第15話 舞台裏

「このあと、皆で話し合い、各人が夜中、何をしていたかについて一応発言します。全員、あてがってもらった部屋で眠っていたと主張しました。そして飯塚修の死は不幸な事故だと結論が出されます」

「夜中に小麦粉を持ち出して、一人で出歩いていたのに?」

 思わず声に出していた。同じ疑問は他の四人も抱いたはず、と思ったんだが、当てが外れた。

「そこは多分、問題じゃないよ」

 六本木さんが、端っこからたしなめる調子で言ってきた。

「聞き込みをすればすぐ明らかになる思う」

「どういうこと」

 何らかのシンプルな推理を組み立てたんだろう。それが僕にはぴんと来ない。悔しさもあって、答を教えてくれとは言いたくなかった。

「飯塚修君のプロフィール、見ましたか? 見たのなら思い出してください」

 音無さんがヒント(多分)を出してくれた。飯塚修のプロフィールを思い起こす……と言ってもたいした情報量ではなかったはず。いたずらが好きというぐらいで――あ。そうか。

 飯塚修はいたずらで、夜中に小麦粉をばらまき、雪でも降ったかのように白く染めるつもりだったのか?

 この想像を伝えると、音無さんは我が意を得たりとばかりに、大きく頷いた。

「多分、それで合っていると思います。無論、確認は必要ですけど、捜査方針を早めに立てられそうなのは嬉しい」

 正直、僕にはまだ、捜査方針と呼べるほどの見通しは立っていなかったのだけれども、ここは頷いておいた。音無さんの明るい表情を見ていると、これ以上説明を求めるのは野暮というもの。時間も掛かるし。

「先走って捜査の算段を立てるのはそのくらいにしていただいて……次の事件に話を移しますよ?」

 阿畑刑事が折を見計らったように言った。


             *           *


「ノックを聞き逃すくらい、集中されていたのですか」

 その若い女性の声に、複数のモニターを眺めていた長髪の男性が面を起こす。

「ああ、すまないね、返事が遅れてしまって。それで用件は」

「進行中のテストについてです。新一年生にとって最初の期末特別試験。まだ序盤も序盤、始まったばかりで言うのもなんですが」

「何でしょう? ひょっとしたら、同じことを考えているかも知れませんが」

 見事な白髪を手櫛で後ろにやりながら、視線を向けた。それを受けて、女性がにこっとこぼれるような笑みを返した。

「だと嬉しいですね、学園長。――今年の一年生は、特に優秀な人達が揃っているように感じました」

ひいらぎ先生、まさしく同感です」

 満足げに頷く学園長。名を長門法明ながとのりあきという。生徒からは、その古代中国の軍師めいた、歴戦の強者っぽい外観のせいか、ホウメイ先生と呼ばれるのが伝統になっていた。

 応接室に隣接する学園長室は、ドアこそ普段閉ざしているものの、基本的にオープンな状態でありたいというのが現学園長のモットー。こうして気軽に意見を述べてもらいたが故だ。

「これほど早い段階で、いくつか気付きを得ているのは素晴らしい。それも複数の生徒が」

「まだざっとチェックしただけですが、過去になかった現象です」

「柊先生の能力を疑うわけではないのですが、最初の期末特別試験、今年はやさしめに作られたという意識は?」

 問われた柊に、気を悪くした様子は微塵もない。ただ、きっぱりと答えた。

「いえ、ありません。例年通り、ちょうどよいレベルの難度にしたつもりです」

 国語全般を受け持つ柊秋穂あきほは、それらの教科だけでなく、特別試験にも大きく関与している。出題内容を決め、小説もしくは脚本の形で仕上げるのが彼女の役目だった。その才能を見込まれて深潭学園に採用されたといって、過言でない。

「でしょうねえ。私もテキストを読ませてもらいましたが、正直言っていつもよりも難しいんじゃないかと感じたくらいでした」

 目を細め、モニターに意識を戻そうとする学園長。立ったままの柊は、そんな彼を見下ろしながら一つ、注意を口にした。

「今の感想、生徒の前では言わない方がよいかと……甘く見られかねません」

「あ、別に解けなかったと言ってるのではありませんよ」

 解けなかったと思われるのは侵害だと言わんばかりに、強めの口調で応じた。

「ただ、何人かの生徒が見せたような冴えは……私には降りてこなかったなあ」

「学園長は実際の事件としてお解きになろうとするからかもしれませんね」

 薄紅色のスカートの前で組んでいた手を解くと、右手人差し指を立てる柊。ショートヘアを揺らし、小さな子に説明するような空気がにじみ出た。

「柊先生はよくそう言われるが、何が違うのか、あまり理解できていない」

「推理小説、ミステリには常道やお約束がありますから。それに解くためのこつもある程度は。なので、現在の私が危惧しているのは、今回の問題、あまりにミステリ寄りになっていなかったかしら?ということなんですよね。名探偵というよりも、推理小説の犯人当てを得意とする子達が、優秀なスタートダッシュを見せているだけなのかも」

 少々不安げに目を伏せがちにした柊。長門学園長は首を傾げ、「よろしいんじゃないですか」と言った。

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