40話 俺はそれになって見せる

会議が始まる一週間前


ある程度話し合いを終えた後神田唯人は家に帰されることは許されず秋季蘭の目の前にあるベッドで日をまたぐことを命令された。


その理由は暗殺を警戒してのことらしい。


だからだろうか、冬賀直弘と冬賀千尋も近くの病室で休眠を取ることにしたらしい。


最初は病室を使っていいのか、と罪悪感に苛まれていた神田だったがやむをえない措置だと言われ仕方なくここで寝付くことになった。


夜、太陽は役割を失い世界に暗がりを与えている。そうはさせるかと急に姿を現した月がなんとか仄かな明かりを注いでくれてはいるが、それは本当に微かなもので足元を見るのでやっとだ。


神田は目の前で就寝している秋季蘭を見ながら音を立てないようにひっそりと布団をどかして病院の廊下に出る。


廊下を曲がり、月のほんの少しの光だけが入ってくるだけの人気がない窓際、そこにうずくまり影に向かって話しかける。


「記紀、起きてくれ」

「………」

こんな夜中に起こすやつがあるか、と思うかもしれないが記紀は一日のうちのほとんど寝ているため関係はない。


だから声を返してくると神田は予想していたが、その予想は当たらなかったようで陰から声が返ってくることはなかった。


それでもほんの少しの影の揺らぎから記紀が起きていることだけはわかった。


「………やっぱり怒ってるのか?」

「………」

眉をへの字に曲げながら言う、だが影は答えない。


「ごめん、無茶したってのはわかってる、自分の身を顧みない行為だったって反省してる」

「………」

彼の懺悔を伝える、ほんの少し揺らいだがそれでも答えない。


「ほら、〇亀製麺食いに行くって言ったろ?色々落ち着いたら一緒に行こう、な?」

「………」

であれば物で釣ろうと考えたのだが、まだ影は意固地になっているようだ。


「やっぱり出てきてくれないか、本当は面と向かって言いたかったんだけど、これだけ言わせてくれ記紀……ありがとう、お前のおかげで俺は今も生きてる、お前がいてくれたからハッピーエンドになれた、だけど次からはもっと強くなる、お前が心配しなくていいように、もっともっとな、だから安心してくれよ」

軽く笑ってから立ち去ろうとする。


それを止めたのは記紀からの声だった。

「………うどん、絶対に食わせろよ」

「あぁ、任せろ」

頬を緩めサムズアップすると、記紀も同じように手だけを影から出して返した。


さて、帰りますかと意気込んでから前を向くとそこにいたのは、秋季蘭その人であった。


ギプスをつけた足を上げて、松葉杖をつきながらそこに立っている。


「んー」

全くの無表情で神田を眺める秋季蘭に神田はただ無理やりにでも笑顔を作るしかなかった。


「あんた、さっき誰と話してたの?」

「あぁ秋季様トイレはこちらではありませんよ、そこの角を曲がってすぐのところにっ」

「誤魔化さないで」

神田唯人の苦し紛れの言い訳を切り捨てるように真っ直ぐな瞳で神田を問い詰める。


「元々陰に話してる瞬間は何度か見たことあった、いつもはなんかそういう時期もあるかって見逃してたけど今回ばかりは違う、陰から手出て来てたじゃない」

それはもう決定的瞬間だった。誤魔化しなどできないほどの圧倒的証拠を彼女は握っている。


「………それは」

目を逸らして口ごもる。

、隠すの?」

秋季から与えられたその圧に思わず一歩引いてしまう。

「っ、いや、でも」

そう正直に言うことなんてできない、それは記紀の身を危険に晒すことと同義であるからだ。


「………あんた能力についても秘密にしてることあるでしょ、あの時アルファインと戦っている時に近くに死体なんてなかった、じゃああの強大な魔力は何?その力の本流はどこにあるの?もしかしてその影の中にいる奴と関係あるの?」

