吟遊詩人、テイムしながら旅をする

ヴォルフガング・ニポー

吟遊詩人アンテ

 草原を必死に逃げる冒険者たち。彼らはゴブリンの群れに追いかけられていた。


 初心者が魔物討伐に手慣れてきた頃に戦うには丁度よい敵だが、群れとなると熟練の冒険者でさえも足下をすくわれかねない。


「もう……走れねえ」


「でも、こんなボロボロじゃ戦っても殺されちまうぞ!」


「誰か……他のパーティが見つけてくれたら」


「だけど、人影が全然ない……」


 もう、絶望的だ。


 そのときだった。


 大きな鳥が猛禽の狩りのごとく急降下し、あしゆびを攻撃的に向けて群れに迫った。


「ぎょえー!!」


 驚いた小鬼たちはパニックになって一目散に逃げて行った。


 ばさりとひと羽ばたきして鳥は地面に降り、鋭い眼差しで冒険者たちを見下ろした。


「あわわわわ……」


 彼らは逃げるどころか、腰を抜かしてしまっていた。


「ク、クジラワシ……?」


 体高五メートルは優にある。もっと大きなものになればクジラさえも捕まえてしまうといわれる巨鳥だ。人を襲う獰猛どうもうな鳥だ。


「なんでこんなのが」


「運悪すぎるだろ……」


 その圧倒的な風格に冒険者たちは自らの最期を悟った。


「大丈夫ですの?」


 とても美しい声だった。まさか、このクジラワシがしゃべったのか?


 いや、違う。クジラワシの背中から、ひとりの女性がひょいと飛び降りた。


 自然の法則を受けていないと思えるほどにふわりと降りたつ姿に全員が目を奪われる。


 腰まである藍白の髪を三つ編みに束ね、キトンの衣装が神話を思わせ、まるで女神が降臨したかと錯覚するほどだ。


 その肩には尖った大きな耳のリスのような獣がちょこんと座っていてかわいらしい。


 そのしなやかな腕をそっと大きな鳥に伸ばして撫でると、催眠でも解けたのかくっと上を向くと飛び立って、どこかへ行ってしまった。


「運んでくれてありがとう。さようなら」


 小さくなってゆく鳥の後ろ姿に手を振る。


 恐ろしい野生動物もいなくなり、冒険者たちは大きく息を吐いた。


「す、すまない、助けてくれたんだよな。ありがとう……」


「あのゴブリンたちにやられましたの?」


 女性の問いかけに冒険者たちは何か答えようとするも、疲労のあまり声が出ないようだ。


「回復して差し上げましょう」


 背負っていたリュートを両手に取ると、ポロンポロンと奏でながら歌った。


 それはこれまでに聞いたこともないような美しい歌声だった。


「あ……」


 光に包まれたかと思うと、小さな傷はみるみると小さくなっていった。


「いかがかしら?」


 おかげで彼らはまともに話せるくらいにはなった。


「ゴブリンなんかに追いかけられて、何があったんですの?」


「あー、ちょっと待ってくれ、ねえちゃん。俺たちは別にゴブリンごときに後れを取ったわけじゃねえんだ」


「私たちはギルドの依頼を受けてゴブリンの群れを討伐に向かっていたのですが、目的の巣を見つけたと思ったら、後ろからレッドボアがいきなり襲ってきて。ボコボコにされたところで、ゴブリンに追いかけられて」


「まあ、運が悪かったのですね」


 レッドボアとは真っ赤な体毛をもつイノシシで、成体であれば体高二メートル以上になる。雑食だが、とくに人間を敵視しているところがあり、遭遇すれば襲われて食われてしまうこともある。


