閑話 ある日の秋季家

神田唯人が秋季蘭の専属下人になってから約二週間、最初の方は生活リズムの違いに色々文句があった二人(主に秋季の方)だが、二週間も経てば慣れるものでお互いストレスなく過ごすようになっていた。


主な家事などは神田が担当することになっており、屋敷内の掃除の仕方を一通り教えた後は完全に任せっきりとなっていた。


「ふぅ、今日もよく磨けたぞ」

雑巾を縁側に走らせ、太陽からの光を一身に受け輝き始めた廊下を眺めて満足気に息を漏らす。


まだ教えられて少ししか経っていないというのに中々板についていた。


ちなみに秋季蘭は今日も今日とてゲーセンに行ってるらしい。任務がない日は大抵これと特訓だ。


以前一緒に行こうかと誘われたことがあったが下人がゲーセンなどの目立つ場所に行くと目立つからと断っていた。


じゃあ服替えればいいじゃない、と当然のように言う秋季だったがそれはもうぶっちぎりの規則違反だった。


だから神田は任務がなく秋季がゲーセンに行っていない日は掃除に力を入れるようにしていた。理由は少しでも気を抜くとすぐに埃が溜まり始めるからだ。広い家というのも難儀なものである。


「さて、次はあっちのの廊下を」

裸足で廊下を歩きながら舌なめずりをする。綺麗にしてやるという意気込みは十分らしい。


「………やりますか」

だーっと、足に力を入れて全力で廊下を走る。


そして次はこっちの廊下を、次はこの部屋を、次はトイレを、と屋敷内を次々に綺麗にしていく神田だったが流石に広すぎることもあり息を荒げていた。


「はぁ、はぁ、はぁっ広すぎ」

最初はこんな広い家に住めるなんてっ、と意気揚々だった神田もいざ自分がその家を管理する側に回ると意外と大変だということに気付いてしまった。


「まぁでもこんだけやれば十分だろう」

ふぅ、と額からにじみ出てきた汗をぬぐう。


それと同時に玄関の戸ががららっと豪快に開かれた。


「ただいまー、神田ーいるー?」

「いますよー」

神田は最早主婦の風格を纏い、腰に巻いたエプロンの紐を硬く結びながら秋季蘭を向かい入れる。


「これ持ってー」

気だるそうに手に持ったゲームセンターから持ち帰った袋を渡す。それをおとなしく神田は受け取るとその重さによりうおっと声が出て、袋を落としそうになる。


「これめっちゃ重いんですけど何入ってるんです?」

「ぬいぐるみとかクッションとかフィギュアね」

「秋季様フィギュアとかに興味あったんですね」

「いや?別に、ただクレーンゲームが好きなだけよ」

あー疲れたーと伸びをしながら神田の横を通過する。


「そんなに疲れるですか?そのクレーンゲームとやらは」

「まぁね、もうあれはある意味で戦いよ」

「そんな激戦区なんですね」

神田はゲームセンターの中でクレーンゲームというゲームを中心としたどんな戦いが起こっているんだと考え込んだ。


それもぬいぐるみやフィギュアを景品とした争い、皆目見当がつかなかった。


「うわ、めちゃくちゃ綺麗になってるじゃない」

などと神田が悩んでいると、秋季は廊下に埃一つ立っていないことに声を漏らす。


「あんたも掃除好きね」

「いやまぁというよりも秋季様がガサツすぎるんですよ、屋敷内埃だらけでしたもん」

神田は文句を言うように口を尖らせる。

「うるさいわね、別にいいでしょ?」

秋季は鬱陶しいものを払うようにずいずい、と足を動かし台所に向かう。


二回、三回、と曲がるのを繰り返すと台所にたどり着いた。遅れて神田も台所に足を踏み入れる。


そこは少し古風な台所だった。


ステンレス製の水場に、水玉模様のテーブルクロスが無駄にでかい机の上に敷かれている。そのすぐ後ろには木製の食器棚があり、中には茶碗が数個、大きめの皿が数枚、3組ほどの箸を入れた筒、そしてせめて少しでも洋風なものを取り入れようと思った痕跡であるワイングラスがひっそりと置かれている。