秋季はどんどん神田を追い詰め、ついに壁際に追い込んだ。


「ねぇ教えてよ神田、私はあんたのこと全部知りたいの」

体と体の距離がほんの十数センチにまで縮まったせいか、神田に秋季の体温が伝わってくる。瞳は潤んでいて、口は震えている、その言葉が本心のものであるとすぐに分かった。


「………はぁぁめんどくさい、だがこうも収拾がつかなくなったなら仕方あるまい」

「え?」

「おい記紀っ」

神田の静止の声も届かず、影がうごめき可憐なる銀髪の少女が姿を現した。


秋季蘭はほんの数秒だがその少女の美しさを前に思考を止めてしまった。


あまりに滑らかで綺麗な髪、少女ながらにして完成されているスタイル、そしてまるでこの世界で自分より美しいものは存在はいないとでもいうような純然たるたたずまいに息をのんだ。


「………あんたは」

「S級怠惰ノートと言えばわかるか?カス」

あまりに挑発的態度を取るものだから、神田唯人はついため息を吐いてしまった。


「なんで出てきちゃうんだよぉ」

「こいつはもう誤魔化せないと判断したからだ」

不遜な態度を隠そうともせずに堂々たる立ち振る舞いをする記紀、さてどんなおびえ方を見せてくれるのかと楽しみにしていると秋季は案外そこまで驚かずに、「あぁそういうこと」となにやら自分の中で納得しているようだった。


「………あんたがアルファインの世界にいた理由が分かったわ、神田の陰に入っていたからついでに侵入できちゃったんだ、これで全部納得だわ、やっぱりアルファインが招き入れたわけじゃなかったんだ」