 農作物を荒らすことがあるので討伐依頼がよく出されるが、よほど優れた剣士や魔法使いでもない限り一人で討伐することなどは不可能である。


 血抜きをきちんとすればその肉はうまい。


「でも、本当に助かったわ。ありがとう」


 男三人、女二人のそれなりに経験のありそうなパーティだ。それでもこうした思いがけないトラブルで簡単な依頼さえ失敗してしまうことがある。


 しかし、彼らが命を落とさずにすんだのもまた運であった。


「きみは吟遊詩人かい?」


「ええ。歌を歌って路銀を稼ぎ、気ままな旅をしております」


 その美しさに似つかわしい上品な言葉遣いだ。


「肩に乗ってるリスみたいなのかわいいですね」


「この子はシエル。この子が私の旅のお供ですの」


 冒険者の女の子は小動物を見て目をキラキラさせていた。


「そうだ姐ちゃん、お礼に飯でもおごるよ。ついてきなよ」


「いいね。町はすぐそこだ。飯だ! 飯食うぞ!」


「よろしいんですの? では、お言葉に甘えて」


 旅慣れているのだろう。女は変に遠慮することもなかった。


「そういえば、名前聞いてなかったな。聞いてもいいかい?」


 自ら名乗る前に相手の名を聞くのは失礼に当たるが、彼女はそんなことを気にする風でもない。


「アンテ・ペティフォーレと申します」


 ◇◇◇


 たどり着いた町はなかなか栄えており、案内された食堂は多くの客で賑わっていた。たまたま空いたばかりのテーブルに着く。


「さあ、何でも好きなもの食ってくれ」


 彼はこのパーティのリーダーのようだ。名をジェロムという。ひげ面の三十代半ばといったところか。


「なあなあ、この子いくつくらいだと思う」


「二十五? もうちょい若いかな。ぐふふふふ」


 アンテの美しさに見とれている二人はシャルルとファビアンで、ジェロムよりは若い。


「はあぁ、アンテさん超美人ですね」


 若い男以上にウハウハしているのはこの中で一番幼いクラリスだ。


「まったく、もう……」


 五人の中で唯一気に入らなさそうにしているのがモニカだった。


 食事が届くまでの間、アンテは冒険者たちからの質問攻めにあった。


「吟遊詩人なんて初めて会ったよ。歌うだけで普通に食っていけるものなのか?」


「まあ、誰でもってわけではありませんが、私はそれなりにやっていけております」


「それってリュートっていう楽器ですよね。初めて見るんです。触ってもいいですか?」


「どうぞ」


「ひとつのコースに弦が二本あるんだ。全部で十二本あるんですね」


「音の響きがよくなるんですよ」


「この透かし彫りもかっこいいですね」


「これも響きのためですが、どこまで効果があるのかわかりません」


 リュートはギターの前身となった楽器であり、その形状はよく似ている。ギターの胴体のサウンドホールに当たる場所に幾何学模様の透かし彫りがしてあることが多い。


「そういえば、さっきのクジラワシは姐ちゃんの守護獣か何かかい?」


「いいえ、ちょっとの間テイムさせてもらっただけですわ」


「テイムか。そんなことできるのかよ」


「せっかくなんだからずっと一緒にいたらよかったのに。あんなにきれいな鳥」


「テイムし続けるということは、これまでと違った生活を強いることになるということですわ。クジラワシは本来海の近くに生息する鳥です。野生から遠ざけられれば寿命は縮んでしまいます」


「へえ、なるほどな」


「アンテさん、やさしいんですね」


「まあ、正しい知識をもってしっかりと面倒を見ることができるならむしろ長生きするんですが、生憎私は旅の身でしてなかなか難しいのです」


「シエルちゃんもテイムしたんですか?」


「うふふふ、まあそんな感じです。ひとり旅は寂しいですから」


 アンテは言いながら、シエルのもふもふ尻尾を撫でた。


「かわいい~」


 一通り話したところで、リーダーのジェロムが身を乗り出して聞いてきた。


「なあ、姐ちゃん。ちょっと聞きたいんだが、ゴブリンが野生動物をテイムするって話は聞いたことがあるかい?」


「ゴブリンがですか?」


「さっきギルドに行って依頼の失敗を報告したんだが、レッドボアの件を話したら受付嬢が『またですか』って言ってたんだよ。今の話を聞いて、もしかしたらゴブリンの巣をテイムされたレッドボアが守ってるんじゃねえかって思ったんだ」


