺は人間だ」

 軽薄そのもののようなチャラい男の声がした。まさか生存者に向かって発砲したのか?私は機構兵の後ろから部屋を覗き込む。

 部屋には浴槽の脇に佇む青年、そのさらに背後に佇む長髪の女がいた。

 あの長髪はこの世のものではないだろう。しかし、この地域そのものを滅ぼしかねないような威圧感はない。

 ではあの異常な霊的エネルギーはどこから?そして洋館の女はどこへ行った?

「待てお前ら」

 私は機構兵をかき分けて部屋へ侵入する。やはり洋館の女はどこにもいない。

 どうなってる?

 機構兵が対峙している青年を近くで見る。蝋人形のような白い顔の青年。アルビノか?いや血の気が全くない死人の色をしているのだ。

 そして機構兵がはなった銃弾がフヨフヨと青年の前で浮遊している。まるで空気の壁に埋まったみたいに。

 たぶん、いや、絶対こいつ人間じゃないわ。

 ひとまず無害化しなければ。眼帯をとるとそこにあるのは魔眼。かつてこの洋館の女にも効果を発揮した私の切り札。

 この魔眼で睨まれた者は体の自由が利かなくなり、霊力が急速に削られる。

 が、青年が手を振るっただけで私の呪いは消失した。

「お前、私の術を無効化したのか」

 青年は答えない。こいつただ者ではない。怨霊かどうかは不明だが、単なる人間というわけでもなさそうだ。

「お前、名前は」

「鵺野トシオだ」

「トシオ、、お前は人間か」

「人間だ」

 嘘だろ。だが、この部屋に膨大な霊力を放つ可能性のある者はいなさそうだ。

「おい、ここで何があった」

「変な女に襲われて。」

「その女は?」

「なんか死んだよ」

「死んだ?」

「そう、俺、じつはあそこにいる、呪いのビデオの女にたたられてるんだ。で、この洋館にいる悪霊とそこのビデオの女を喧嘩させて、相打ちを狙ってたんだけど。洋館の悪霊が死んじゃって、ビデオの女が勝っちゃた。」

 めちゃめちゃ目が泳いでる。嘘下手すぎだろ。

「あの女はお前についているようだな」

 ビデオの女を私は指さした。

「そう」

 ならあの女が他の対象に呪いを広げることはないか。

 青年の体の後ろの浴槽には大量の血がたまっている。よく見ると青年が来ている赤いシャツはもともとの色が血でそまったものだし、青年の髪も血液でテカテカになっている。

「その血は誰のだ」

「え、あの洋館の悪霊の返り血じゃないすかね」

 怪しすぎだろ。でもあの洋館の女の気配はどこにもない。どうするか。ここでこいつを殺す?いや無理だ。こいつは今、私の全力の呪いを一瞬で無効化して見せた。

 どんな力を持っているか分からない。

 私は大きくため息をついた。そして青年に向き直る。

 まあ、少なくとも現時点では害をなす気はなさそうだが、野放しにもできない。そう自分を納得させつつ、眼帯をつけなおすのだった。

「ひとまず我々と共に来てもらう」

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