「おい、ビビらないのか?わしはS級だぞ」

最早ビビッてほしいともとれるその言動に「なんで?」とあっけらかんに返す。


「確かにちょっとは驚いたけど、あんたは神田の味方でしょ?あの時も壁破って助けに来てくれたわけだし」

「………お前、そんなに簡単に信じて大丈夫なのか?」

「簡単じゃないわよ、けどそれに足る要素があっただけ」

そう簡単に言い切る。


「それにあんたが神田に魔力を共有してたんでしょ?」

「それは、そうだが」

「やっぱりね、あーあすっきりした、そういうことだったのね、なら余計信用できる」

清々とした顔で天井を見上げる。窓から差す月明りが彼女の横の頬を淡く照らす。


「いやでも秋季様、その」

神田がせめて弁明だけはしようと口を開く。

「ね、怠惰」

それを完全に無視して秋季は記紀に話しかける。


「なんだ?餌と話すつもりはないぞ」

「とかいいつつちゃんと返してくれるじゃん」

「くっ貴様殺すぞ」

「………いいけど、その時は神田からの信用は地の底に落ちるよ?」

「………いい性格してるな貴様」

「よく言われるわ」

綺麗な金髪を払って傲慢に答える。それは誇るべきことではないのだが、なぜか彼女は自信ありげだ。


「怠惰、あんたに一つだけ言いたいことがある………」

一拍置いた後に告げる。

「ありがとね」

「はぁぁ?わしは魔物だぞ、今まで何度も人を殺してきた、そんなわしにありがとうだと?貴様イカれてるぞ」

「ねぇもしかして勘違いしてる?言っとくけど私普通にあんたのこと嫌いだから、吐き気がする」

秋季は神田の方を一瞥する。


「けど神田を助けてくれたこと自体には感謝しなきゃって思ったの、ただそれだけよ」

「………そうか、いやその方が付き合いやすいな、やはり魔物と人間は分かり合うべきじゃない、唯人が少し特殊だったってだけだ」

その答えに妙に納得したのか記紀は軽く笑う。


「そうね嫌悪と信頼は別物、利害が一致している限り協力しましょ」

秋季が手を差し伸べる。記紀はそれを汚物を見るような目で蔑視した後,

手で弾いた。


「餌なんかと手は組まん、わしはただ唯人の味方でい続けるだけだ」

「それでいいわ、むしろそれしか求めてないから」

S級一人が神田唯人が生きている限りは敵にはならないと思えば、それだけで大きな情報である。


「………なんか、結構あっさりしてますね」

蚊帳の外にされていた神田がようやく口を開く。

「まぁ、ここで私が襲い掛かっても返り討ちになるだけだし」

「あぁボコボコにしてやる」

勝気な笑みを浮かべる記紀。


「ほら」と、呆れたように目を垂れさせて神田を見る。


「じゃあ帰りましょ」

「わしはもう一度寝る」

「お前そればっかだな」

秋季は記紀に背中を向け、記紀は陰に潜り、神田はそれに呆れかえる。


まぁとにもかくにも、様々な思惑が入り混じった停戦協定がここに締結されたのだ。それがいいことなのか悪いことなのかはわからないが少なくとも変な関係であることは確かだろう。


そして協力関係が築かれてから早一週間、訪れたのは会議の日



そこはまるで裁判所のような場所だった。


部屋の奥に置かれた一つだけ格上だと示すように天井近くまで上げられた壇は、いかにもな装飾を施されてはいるものの、空席だ。


その高い壇の下には横長い壇が作られており、そこを埋めるように初老の男やおばさんと言われるような年齢の女がふてぶてしく、胸をのけぞらせて座っている。


そしてその下、この部屋において一番の最下層にあるその席に、神田唯人はいた。


彼は手を縛られている状態で、雑にパイプ椅子に座らされている。


差別を助長するようなその対応は、今の世では当たり前の対応であった。


そのことに対して特に不満はないのか、神田唯人はおとなしく会議が始まるのを待つ。


彼のすぐ横にある机には冬賀家と秋季蘭が座っている。おそらく彼らにも様々なことを聞く予定なのだろう。


だが特に拘束とかされていないところを見ると、やはり下人と魔術師とでは差があるということだ。


張り詰めた空気は神田を殺さんといわんばかりに、彼一人に注がれている。


すると、壇に座っている男の一人が口を開く。


「定刻になりましたので、会議を始めたいと思います、司会を務めさせていただく司会崎太郎です、よろしくお願いします」

眼鏡をかけた男がぺこっと頭を下げる。


「それではまず今回の流れを説明したいと思います、最初に今回の会議が開かれるに至った経緯を説明し、その次に冬賀直弘に今回の騒動を起こした真意について話してもらいます、最後に下人神田唯人の処遇を考えていきたいと思っております」

眼鏡の男がそう言うと他の初老の男達は文句がなかったのか、特に何を言うでもなくただ無言を貫く。


「では今回の件について話していきたいと思います」

司会の男から話されたのは下人神田唯人と秋季蘭を囮として使ったアルファイン討伐戦の経緯を話し始めた。


それは本当に酷いものだった、下人神田唯人は感情を持っており、またただの囮としてしか役に立たなかったことを時折挟みつつ、最後の最後にとどめを刺したのは実は神田唯人ではなく秋季利一だと言って見せたのだ。


明らかな嘘、それは実際の調査結果などではない。


それでも、権力があるものが言えばたとえ嘘でもそれが真実として扱われてしまうのだ。このような嘘をつく理由はこの会議が世間に向けて放送されているからである。下人は未だ最下層の身分の人間だと言いふらすための施策であった。


これに黙っていられるほど秋季蘭は気長ではなかった。


発言権を与えられていないにも関わらず勝手に彼女は喋りだす。


「嘘ばっかりじゃないですかそれ、あの人はアルファインを倒してなんかいませんよ、倒したのは神田唯人です」

「………いえ、こちらの調査結果では倒したのは秋季利一ということになっています、あの戦いでギフトを使用しものの見事に倒して見せたのです」

「………はっ酷い改ざんですね」

秋季は乾いた息を漏らしてからふてくされたように口を閉ざした。


このような彼女の発言は放送されるときには削除されているだろう。この放送はリアルタイムではなく三分遅れで放送されるため削除することが可能なのだ。


「では続きを、先ほど説明した通りこの下人は感情があります、ですがそれを知っておきながら冬賀直弘殿はその下人を庇った、これは由々しき事態です、冬賀直弘さんこれについて説明をお願いします」