「ふむ……ゴブリンとレッドボアの共生関係は聞いたことありませんし……」


「あそこのゴブリンはどんどん増えて、町に被害を出してる。早くやっつけないといけないんだ」


「ゴブリンがテイムを使えるというのは聞いたことありませんが、ゴブリンキングになってくると高度な魔法も使えます。可能性としてない話ではないと思いますわ」


「やっぱりそうか……ちっ」


 ジェロムは困ったように舌打ちした。


 冒険者は町の安全を守ってなんぼである。それは彼らの沽券にかかわるものだった。


「なかなか興味深いですわね。明日もまた討伐に向かわれるということでしたら、私も同行させていただけませんか?」


「え、マジかい?」


「アンテさんは魔物討伐にも慣れてる感じだな」


「討伐はそれほどではありませんが、さまざまな魔物を見てきた経験はあります」


「そりゃありがてえや」


 みんなが喜んだところで、食事が届いた。


「はい、お待ち」


「おう、待ったぜ。今日は混んでるとはいえ、ずいぶんかかったな」


「何言ってんだい。二十人前も頼んだら時間もかかるさね」


「は、二十人前?」


 どんどん運ばれてきて、八人掛けのテーブルが完全に食事で覆われてしまった。


「おいしそー」


 食事を目の前にしたアンテは、さっきまでの凛とした雰囲気はどこへやら、完全にたるみ切った顔になり、口角からはちょっぴりよだれを垂らしていた。


 その様子に冒険者たちはドン引きした。


「それ全部、あんたが頼んだのかい?」


「はい、いただきまーす」


 そう言うと、アンテは本当に遠慮することなくむしゃむしゃと食事を平らげていった。冒険者たちの五人前を除いた十五人前があっという間に口に吸い込まれてゆく。


「うーん、おいしい! ツノウサギの肉なんてすっごく煮込まれててやわらかいわ」


 野獣の肉は上手に調理しないと食べにくかったりまずかったりするが、この食堂は下ごしらえをきちんとしていて絶品だった。


「レッドボアのお肉もきちんと血抜きができててすごくおいしい」


 どんどん食べてゆく姿に冒険者たちは青ざめた。


「あ、あ……あの、確かに遠慮なくとは言ったが、さすがにそこまでとは思ってなくてだな、持ち合わせが……」


 ジェロムはバツの悪い顔をした。


「まあ、ごめんなさい。では、私のほうで稼がせていただきます」


 そう言うと、おもむろにリュートを抱えて歌い始めた。


 猥雑な食堂の空気は一瞬にして清らかに澄み渡る。


 一曲歌い終えると、今度は歓声であふれた。


「なんだなんだ。なんてきれいな歌声だ」


「吟遊詩人がきてるらしいぞ!」


「もう一曲聞かせて!」


 足元に小袋を広げると、客たちがどんどんおひねりを投げてくる。


 三十分も歌ったころには、子袋は銅貨銀貨で山になっていた。


「これだけあったら足りるかしら」


 困惑する冒険者たちに、アンテは無邪気な笑みを返した。


 ◇◇◇


 食事を終え、シャルルとファビアン、モニカの年の近い三人で飲みに出かけた。


「たくさん食べる子って素敵だなぁ」


「マジ? 俺はドン引きだったぜ」


「元気があふれてる感じがしていいじゃないか。しかもギャップ萌えっていうか、普段はクールな感じなのに、すごくおいしそうに食べるじゃん」


 シャルルの顔はすっかりとろけていた。


「モニカはどう思った? 明日一緒に動くみたいだし」


 彼女だけはアンテの加入に喜びを表さなかった。


「あの女、絶対にビッチよ!」


「は?」


「どう見たって超ヤリ〇〇よ!」


「ちょっとちょっと……」


「もしあれで派手な服でも着てごらんなさい。どこからどう見ても娼婦でしょ! 多分、男漁りの旅をしてるに違いないわ! 自分から依頼に参加させてくれとか、おかしいよ」


「気に入らない顔してると思ったらそういうことか」


「それはちょっと違うんじゃないか?」


「同じ女の私にはわかるの! まあ遊びまくってるわよ。うちのパーティも食い漁られて壊滅させられるんじゃない? あの女、危なすぎるでしょ」


 女の嫉妬というやつだろうか。モニカの論に男二人は賛同しかねた。


 さらに夜は更け、ファビアンはこっそりと部屋を抜け出し、アンテの部屋の前にいた。


「うししししし。ビッチかどうかきちんと確かめないとな。食い荒らされちゃお」


 彼の職業は盗賊である。宿のカギを開けることなど簡単だった。もちろん犯罪なのだが、彼の中のいけない自分が駆り立てるのだ。


「アンテちゃん、失礼しまーす」


 そっと部屋の扉を開ける。


「ん?」


 窓からの月明かりがあるはずなのに、えらく暗い。


 それでも暗い奥のベッドでアンテが眠っているのが見える。


 手探りで進もうとすると、妙にもふもふした毛が自分の行く手を遮っていることに気づく。


「あれ?」


 夜目に慣れてきて部屋を暗くするものの正体が明らかになり青ざめる。


 それは巨大なオオカミだった。


 天井にまで届く頭が牙をむいてこちらを見ている。


 声にならない悲鳴を上げ、ファビアンは部屋から逃げた。


 ◇◇◇


「おはようございます」


 朝になってみんなが集まる。


 アンテはお肌がつやつやして、寝起きなのに溌溂としている。


(よく食べると、よく眠れますわ)


(ちいっ、夜中に男漁りまくってきたに違いないわ!)