だがそのなけなしの抵抗であるワイングラスは最早和風の空気に取り込まれてしまっている。


そんな台所の、食器棚の下にある収納スペースをあさり始める秋季。

「お腹減ったー、神田あんたなんか作れる?」

「前も言いましたけど私に期待しない方がいいですよ」

「だよねー、あんたに作らせたら料理なんて言ってられないもんねー」

「その件はほんとすいません」

秋季蘭は初めて神田に魔術師専用ガスコンロを使っての料理を見切り発車でいいからやってみてとやらせたら大火災になりかけたことを思い返して呆れた声を漏らす。


などと軽く雑談をしながら、がさ、がさ、と大量の簡易で作れる食糧が置かれている場所をほじくり返していく。


「今日もカップラーメンでいいじゃないですか、あれ神ですよ、三分待つだけであんなにおいしいラーメンが食べれるとか、最早神秘です」

「神秘とか、簡単に言わない方いいわよー、神秘って言うのは人間の技術じゃどうあがいてもできないことを言う神の奇跡のことを指す、人間の技術で再現された時点でそれは神秘じゃないんだから」

「分かってますけど、私にとってはそれくらい革新的なことだったんですよー」

「まぁでもその気持ちも理解できるわ、あれを作った人は希代の天才ね」

すると秋季はようやくお目当ての物を見つけたのか「おっ」と声を出した。


体の半分まで収納に入れ込んでいた状態で頭を一気に早く抜こうとしてしまったため、角に後頭部をぶつけてしまった。


いてっ、とつい声を漏らしながらもお目当ての物と一緒に体を抜く。


「なんです?それ」

秋季が持っていた謎の袋を見てはてなマークを浮かべる神田。


「レトルトカレー、たった数分湯煎するだけで最高においしいカレーが食べれるのよ」

どやぁと顔を輝かせながら、その袋を揺らす秋季蘭。


「たった数分で、カレー、が」

それはあまりに衝撃的事実だったのか、足を震わせながら歯をがくつかせる。


「聞いたことなかったんだ?」

「いえ耳に入れたことはあったんですが、まさか実在する代物だったとは」

まるで初めて電球を見た原始人のようにまじまじと袋を見つめ続ける。


「まぁ、とりあえず食べましょ、ほんとおいしいから」

秋季はコンロの方に向かい、コンロの上に鍋を置き自分の魔術で火をつけた。


どうやら彼女が使っているのは魔術師専用のコンロというやつらしく、一般のもののように電気やガスを使う必要はなく、ただ火の魔術を使うだけでガスコンロと同じ役割を果たしてくれるようになる。


秋季がそんなガスコンロの上でレトルトカレーを湯煎すること数分、できた、と声を漏らす。


神田はテーブルクロスの端を持ちパタパタとさせながら椅子に座っている。どうやら早く食べてみたいらしい。


下人になってからは年に一回食べれるかどうかのカレーが今食べれるのかもしれないのだ、ウキウキするのも仕方あるまい。


「さぁ、食べて見なさい」

秋季がレトルトカレーをレンチンしたパックご飯の上に乗せて神田の前に差し出す。


神田にとって黄金に輝いて見えるカレーが堂々とたたずんでいる。


鼻孔をくすぐるその匂いについよだれを垂らしてしまう。

「いただいていいんですか?」

「いいわよ、いっぱい食べなさい”私”が作ったカレーを」

どや顔で言っているがこの女はただお湯を沸かしてそこに袋を投入していただけである。


だがそんなことを気にかけることもなく勢いよくカレー食べ進める。


それは衝撃だった、たった数分で作られたカレーとは思えないクオリティだったからだ。


スパイスがきちんと効いているしその奥にうまみもきちんとある。


「うまい、うまい、うまいっ!!!」

ほとんど休みなく食べ進めていくその姿は品性の欠片もなかった。


うわ、汚ね、と所感を抱きつつもそれを口にすることはなくただ顔だけで表現しながら自分はゆっくりとカレーを口に運んでいく。


「うま、うまいっ!」

最早彼にとっては麻薬なのだろう、皿一杯に盛られたカレーライスをおよそ五分ほどでたいらげて見せた。


これは余談ではあるが、この日から神田唯人は料理に関心を持つようになった。


特にカレーには力を入れ、スパイスから作ろうかと悩み始めるほどに入れ込むようになる。


そしてスパイスからカレーを作る男はめんどくさい、を体現するような男になっていく。


その被害者である秋季蘭はそんなことになるとは露知らず黙々とカレーを食べ進めた。






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