司会の眼鏡の男がそう喋ると冬賀直弘はゆっくりと立ち上がり、堂々と部屋を歩き、ふてぶてしく座る初老の男達の前で仁王立ちした。


それに顔をしかめるものは何名かいたが、特に口に出さず押し黙る。


「最初に宣言しておく、私は神田唯人の味方である」

そう言い切って見せた冬賀直弘にその場にいた神田、冬賀千尋、秋季蘭をのぞく全員が目を見開いた。


(………本当に言ってくれるんですね)

神田はほんの数日前に思いをはせる。



それは完全に密室となった病室でのこと。


「やはり対策という対策はないだろうな、魔術協会は腐っている事実を隠蔽して神田君が倒したと真っ向から伝えては来ないだろう」

冬賀直弘の言葉に全員が顔を下に向ける。


「そうですね、現実的なことを言えばそうなると思います」

それに同調するように千尋がうなずいた。

「じゃあ事実を突きつけたらどう?本当は神田がやりましたーって、一応証拠写真みたいなのは持ってるんでしょ?」

「いや、おそらくこちらが提示する証拠はことごとく潰される、普通なら違和感しかない潰され方だろうが、下人がS級を倒したこと自体が信じたいがたいことだ、幹部は提示された嘘の方を信じやすくなるだろう、時に事実は嘘より嘘らしくなることもある」

「………はっくだらない、そういう先入観ってホント嫌い」

秋季蘭はしょうもな、と息を吐くがその言葉は負け惜しみのように聞こえた。


「そうだ、だからその先入観を逆に利用する」

「………どういうことですか?」

神田が素直に疑問を口にする。


すると冬賀直弘は意地の悪そうな笑みを浮かべた。冬賀直弘がたまにしか見せないと言われている笑顔は、どこか恐怖を感じた。


「神田唯人君、ここか先は君の意思次第だ、もしかすると死ぬより辛い道が待ち受けているかもしれない、それでも私の提案を飲んでくれるかい?」

「………飲みます、生きれるなら」

詳細を聞いてすらいないのに即答できる神田唯人に面食らったのか目を丸くした。


「そうかうん、いい覚悟だ、なら話そうか、私は会議の日ある提案をするそれで幹部達のプライドを逆撫でにするんだ」

またも嫌味な笑みを浮かべた。



(はぁぁぁちゃんと言えるかな、あんな大それたこと)