 モニカはその様子を見て舌打ちをしていた。


「では改めてゴブリン退治に向かう。その巣をレッドボアが警戒しているという前提で作戦を立てるぞ」


 ジェロムが目的地周辺の簡単な地図を広げる。


「ここの印は何ですの?」


 ゴブリンの巣から少し離れた位置に意味ありげな印がついている。


「これは温泉だ」


「魔物は出ますか?」


「いや、ここは出ないはずだ」


「では、まずここから行きましょう」


 アンテは直言した。


「は?」


「なんで温泉?」


「ま、ま、ま、ま、まさか! 温泉でいんぐりもんぐり? な、なんてビッチ!」


 モニカは言って青ざめたが、早口すぎて言っていることの意味が誰にも伝わらなかったようだ。


「別に遊ぼうってわけではありませんわ。魔物や野生動物はとにかく人間の臭いを嫌います。野生動物の多くもそうです。家畜化できた動物だけが気にしないだけなのです」


「つまり、レッドボアに気づかれにくいように臭いを落として臨んだ方がいいということか?」


「そうです」


「なるほどな」


 全員が納得して、まずは温泉に向かうことにした。


 着いてみると、そこは岩場でいくつもの大きなくぼみに温かな湯がたまっていた。


「では、こちらが男湯、岩の向こうが女湯ということにするぞ」


「しっかり臭いを落としてください」


 ざぶーん。


 アンテは女湯にきて服を脱ぐやいなや、美しいフォームで飛び込んだ。


「あはははは! あはははは!」


 そして泳ぎ始めた。


「アンテさん、なんて無邪気なの。かわいい」


(くう、天真爛漫なふりをしてしたたかに男どもを誘ってるんだわ!)


「お、お風呂で泳ぐなんてどんだけ品性下劣なのよ」


「だって、大きなお風呂大好きなんですもの」


(クールに見えて、自分の欲求には素直。絶対にこの女はビッチだわ!)


 アンテの肉体美にモニカは嫉妬を覚えずにはいられなかった。


 クラリスはむしろすり寄って肌の美しさをうらやましがった。


 その頃、男湯では真面目に臭いを落とすために身体を洗うジェロムをよそに、シャルルとファビアンはさっさと湯から出ていた。


「うしししし、遠回りだがあの岩場の向こうなら女湯がのぞけるはずだぜぇ」


「ぐふふふふ、ちょっと見るだけ、ちょっと見るだけだからね」


 足取り軽くゴツゴツした岩場を進んでゆく。


「むふふふふー、ここを越えて……」


 ちょっとした岩山に登れば女湯を俯瞰できるはずだった。


 ――だが、そうはならなかった。


 女湯の手前の風呂になぜか自分たちの二倍は大きなオオカミが湯につかっていたのだ。


 彼らに気づくと、明らかに威嚇とわかるうなり声を上げた。


 声にならない悲鳴を上げ、ファビアンとシャルルはその場から逃げた。


「?」


「何か聞こえた?」


 何も知らない女子たちはのんびり湯につかっていた。


 ◇◇◇


「あら、シエル。あなたも温泉に入ってたの?」


 みんなが集合して、どこかに行っていた小さなシエルはなぜかびちょびちょに濡れていた。ブルブルと身体を揺すって水を飛ばす。そしてアンテの肩でうずくまって寝る。


「そ、そういえばよ。あのちっさいの、リスとかの仲間だと思ってたけど、めちゃめちゃちっこいオオカミにも見えなくね?」


「はうう、言われれば……」


 ファビアンとシャルルは青ざめた。


 なぜか六人のうち二人がしょんぼりとしてしまったパーティだが、ゴブリンの巣のある森へ向かうことになった。


「ここからは、魔物の感覚も鋭敏になる範囲でしょう。臭い消しの魔法を使わせていただきますわ」


 アンテは全員に魔法をかけた。


「あれ、さっきの温泉は?」


「まだ臭いの残っておられる方がいらっしゃいます」


 その一言でパーティ全員が、「臭いのは自分か?」という疑心暗鬼に駆られることになった。


「森と言いながら、意外に木々はまばらですね」


「ゴブリンが木を切り倒して薪にしてるんだ」


「ふむ、レッドボアは深い森林を好みます。こんな明るい森なら通りがかるくらいで、ここを生活の拠点にすることはないでしょう」


「何度も出くわすことはありえないってことか」


「ということは、ジェロムの推測が当たってる可能性があるってことだな」


 ゴブリンがレッドボアを使役しているということだ。


「かわいそうに。きちんとお世話してもらってるならいいけど、ゴブリンがそこまで気が利くとは思えませんわ」


 アンテは悲痛な表情を浮かべた。


(かわいそうって……あんた、昨日レッドボアの肉うまそうに食ってたじゃねえか!)


