54話 私は補助魔術師千賀南だ

知っている、こういう時次に何が起こるのかってことくらい。


私が何度も見てきた最悪の光景、それが今度は私の番になったってだけだ。


あぁクソ、でもあともう少しくらい生きていたかったな。


A級いたずら小僧。


気に食わない人間の仲を裂くために団体の人間をそれぞれ別の場所に転送させるという能力を持っている。


喰らってしまえば最後、いたずら小僧を倒すまで決して合流することはできず、さらに永遠に同じ場所を歩き続くはめになり、いずれ餓死する。


A級らしい恐ろしい能力だ。


そしてもっと趣味も悪い。


「………ぐるるる」

喉を鳴らす腹をすかした一匹の猛獣、毛を逆立てていて今にもこちらを食わんと歯をむき出しにしている。


歯ぐきからあふれる激臭が鼻をつんざいてくる。


一言でいえば狼、だけど狼というにはあまりにも大きすぎる。


巣窟の魔物達は結界で覆われている。まともに人間を食べることすらできていない、だから狂暴な個体が外よりはるかに多い。


多分クラスはB級、腹を空かせたB級の魔物など脅威でしかない。


そういたずら小僧の悪癖とは転送した先に必ずそういう限界状態のB級以上の魔物を置くことなのだ。


「………」

後ろを振り返ると退路はありそうに見える。だが今の私達じゃきっと追いつかれてしまう。千尋様の助けは間に合わない。


つまり逃げ場などない、この魔物を倒す以外は。


「どうする神田唯人君、本当にやばい状況だけど」

この子を身代わりにして逃げれば私だけでも逃げることができるだろうか。


合流は無理でも結界の外に行くことはできるかも。


そうだ、私さえ生き残れればいい。下人が生き残るよりも数倍マシだろう。


あぁそうだそうだ、彼は私の中の憧れとして死ぬんだ。誉れというものだろう。


怖くてしょうがなくて、どうしようもなく情けない自分から発せられた最低な考え。


自分でも嗚咽してしまいそうになるほどの考えだ。


それでも、それでも彼は、彼だけはそんな考えを持つこと自体なかったらしい。


「倒すしかないです、生き残るにはそれしかない」

彼は魔物の前に立った。怖いはずなのに、前に立っていることすら勇気がいることなのに、彼は迷いなくその一歩を踏み出したんだ。


拳は震えている、言葉だって。


「………わ、たし、は」

その姿を見て、背中を見せて逃げる?できるわけがない、していいわけがない。


それをしてしまったら私は舞台に上がるどころか、見上げることすらできなくなってしまう、憧れる権利すらなくなってしまう。


一生自分を許せなくなってしまう。


「千賀様、あなたは逃げてください、ここは私がなんとかします」


やめろ、そんなことを言うな、下人が魔術師を庇うようなことを言うな。


私は下人よりも力を持っているのに、君を置いて逃げようとしたんだぞ。


「………でも、それじゃ君が死んでしまうじゃないか、君は人類の希望になるかもしれないんだよ、死ぬべきはきっと………」

「死ぬ気なんてさらさらないですよ、俺は絶対に生き残ります、生き残って、また秋季様に、記紀に会わないといけませんから」


”だから任せてください”と和やかに微笑む彼の姿はやけに神々しくて、そしてとてもつらかった。


「あ、いや、でも………」

弱音を吐いてくれよ、逃げたいって言ってよ。


私と同じ気持ちになってよ。


あぁどんどん嫌になってくる。嫌いになってくる。


「絶対に勝ちますから、安心してください」

「っ………」

自分でも難儀な性格をしているなと思う。


ここで逃げて気配を消す魔術を使えば少なくとも死ぬ危険性は少しは下がったかもしれないのに。


逃げて、という言葉に反抗したくなってしまった。


私の最後のなけなしのプライドが逃げ腰の足を縛りつけた。


怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。


足が、手が、体中の神経が怯えているのが分かる。


今すぐにでも君に弱音を吐いてほしいと願っている自分がいる。


けど、それでも、私はその舞台に立っていたいとも思うから。


ざっと、一歩前に踏み出す。


「舐めないで私だって魔術師だ、逃げるなんて真似はしない」

さっきまで逃げ腰だった奴が何を言っているのだろう。


けど、これでいい。


たった一歩、ほんの数十センチにも満たないほどしか前進していないのに、心はさっきよりも前向きになれている。


あぁこれが俗にいう覚悟が決まった、ってやつなんだろうね。


「正直助かります」

「もうリーダー気取り?本当、舐めないで」

ばっと髪を払ってなるべく傲慢に見せる。


私はこれが正しい選択なんだと信じて、二人一緒に歩みを進めた。






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