神田唯人は冬賀直弘から言われた提案を受け入れたはいいものの、この会議の場で堂々と宣言できるかが不安だった。


そんな神田の気持ちなど露知らず冬賀直弘は不敵な笑みを浮かべて話し続ける。


「私は神田唯人の味方だ、ですがあなた達はもちろん違う、それはそうだろう、たかがなんだから」

「あぁそうだ、たかが下人だ、なのに貴様はそんなたかが下人になぜ味方する」

無精ひげを生やした幹部の男が眉をへの字に曲げながら問う。


「話してもどうせ信じてはくれんだろう」

「今回はそれを聞きたいのだけれど………随分と信用をなくしたものね」

マダムともいえる女が扇で口を隠しながら冬賀直弘を見下ろす。


「そうだな、あれだけ嘘だらけのことを口走れば信用もなくすだろう」

「………」

冬賀直弘の煽りには誰も答えない。


「いやだが今はそんなことはいい、私はねある提案をしたいんだ」

「提案だと?自分の真意すら話さずに提案とは随分じゃないか」

呆れたように息を漏らして神座悟が言葉を発する。

「すまないな、だがこれが私の言いたいことだったからね」

「ふん、話してみろその提案とやらを」

「では………」

そこで一度息をのむ。


「神田唯人を大星祭に参加させてほしい」

「「は?」」

元から聞いていた者達以外はその提案を理解できず一瞬フリーズする。


先にそのフリーズを解いたのは神座悟だった、彼はこめかみに血管を浮かべながら怒気を含んだ声で話し始める。

「あれは魔術師同士の神聖なる戦いを競技化したものだ、下人なぞが踏み入れていい場所ではないぞ」

そう告げると周りの幹部達もそうだ、そうだ、とつばを飛ばす。


「ビビってるのか?」

煽るように笑う冬賀直弘、その言葉を聞いて文句を飛ばしていた幹部達は今一度押し黙った。


だがそこに温厚な感情はどこにもなく、ふー、ふー、と息を漏らしながらもなんとか怒りを抑えているだけだ。


せめて幹部としての格だけは保とうとした結果だろう。


「ふざけるなよ、そんな安い挑発に私達が乗せられると思うな」

「ふっ、たかが下人が一人大星祭に出るくらいでそこまでひよるとは思わなかった」

「………貴様っ、自分が安全圏にいるとでも思っているのか?」

「いや違う私はただあなた達に問いたいのだ、たかが下人にビビるほど魔術協会幹部達は弱腰になってしまったのか、と」

「舐めるなよぉぉぉぉぉぉぉ!!冬賀直弘!」

神座悟は顔を真っ赤にして壇上に足を乗せる。品性の欠片もないその行為は流石に度が過ぎたのか周りの幹部達がなんとかなだめようとしている。


「ふむ、なんだそんなにビビっているのか」

「き、貴様ぁぁぁぁぁ」

「私は簡単なことしか言っていない大星祭に神田唯人を参加させるだけ、あぁだがもちろんこちらもある程度のデメリットを許容する、大星祭での神田唯人の安否は問わず、もし死んでしまった場合この私がその先一生無償で働くのと同時に私の全財産34兆円を寄与しよう」

その言葉により数瞬の静寂が生まれる。

「………貴様、それは本当に言っているのか?」

神座悟が先に静寂を破る。


「あぁ本気だ、なんなら契約書でも書こうか?」

幹部達は眉を顰めながらただ冬賀直弘を睨み続ける。


魔術協会とて資金がずっと潤沢というわけではない、政府や国民からある程度の運営資金は降りてくるが、年々上がり続ける魔術師の給料を余裕を持って払えるほどのものではない。


だからこそその提案は魅力的なものだった。


「………くっ、いやだが」

ここで魔術協会としての規約を破れば、世間からの魔術協会のイメージが悪くなるだろう。そうなれば魔術師を養うために税金を払うことに対して少しながら反発的になるかもしれない。