 冒険者の誰もが思ったが、口にはしなかった。


「それに、この切り株は切ったんじゃなくて折られてます。レッドボアに折らせてるのかもしれませんわ」


「レッドボアが突撃すればこんな木くらい折れるんだろうけど、何本も折るとなると痛いでしょうね」


「おいおい、同情してる場合じゃないぜ。見つかったらあいつは確実に襲ってくる。前みたいに運良く逃げられるとは限らねぇぞ」


 ジェロムの言葉に冒険者たちは改めて気を引き締める。


 さらに歩くと森が開けてきた。


「あそこよ。ゴブリンの巣は」


「見ろよ。この前はちゃんと見てなかったが、巣になってる洞窟、崩落防止用の木がそえてあるぞ」


「やっぱり結構な知能をもったゴブリンがいるってことだね」


「うわー、すごい数がいるよ」


 ざっと見ても五十匹はいそうだ。


「洞窟の中はこの十倍がいると思った方がいいだろうな。とにかくこいつらは増えるのが早い。これ以上になると手がつけられねえな」


 そのときだった。


「シエル?」


 アンテの肩に止まったシエルがきっと振り返って尻尾の毛を逆立てた。


 突進する足音が聞こえる。


「レッドボアだ!」


 あれだけの巨体のくせに突進してきてもその音が小さいから被害は後を絶たない。


「みんな、よけろ!」


 冒険者たちは予想進路を開けるように逃げる。だが、昨日はその後に向きを変えてこられたので総崩れになった。


 しかしそこでアンテはすっと前へ出た。


「おい、姐ちゃん!」


 肩のシエルがレッドボアに鋭い眼光を飛ばすと、急に止まった。


 そしてアンテが手を差しのばすとおとなしくなる。


「あらあら、おでこの皮がむけてるじゃない。木をたくさん折ったからなのね。痛そう」


 やさしく治癒の魔法をかける。


 しかし、さっきの騒ぎはゴブリンにも聞こえていた。


「うっきー!!」


 奇声を上げながら襲いかかってきた。


 だが冒険者たちも準備ができていれば、ゴブリンなどどうということはない。襲ってくるものはすべてやっつけた。


 それでも洞窟からつぎつぎとゴブリンが湧いてくる。


「うお、これはやべえ!」


 その中には通常の三倍、人間の一・五倍くらいのものもいた。


「まじかよ、ゴブリンキングだ!」


「初めて見た」


 何やら衣装をまとって司祭のようだ。


 ゴブリンキングはレッドボアが動いてないことに気づくと怒声を上げて、手にもつ杖を掲げた。


「ぐきぃぃぃ!!」


 レッドボアは急に悶え始めた。


「無理に言うこと聞かせようとしているのね。私が解放してあげる」


 アンテはリュートを手に取ると、音楽を奏で始めた。すると再びレッドボアはおとなしくなった。


 何か状況がおかしいと気づいたのか、ゴブリンキングは洞窟付近からこちらへどしどしと歩いてきた。


「うがー!」


「ぎぃぃぃ!」


 ゴブリンキングが杖をかざすと、レッドボアは再び苦しみ始めた。


「許せないわ、この子を操るために無理やり!」


 そうこうしている間に大量のゴブリンが洞窟から出てきて、冒険者たちにも手に負えなくなってきた。


「やべえ!!」


「これはきりがないぞ!」


「もうもたないわよ!」


 冒険者たちは諦めて逃げる選択をした。当然の判断だ。


「姐ちゃんも早く逃げるんだ!」


 だが、アンテはリュートを天に掲げるようにして歌い始めた。


「な、何、あれは?」


 リュートが光ったかと思うと、刻まれた透かし彫りがぐるぐると変化して魔方陣を表わした。


 次にレッドボアが光り始め、同時にゴブリンキングの杖が砕け散った。


「姐ちゃん、何したんだ?」


「この子にかかったテイムを打ち消し、私が新たにテイムしました」


 そっと手を伸ばし、レッドボアの首筋を撫でる。


「悪い飼い主にテイムされてしまって大変だったわね」


 まるでその言葉を理解しているかのようにレッドブルはうなずいた。


「これまでの恨み、晴らしてしまいなさい」


「ぶぎー!!」


