かぎしっぽは気まぐれ屋
新巻へもん
第1話 ボーイ・ミーツ・?
お店のシャッターに施錠をしてエレベーターに乗る。
尻ポケットからスマートフォンを取り出して時刻を確認するともうすぐ日付が変わりそうな時刻だった。
僕がアルバイトをしている居酒屋は本来午後10時ラストオーダー、10時半閉店ということになっている。
まあ、それが守られることはない。
その直前の時間に入ってくる客は来店時には分かった分かったというが、10時10分ぐらいまで平気で注文を入れる。
テーブルに置いてある注文用のタブレットがオーダーを受け付けなくなるのが10分過ぎだからだ。
まあ、お店としては売り上げが上がっていいのだろう。
そうなると、自動的に退店を促す時間も遅くせざるを得ないわけで、レジ〆をして厨房や店内の清掃を終えるとどうしても遅くなってしまった。
一応、タイムカードはシャッターを閉める直前に通しているのでバイト代はきちんと出る。
古いエレベーターに乗り1階まで降りて通りに出るとぴゅーと北風が吹いた。
マフラーを巻いた首をすくめて家に向かって歩き始める。
バイト先からアパートまでは徒歩30分。
それぞれの最寄り駅は私鉄で2駅の距離があった。
駅までの距離が5分と13分で、待ち時間を含めた乗車時間が10分という微妙な時間なので僕はバイト帰りは歩くことにしている。
こんな時間だが意外と歩いている人がいた。
スカート姿の女の子を連れた若い男がちょっと先を歩いている。
女の子と反対側の肩にはギターケースを背負っていた。
道から折れてこぎれいな独身者用のマンションに入っていく。
ちらりと見た女の子の横顔はちょっと可愛い。
地方から上京してきてもうすぐ2年になろうという僕に彼女が居たことはない。
高校時代は受験勉強でそんな余裕はなかったし、東京に出てきてからは生活費を稼ぐのに忙しくてそんな余裕はなかった。
いや、正直に言おう。
僕は女の子に声をかける度胸もない意気地なしなのだ。
まあ、仮にあったとしてもどこか垢ぬけない僕は東京の女の子には見向きもされないだろう。
実際のところ、バイト先にいる同僚の中で僕は空気のような存在だった。
一応バイト中は業務上の意思疎通はできる。
でも、休憩室で私語をかわしたことはないし、電話番号はおろか、メッセージアプリの連絡先も知らない。
知っているのは店長の白戸さんだけ。
もちろん、女性ではなく長髪をひっつめた年齢不詳のおじさんだ。
うらやましい気持ちを抱えながら借りているアパートに到着する。
音を立てないように鉄階段を上って2階の205号室の鍵を開けた。
「ただいま」
小さな声であいさつするがもちろん返事はなく暗闇に吸い込まれる。
電灯をつけて靴を脱ぎ家に上がると短い廊下を進んでそこで服を脱いだ。
面倒くさいが髪の毛に居酒屋の諸々の臭いが染みついている。
ユニットバスに入って体や頭をを洗った。
手早く済ましたつもりだがドライヤーで髪の毛を乾かすともう1時近い。
明日金曜日は1限から刑法各論の授業がある。
朝飯を抜くとして7時起床が授業に間に合うぎりぎりラインだった。
今から寝れば睡眠はなんとか6時間取れる。
毎日勉強とバイトに追われてクタクタの木曜日深夜。
とても睡眠時間は足りなかった。
でも、疲れているのに妙に眼が冴えて眠れそうにない。
それに今日の賄いだったキムチチャーハンが辛くて喉も乾いていた。
というのを言い訳にしてアルコール度数9パーセントのロング缶に手を伸ばす。
冷蔵庫に入れておくと冷たすぎるのであえて外に出してあった。
プシュッとタブを引いて開けると、僕の人生のように少しぬるい酒を喉に流し込む。
空き缶を流しですすいで、さっと歯を磨くと万年床に潜り込んだ。
僅かに湿った感じのする冷たい布団の中で体を震わせているとようやく眠気がやってくる。
入学前の期待と違って彩のない大学生活にうんざりしながら眠りについた。
スマートフォンのアラームが鳴っているので目をつぶったまま布団から腕だけを伸ばしてスヌーズにする。
どうせ起きないのに午前6時に設定していた。
今日は冷え込みが厳しいらしく布団の外は死ぬほど寒い。
腕を引っ込めて寝返りをうつと顔が何か温かくかぐわしいものにぶつかった。
ぽよん。
なんだろう?
寝ぼけた頭で顔をこすりつける。
!!!
明らかな異常事態に跳ね起きて壁の電灯のスイッチを叩くようにしてつけた。
振り返って愕然とする。
僕の知らない女性が半分めくれた掛け布団を手を伸ばして体にかけようとしていた。
目を閉じたままでも美人さんと分かる綺麗なお姉さんの髪の毛はピンク色である。
そして何より重要なのは上半身裸ということだった。
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