それは許容しがたい事態だ。


ではどうするか、それを早急に決められるわけがなかった。


「少しだけ時間をくれ、幹部同士だけで話し合う」

神座悟が、頭を抱えながら幹部達と一度部屋から出ていった。


それを見送ると、ひとまず考えた通りにことが進んだことに直弘はほっと息を吐いた。


「………良かったとりあえず検討はしてもらえるらしい」

「でもやはり危険でしたよ、一歩間違えば殺されていたかもしれません、煽りすぎです」

次に千尋がこの提案の危険性について言及した。「それはそうかもしれんな」と直弘も今回の事に関しては完全同意だったらしい。


「いやぁでも私はすっきりした、あぁいうくそ爺は一旦ぎゃふんとさせないとね」

秋季が清々とした顔で伸びをする。

「俺はずっと落ち着きませんでした」

神田ようやくプレッシャーから解放され、肩の力を抜く。


各々が今までの流れに対しての考えを口に出していく。


そんな風にしばらく会話していると、部屋の扉が開き、幹部達がぞろぞろとなだれ込んできて元の席に座った。


会話をしていた直弘達も会話をやめ、現れた幹部の方に視線を向ける。


彼らは皆一様に冷たい表情をしていて、そこに感情は見えない。


そして訪れた静寂を切り裂く特攻隊長は神座悟だった。


彼は依然表情を変えずその言葉を出す。

「神田唯人を殺せ、夏目結衣」


なんともまぁ残酷なことに冬賀直弘の案は却下された。


彼らは下人を野放しにする危険性の方をとったのだ。

「了解ですっ」

「しまっ!」

冬賀直弘が反応するよりも先に、神田唯人の傍でずっと魔術により姿を隠していた夏目が腰に携えた刀を振るい神田の首元に向けて走らせた。


神田は反応することすらできず、固まっている。


避けることなど不可能なその距離、秋季蘭ですら反応できずに目を丸くすることしかできずにいる。


だがそれはにとって許されざる行為だった。


首のすぐそこまで刀が来たところで、世界の時が止まったのだ。


そのおかげもあって、振るわれた刀は神田の首の薄皮に少し触ったところで止まった。


「だめですよ、それは」

妖艶に微笑んだ美女が刀に触れると、瞬く間に刀は崩れ落ち、綺麗な欠片となって地面に落ち始め、次第に時の牢獄に囚われると、まるで芸術作品のように浮かんだまま静止した。


