1 呪具になったとは
四月の後半。大型連休二日目。鎌倉の町は観光客で賑わっている。
鎌倉駅からローカル電車に乗り、約三十分。
江ノ島とは、神奈川県の湘南海岸に浮かぶ島である。周囲四キロの小島であり、大きな橋で陸地と繋がっていてアクセスが良好だ。鎌倉と同様に観光地になっている。
島には有名な神社があり、土産物屋に挟まれた参道がある。普段の土日でも大混雑するのだが、大型連休にあたるこの日は割って入る気にもならないほどの人出である。
過去、何度も江ノ島を訪れている
「それにしてもすごい人混みだよね。調査は連休が明けてからにしてもよかったんじゃない?」
焼けたサザエを殻からぶるんと引き抜きながら、珠子が言った。対面に座る諭はテーブルに肘を突いて顎を乗せ、火に炙られて香ばしい煙を上げるエビをつまらなそうに眺めている。
「
「でもどうして江ノ島なんだろう。幽霊も連休を楽しみたいとか?」
浜焼きの美味さに上機嫌な珠子がぶち込んだ冗談に、諭は眉根を寄せて軽く首を傾けるだけだ。つくづく可愛げのない男である。
珠子はサザエを嚥下してから、ホタテに醤油を垂らす。
「でもさ、私たちまで来る必要なかったんじゃない? 霊を探すのは魂食い鴉の仕事でしょう? 私たちには何も手伝えないし」
「魂食い鴉は呪具だから、一応、指示を出さないといけない場面もあるんだよ。それに、使霊の箱に収められた霊を浄化するのに、あんたの力が役立ちそうだし
あまりの言い方に、珠子は少し口を尖らせる。
「役立つ、だなんて人を道具みたいに」
「魂食い鴉と同じで、道具といえば道具だろ。……あ、いや」
いよいよ眉根を寄せた珠子へ純粋に驚いたような目を向けてから、諭は合点がいったというように頷いた。
「そういえば言ってなかった」
諭の箸がやっと動いた。イカの切り身を皿に取り、彼は何でもないことのように言う。
「あんた、多分呪具になったんだと思う」
「は?」
珠子は、ホタテを口に運びかけたまま硬直する。ずっしりと重たい貝柱が、緩んだ箸の拘束から逃れ、ぼとりと落ちて貝殻の上に戻っていった。
「呪具って、呪具?」
「ああ」
「でも私、人間」
「鴉が呪具になるんだから、人間だってなれるだろ。それに実際、人間が呪具の性質を手に入れた事例は他にもある」
「何それ。どういうこと? その人、今どこに」
「さあ。もう何年も前に逃げたらしい。元は大江間一族の女性で、ある日突然呪具を探知する能力を手に入れたんだって。まあ、うちは呪具のことになると人としての常識をかなぐり捨てる呪具師ばかりだからさ。どんな扱いを受けていたかわかったもんじゃない。逃げ出しても不思議じゃないよ」
呪具を回収して管理するのが大江間一族だ。ならばその女性も、人らしからぬ生活を余儀なくされたのかもしれない。そもそも、あなたは呪具ですだなんて言われれば、そりゃあ逃げたくもなるだろう。いいや、それよりも。
「何で私が呪具になったと思うの」
「四郎の骨に触れて、魂に残された記憶を蘇らせただろ。きっと残留思念を読んだんだ。ただの人間にあんなことはできないよ。この前、
「壺の中に毒虫をたくさん入れて……ってやつ」
諭は頷く。
「そう。原理は多分一緒なんだ。呪具を作るためには、アニミズム、陰陽五行、仏法、その他様々な神霊を編む必要がある。それを体内で素でやったのがあんたなんだよ、
「私の、体内で」
「あんたの魂には、親族の霊が絡みついている。そこに汀という怨霊が入り込み、あんた自身の持っていた霊に対する適応性やその他諸々の条件が重なって、呪具になった」
言っていることは理解できるのだが、映画や小説ではなくて自分の身に降りかかった事態だと思えば途端に咀嚼できなくなる。けれど一つ、わかったことがある。
「大江間一族は呪具を回収しているんだよね。ということは、大江間君が今もあのおんぼろアパートに住んでいるのは、私を回収するため?」
高級住宅地の葉山に豪勢な実家を持ちながら、今にも雨漏りしそうなアパートを借り続けるなど、妙なのだ。無論、週のほとんどを実家で過ごしているようではあるのだが。
珠子の推測は正しかったらしく、諭は何を今さら、といった様子でイカを食む。
「回収するというより、呪具には大江間の目が届くところにいてもらわないと困る。土蔵さんのことは、父さんにはまだ言っていないから、今のところ強制的に回収される心配はないよ」
「じゃあ、監禁されなくても、ずっと監視はされるってこと!?」
「監視って大袈裟な。気になるんなら、うちで呪具師として雇ってもいいよ。あんた、会社が潰れて無職だって言ってたしちょうどいい」
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