去る山の猿は空を見る
朔夜残月
猿山の猿は空を見る
人がいなくなりました。それは突然ではなく徐々に、徐々にいなくなりました。少なくともこの動物園に残された1匹の猿にはそう思えたのです。
猿にはたくさん友達がいました。しかし、お客さんが来なくなり、しまいには飼育員さんも来なくなったので食べ物が届かなくなりました。そうなると、猿達は戦い始め、かった猿が負けた猿を喰らうようになりました。食感はぐちゃぐちゃして気持ち悪いし、真っ赤に汚れてしまうけど背に腹は変えられません。彼らは仕方なく戦い、喰らいました。
そんな中で猿は友達を食べることを嫌がり、戦いに参加しませんでした。必死に隠れ、逃げて、耐えて、結果的に生き残ってしまいました。猿山は真っ赤に染まり、辺りにはかつて友達だったものが転がっていました。空腹と寂しさに襲われた猿は空を見上げます。そこには満点の星空が広がっていました。その空は猿山の外へ広がり、どこまでも続いていました。その時猿はあることを思い出したのです。
それは最後に飼育員さんから食べ物を貰った時のことでした。その時はいつもにも増してたくさん食べ物を貰いました。しかし、飼育員さんの顔は悲しげでした。そして、猿山から出る時、何かをさらに伝えていたことを思い出しました。猿は頭が良かったので人の言葉を理解していました。
「本当にごめん、助けられなくて、ここから外に出られたら良かったんだけど……やっぱりダメみたい。さようなら」
そう言って、扉の向こうに消えてきました。その時はなにがそんなに悲しいのか理解できていませんでしたが、今この惨状になってようやく理解できました。『自分たちは人にお世話されないと生きていけない』ということです。自分の力ではなにもできない弱い存在だということを理解してしまったのです。
しかし、こうも思いました。「ここから外に出られたらどうにかなるかもしれない……」と、この空が続く先の世界、人がいた世界、この猿山の向こう側に微かな希望を抱いたのです。
しかし、猿山の向こうに行くためには垂直に建てられたコンクリートの壁を越えないといけません。ザラザラな表面で多少のヒビは入っているけれど木や猿山のような掴める部分はありません。さらに、猿はお腹がぺこぺこで力が入りません。まずはこの空腹をどうにかしなければなりません。まず、食べ物がないか猿山中を探し回りました。しかし、見つかるのは骨や毛ばかり、果物は一切見つかりませんでした。それでも、瀕死の親友の見つけることができました。その猿も友達食べることを拒み、ひっそり岩陰に身を潜めていたのです。親友は掠れた声で猿にこう言いました。
「俺を食え」
猿は拒みます。親友は猿にとっての師匠と言っても差し支えなかったのです。かつて他より頭が良くかった猿は天狗になって、周りを見下していました。しかし、親友が友達を大切にすることの大切さを教え、初めての友達になったことで全てが変わったのです。友達のことを第一に考えて行動できる親友は猿にとって憧れの存在でした。そして、平和だった頃はどの猿よりも一緒にいて、同じ時を過ごしながら、この非常事態には猿のことを思い、空腹に耐え続けました。
そんな彼を殺して食おうなど、親友が許しても自分が許せなかったのです。しかし、親友は声を振り絞って、
「お前のためなんだ」
そう伝えて、目の光を失いました。猿は親友の最期を見届け、覚悟を決めました。親友は自分のためにその肉体を捧げるつもりだったということを悟ったのです。そしてそれは彼の友を思う心意気であり、生き様であり、尊厳だったのです。その意志を無駄にはできません。猿は近くにあった石を尖らせて親友の皮を裂き、肉を切り、それを無心で頬張りました。肉は果物と違ってぐちゃぐちゃしていて、甘くもないなんだかよくわからない味で、顔も手も真っ赤に染まりましたが、そんなことは気にせず、ただ親友を生きる活力に変えました。
そして、残された骨のうち尖った部分を取り出して、コンクリートのヒビに引っ掛けました。そのままその骨を掴み次のヒビを探す、見つけたらそこに骨を突き立てて上へ上へと登っていきました。途中、ヒビが崩れて危うく落ちそうになりましたが、親友から得たエネルギーを力に変えてなんとかの片手で踏ん張り、体制を整え、再び登っていき、コンクリートの壁を越えることができました。
猿山の外には人がいた痕跡だけが残っていました。
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