Blue spring

@Tson7YFMcd

始まりの日

第1話 それぞれの朝(前編)〜藤松信義・岩田洋平〜

―8時10分 藤松家―

「そろそろ着替えた方がいいんじゃない?いくら高校が家の裏にあるからって、さすがにいきなり遅刻はまずいよ」

 入学式の集合時間まであと20分。朝食ならとっくに平らげたというのに、まだ寝巻のままスマホに目をやる俺――藤松信義に対し、さすがに母が心配そうに問いかけてきた。そのうつろな視線の先には、やけに整った制服とすでに輪ができたネクタイがハンガーに掛けられている。足元にはこれから世話になるであろう鞄が昨日の夜から用意されている。後はそれらを身にまとい、ドアを開けるだけなのだ。だが、どうにもそれができない。別に体調が悪いわけでもないし、対して眠くもない。ただ、どうにも気が乗らないだけなのだが、そうこうしているうちにこんな時間になってしまった。それでもさっきまでなら動画を見ていたが、いい加減後回しにするのも面倒くさくなってきた。

「分かったよ、母さん。今着替える」

 とりわけ重くない腰を上げ、手に取った服に袖を通す。一般的な学生なら、この衣装を身にまとうや否や輝かしい日々への期待が胸一杯に思い浮かび、新たな出会いが待ちきれないだろうが、どうもそんな気になれない。一方で、不安や恐怖で胸が押しつぶされそうかといえば、少なくとも今はそうではない。いま、俺の心にあるいちばん大きな感情は「めんどくせえなあ」それだけだ。そのうち働くと毎日こう思うのかもなと、15歳になってまだ2か月の若造が内心つぶやく。そんなことを考えているうちに着替え終わり、玄関で待つ新入りの革靴を履いた。

「いってきます」ドアを開けそう声をかけると、母はいつもの調子で返してきた。

「いってらっしゃーい、楽しんできてね!」


 思わず笑ってしまう。母は俺とは正反対で、ほんとに明るくポジティブな人。「人生楽しまなきゃ損!」をモットーに、大一番だと思えばどんな時でもこの調子。どちらかといえば母というより年の離れた姉のような存在だ

「あんな風に考えられたらなぁ」思わずそう呟いたが、対して気は変わらないままで階段を降り始めた。無―――今の俺を一文字で表すならそうだろう。不安も期待も何もない。ただ、実は心はからっぽな時が一番寂しいし、こういうときが一番何も考えらえない。




―8時20分 1年1組教室―

「おいおい、高校になってもこのド畜生がついてくんのかよ。腐れ縁もここまで切れないもんかねえ」

 小柄な幼馴染を見下ろし、小さな笑みを浮かべながら俺――岩田洋平はつぶやいた。だが、こいつはそんなもんじゃ乗ってこないのはわかっているので、「制服かわいいじゃん」ともう一押しからかってってやる。するとその少女は、煽るやいなや席を立ち、ぷくっと頬を膨らませて声を上げる。

「もー、こないだからずっとそれ言ってんじゃん!それに昔からずーーーっと言ってるよ、僕は女だって!これだから脳みその代わりにウニが詰まってるバカは…」

 その言葉を聞き、馬鹿はどっちだよと思いながら頭をかく。こいつの名前は本田廉。おかっぱ頭で童顔。そしてまだ中一なんじゃないかと思うほど小柄で、俺の方が冗談抜きに頭一つでかい。俺とは同じ病院で生まれ、家も道路を挟んで向かい側だ。生まれたのは俺より2週間ぐらい前なので、ほんとに姉弟みたいな関係。漫画の世界なら理想的な幼馴染―――端から見たらそうなんだろうが、実のところ俺はどうにもそう思えない。頭はとってもいいんだが、その分妙に悪知恵が回るし口が悪い。こいつのやんちゃや悪戯の尻拭いを何度してやったかといいたいところだが、その分夏休みのしめはいつもこいつに助けてもらってたんでそこはお互い様。因みにこのままケンカに猫パンチされて負けるので「へいへい、すんませんでした」と言って引き下がるのがいつものパターンだ


「それにしても、お前の前の席の人まだ来ないな」知ってる奴がいるいないに関わらず、さすがに入学式の日なら普通はもう来るはずだ。一通りの人にはもうあいさつしたので、少なくともこのクラスはそこの人がくれば全員だ。

「ま、ちゃーんと時間までには来るでしょ。洋平、あんたも席戻りなさいよ」

 ごもっともだ。いきなり変なことすんなよ――廉にそう釘を刺し、予冷がなり始めるのを聞きながら席に戻る。席に着くと、入れ替わるように後ろのドアが開いて生徒が一人入ってきた。


――全員揃ったな。さて、どんな奴と会えるもんか…――

期待というほどではないが、ある程度新生活を楽しみにしながら、窓の外を眺めて先生を待つことにした。

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