 レッドブルの目が光り、テイムの拘束でこれまでにひどい目に遭わせてきたゴブリンの群れに突撃した。


 まともに戦ってゴブリンに勝ち目などなく、次々と吹っ飛ばされて一瞬にして全滅した。


「ありゃりゃー」


「あっという間に片付いちまった」


「アンテさん、すごーい!!」


 ◇◇◇


「ギルドの依頼、報奨金を上げてもらわねえと」


「調べられなかったとはいえ、数が多すぎだろ。俺ひとりでも三十匹は斬ったぜ」


「アンテさんのおかげで最後は楽勝でしたけど」


「姐ちゃん、あんたのおかげだ。俺たちだけじゃ、この依頼は達成できなかった。一緒にきな。報奨金は山分けといこう」


 ジェロムは屈託のない笑みを見せた。


「いいえ、私は旅の身ですから。この辺りで失礼させていただきますわ」


「なんだよ、旅の身なら金がいるだろ」


「今回はゴブリンでも獣をテイムできるという新しい知見を得ることができました。報酬はそれでよろしくてよ」


「つれないな。急いでるわけでもなかろう。でなきゃ俺たちについてきたりしないだろ」


「いいえ、実はちょっと急ぎでして」


「なんだよ、走っていくわけでもなかろう」


「うふふふ」


 アンテはさっきテイムしたばかりのレッドボアをぽんぽんとたたいた。


 その目を見て冒険者たちは察した。


(乗りたいんだ……)


(飯とか温泉のときと同じ顔してる)


(ウハウハしてる……)


(早く乗ってみたくてたまらないんだ……)


「ははは、まあいいや。じゃあ、報奨金は俺たちだけでもらっちまうぞ」


 アンテはにこりと上品な笑みを返すと、颯爽とレッドボアにまたがった。


「姐ちゃんは気にしてないかもしれないが、獣臭がすごいぞ。一度こいつを温泉にでも入れてやりな」


「そうですわね」


「じゃあ、元気でな!」


「アンテさん、ありがとうございました」


「そのうち会うかもな」


「また歌聴かせてね」


「では、みなさんお達者で」


 その言葉を残してレッドボアはあっという間に見えなくなってしまった。


 冒険者のみんなが笑顔の中、モニカだけがうつむいていた。


「……なんだよ、何か言いたかったんじゃないのか」


「違うし……ただちょっと、最初に思ってたのとは違ったから、悪かったかなって」


「吟遊詩人ってなかなか面白いんだな」


「なんだか強そうですよね」


「……っていうか」


 モニカは少し言い淀んで、改めて言葉にした。


「あいつは多分ビッチじゃない……」


「まあ、男にはもてそうだけどな」


「女の私も、もう大ファンですよ!」


「英雄譚を伝えるはずの吟遊詩人が、英雄譚として語られるのかもな」


 そんなことを語りながら、冒険者たちは依頼達成の報告をしに町へ戻った。


 ◇◇◇


「あはははは、速い速い!」


 ものすごい勢いで走るレッドボアをアンテは見事に乗りこなしていた。


 そして日が暮れた頃、木の実の豊富な森を見つけ餌を与えた。


 そのまま一睡して夜を明かした。


「ふああ、今日もいい天気みたいね。シエル、今度はどっちに向かえばいい?」


 言葉をかけると、一度木に登ってぐるりと風景を確かめてから戻ってきた。そしてくいくいと鼻で目的の方向を示す。


「じゃあ、この森を出るまでは背中に乗せてもらってもいいかしら」


 レッドボアに声をかけると嬉しそうにうなずいた。


 そして、森を抜けて町が見えたところでレッドボアのテイムを解いて別れた。


「ああ、おなかすいたわ。ここのお食事は今のお金で足りるかしら」


 シエルに聞いたが何も反応はなかった。


「でも、あそこの道は往来が多いわね。少し歌っておひねりをもらってから町に行きましょうか」


 町へ続く道にはほどなく、美しい歌声に酔いしれる大きな人だかりができていた。


                              完

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