リンゴの実

 猿は園内を探索しました。知らない動物、知らない鳥、知らない生き物達が展示されていることを知りました。猿は世界の広さを知りました。今までいた猿山がいかにちっぽけな世界だったのかを知りました。しかし、その生き物達みんなが檻の中に閉じ込められ、息絶えていました。その姿を見て結局、彼らも『人にお世話されないと生きていけない』存在だったということを理解しました。いかに自分たちがか弱く、人がどれだけ大きな存在だったのか想像するだけで体が震え、畏怖の念を抱いてしまいました。


 しばらく探索していると空腹が襲ってきました。猿は食べ物を探します。しかし、猿山と違って知らない道、世界で食べ物を探すのは極めて困難でした。辛うじて見つけたドングリを食べて飢えを誤魔化していましたが、空腹を誤魔化すことなど不可能でした。猿山に戻ることが死と同義だと考えていた猿は必死に食べ物を探しました。すると道端に1個のリンゴの実が転がっているではありませんか。そのリンゴは金色に輝き、自分の知っているリンゴではありませんでした。最初は食べても大丈夫かどうか悩みました。しかし、空腹には勝てずリンゴを一口食べてしまいました。


「……このまま食べるのは汚いな」


そう呟き、近くの水道まで歩き、そこで手とリンゴを綺麗に洗いました。そして、毒ではないと思った猿はリンゴを平らげました。


「僕、裸じゃん!」


自分の体を見て今まで全裸で探索していたことに恥ずかしさを覚えた猿は動物園のお土産売り場に足を運びました。


 そこでは様々なお菓子やおもちゃがあり、その中には服やズボンもありました。猿はそこから自分に合うサイズの服とズボンを身につけます。そして、その辺に落ちていた子供用の靴を履きました。他にも鞄を肩にかけお菓子を詰め込みました。しかし、なんだかこのまま出ていくのは申し訳ないと感じた猿は埃だらけ店内を掃除して、ピカピカの状態にしてお土産売り場を後にしました。


 お土産売り場を出た猿は空を見上げました。太陽が登り始め、空は若干明るくなっていました。彼自身も気分が明るくなっていき、もっと冒険したいという好奇心が湧いてきました。そう、彼の知的欲求は生きる本能超えた瞬間でした。


 彼は動物園の入り口に向かうため、もと来た道を戻ります。すると再び真っ赤に染まった猿山と対面しました。朝日に照らされその野生味溢れる故郷の姿を見て、彼は遠く離れた存在のように思えてしまいました。


「……じゃあね」


そう言った彼の目から涙が溢れてきました。「きっと帰ってくることはないだろう」とそう直感してしまったのです。もうそこは帰るべき場所ではありませんでした。そこにはもう彼の居場所は無かったのです。


 彼は猿山を背にして歩き出しました。動物園の門をくぐります。振り向くことはせず、しっかり前を向いて一歩、また一歩と動物園から離れていきました。

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