第2話 おっぱいと尻尾
おっぱいぷるんぷるん。
さいしょに頭に浮かんだのはどうしようもないネットミーム。
いや、だって直接見るのは初めてだったからさ。
しかも仰向けなのにつんと張りつめて崩れない見事なものを見たら、脳の回路だってバグるってものだ。
混乱しながら、なにが起きたか必死に考える。
ケース1。昨夜飲み会に参加して意気投合した女性を連れ込んだ。
うん、無いな。
ケース2。僕が部屋を間違えた。
そうだとすると人生終了なんたけど、ありがたいことにどう見ても、この雑然とした感じは僕の部屋である。
ケース3。このピンクの髪の毛のお姉さんは宇宙人で僕の部屋に落ちてきた。
見上げれば天井に穴はない。
考えても分からないので僕は布団をかぶった女性に声をかける。
「えーと、どちら様でしょうか?」
手だけが布団の中から出てきてヒラヒラと動いた。
どうも手招きしているらしい。
おそるおそる近付く。
「中に入らないの?」
「その前にどこから来たか教えてください」
「やだ。面倒くさい」
まさか、そういう理由で回答を拒否するとは思わなかった。
「いいんですか? ここは僕の家です。警察を呼びますよ」
「好きにすれば。できるもんなら」
シュッと手が布団から出て僕のスマートフォンを奪う。
確かにこうなるとこの場から通報は難しかった。
それに強く出られると引いてしまうのが僕である。
「あのですね。僕はあと1時間もしないうちに家を出なきゃいけないんです」
「そう。いってら」
取りつく島も無い。
布団を引っぺがしてもいいのだが、服を着ていないことに躊躇ってしまった。
切羽詰まった僕は自分でも意味が分からない提案をする。
「カツ丼作るけど食べますか?」
朝からカツ丼というのはどうかと思うけど、偶然冷凍保存したご飯と冷食のカツ、卵の買い置きがあった。
尋問にはかつ丼、これ常識でしょ。
シュッと手が出てきてピンと伸ばされる。
「食べる。食べる」
初めて僕の提案に同意する返事を聞けた。
僕は扉を開けて廊下の横にある狭いキッチンに向かう。
居室よりもさらに気温が低かった。
冷凍庫からラップにくるんだご飯と冷凍食品を、冷蔵庫から卵を取り出す。
先にかつを温めてフライパンへと移住させ火をつけた。
ご飯を解凍してオーバル型の白いボウルによそい、めんつゆをかけて卵とじにしたかつを上に乗せる。
自分の箸と割りばしを1膳ずつ掴むとボウルを持って居室のちゃぶ台に運んだ。
めんつゆに含まれる出汁の香りが食欲をそそる。
その香りにつられたのかお姉さんが掛け布団から顔を出した。
そのトパーズのような瞳はうるんでおり、けだるげな口元が半開きになっていてフェロモンが駄々洩れしている。
スンスンと鼻を鳴らすと布団から這い出てきた。
ちょうど10分後に設定していたスマートフォンのアラームが鳴りだす。
お姉さんは煩わしそうにスワイプしてオフにした。
先ほど上半身裸だと思ったが早計だったらしい。
つややかに引き締まったお腹に続き張り出した腰の部分から下も何も身に着けていないことが目に入る。
僕は慌てて目をそらした。
「な、なんで、何も着ていないんですか?」
思わず怒ったような声になってしまう。
「そうよね。お布団から出るとちょっと寒いかも」
なんか決定的に論点がずれていた。
でも、この際だから理由はなんであれ服を着てもらえればいい。
「そうですよ。風邪ひいちゃいます。服を着てください」
「どうやって? 私の服ないんだけど」
「は? なんで無いんですか」
「だって、この格好でここに来たし」
色々言いたいし聞きたいこともたくさんある。
しかし、今大事なことは服を着てもらうことだった。
衣装ケースの中から洗濯済みのボクサーパンツとジャージを取り出す。
女性の方をなるべく見ないようにしてそれらを差し出した。
「これ着てください」
受け取ったので、そちらを見ないためにもちゃぶ台に座ってかつ丼を食べ始める。
ごそごそ音がしていたと思ったら、女性が座って割りばしを割った。
「美味しそう。いただきます」
チラリと目の端で見るとちゃんとジャージを着ていることに安心する。
ただ、ボクサーパンツは床に転がっていた。
やっぱり下着はいくら洗濯してあっても抵抗感があるか。
そんなことを考えているとそれに気づいたのか女性が口を開いた。
「ごめんね。せっかく貸してくれたんだけど、それ穿くと尻尾がきつくて」
「尻尾?」
「そうよ」
ジャージの間から黒い尻尾が飛び出している。
「まあ、すでに折れちゃってるんだけどね」
確かに先端から10センチほどのところで折れ曲がっていた。
「しっぽぉ?」
裏返った声が出てしまう。
「何よ、そんな声出さなくていいじゃない。サキュバスなんだから尻尾があるのは当然でしょ。そんなことも知らないの? まったく今日日の人間ときたら」
かつ丼を食べながらサキュバスを自称する女性は僕に文句を言った。
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