「え、え、何、これ」

神田唯人は辺りを見渡し、自分以外の時がすべて静止していることに気付きあたふたしている。


「こんにちはまた会いましたね、あぁいえ今の君にとっては初めましてですね」

「………え、は?あなたは誰ですか?」

「ううん、いえいえ私のことなんてどうでもいいんです、私推しにはあんまり認知されたくないタイプですから」

開口一番わけのわからないことを口走るその女を見て神田唯人は放心する。


「さて、あなた達動いていいですよ」

振り向いた彼女がそう口走ると、目の前にいる幹部達の顔だけが動き始めた。


なんともまぁ奇妙な状況だ、少し気持ち悪いともいえるかもしれない。


まるで振り子人形のように頭だけを振って状況を確かめようとしているところとかが余計気持ち悪い。


「な、なにが起こって」

「私が時を止めた、ただそれだけ」

「と、時を、止めた?」

神座悟は状況を上手くつかめず頭にはてなマークを浮かべる。


「ちょっとこれはどういうつもり、あなたは誰!?」

マダムの女がきゃんきゃんと喚く。


それが鬱陶しかったのか、現れた妖艶な女は睨みつけるだけでマダムの耳を弾き飛ばした。


「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

耳から大量に出る血を抑えることもできず垂れ流し続ける。


マダムは痛みから逃れることもできず叫ぶことしかできずにいる。


「しまった、これでは余計うるさくなっていまします、まぁ一人くらいはいいでしょう」

妖艶な女がついっと指を動かすとマダムは顔を固めたまま、時の止まった世界に戻ってしまった。


「は、は、は?」

力を持たない権力という脂肪をまとっただけのデブでは、このようなイレギュラーに対し対処できるだけの力を持っていない、だから思考を止める他なかったのだ。


そんな彼らの動揺を完全に無視して女は続ける。

「私S級傲慢ミラ、皆さんは知ってるでしょう?あ、やだやだ言っちゃった推しに私の名前聞かれちゃいましたぁ」

「………そうか、貴様が、貴様がぁぁぁぁぁっ!!」

神座悟は恐怖で歯を何度もぶつけて目を震えさせる。


彼だけはその名前を聞いて自分は死に限りない場所に立たされているということを理解した。


かつて魔術師を数万人殺し、魔術協会に多大なる被害を与えた魔物がいた。いや魔物だと認定しているのも最早仮定の話だった。


そう、その魔物は神出鬼没、誰もその姿を見たことはなかった。


突然魔術師が消え、別の場所で死体となってもう一度現れるという事象が何万回もあったのだ。


だが多くの魔術師を殺されてきた中で瀕死になりながらもなんとか生きて帰って来た魔術師からの証言からその魔物は「時を止める」という情報を手に入れた。


魔術協会はその魔物をかつてない災厄だとしてS級と認定したのだ。


だからこそ神座悟はびびってしまっているのだ。


傲慢の止まった時の世界に引きずり込まれたほとんどの魔術師が殺される運命をたどっているのだから当たり前だろう。


「私は、死ぬのか」

顔を極限までゆがめて、情けなくも涙を浮かべる。


もし体が動いていたならきっと彼の股下は尿によって黄色に染まっていただろう。


「………いいえ私のお願いを受け入れてくれるのなら、生きて返しますよ?」

女は軽く笑う。

(は、え?どういう状況?)

神田唯人を置き去りにして進み続ける話についていけずげんなりとする。


「なんだ、お願いとは」

「神田唯人を大星祭に参加させてください、私からのお願いはこれだけです」

「っ、そんな、そんなことぉぉぉ」

「あれ?死にたいんですか」

せめてもの反抗として泣きながらも傲慢を睨む、だがそんな些細な反抗が傲慢に通じるわけもなく、数瞬の内に近づいて神座の首に触れた。


「あ、あ、あぁぁぁ」

周りの幹部達も大人げなく泣き始める。


肥え切った豚共はその精神性すらまともな大人に足るものではなかったらしい。


プライドだけは高いくせにそのプライドを守ろうとする精神がまるでない。


「わ、わかった、その要求を呑むだから殺さないでくれ」

「えぇ、えぇ、えぇそれでいいんですよ」

初めて見せたその笑顔からは安心なんてものはなく、底知れない恐怖を感じるものだった。


「さて、さて、さて、では神田唯人君、こうなったら君も言いたいことがあるのではないですか?」

「うえ、俺、あ、私ですか?」

未だに状況がわからないまま、急に話を振られたことで首を傾げる。


それを見て女はにこりと笑い首を縦に振る。


「ほら魔術協会から言い渡されましたよ、君の大星祭からの参加が認められましたよ、後は君の意思表示だけです」

「………」

なんでこの魔物(?)が自分の味方になってくれるのか皆目見当はつかないしこんなにこちら側の事情に詳しいのは恐怖でしかない、だが確かに女が言うように後は参加すると意思表示するだけで直弘の作戦は完了する。


直弘いわく別に言わなくてもいいのだが言った方が格好がつくらしい。


そう、ただ一言「俺は参加してやる」と言うだけ。


だが神田はいざそれを言おうとした時に違和感を感じた。


自分はそれだけでいいのか、と。


もっと先のことを考えてものを言った方がいいのではないか、と。


ふと少し先にいる秋季蘭を視界に入れる。


彼女は魔術師だ、下人の自分にとっては遥か格上の存在、最近は距離が近づいてきたかなと思っていたがそれでも身分的差はある。


冬賀千尋に対してもそうだ。


あぁであれば答えは明白じゃないか、と心の中で納得させる。


魔術協会幹部を前にして言うことじゃない、だけど、だけどそれでも同じ場所に立ってみたいから。


下人じゃなくてただの対等な普通の人として彼女たちと喋ってみたいから。


勇気を出すんだ。


「わ、私は………」

声が震える、今から自分が言おうとしていることは大それたことなんて言葉じゃ現わせないほどのことだ。


それでも言わなければ、こんなにも多くの味方がいて自分を守ろうとしてくれているのに自分だけ保身に走るなんて真似はしない。したくない。


「俺は………」

恐怖なんて心の奥の奥で嬲り殺せ。


「俺は大星祭で優勝して、魔術師として認めてもらいます」

そのあまりの宣言に幹部達はもちろん傲慢ですら言葉を失って放心している。


だがすぐに彼女は頬を緩めてにへら笑う。

「ははっやっぱり最高ですね、君は、世界から選ばれた理由もわかった気がします」

「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

それとは対照的に血管がはちきれんばかりに神座悟が叫ぶ。


その咆哮は間違いなく神田唯人に向けられている。


それはつまり、彼が神田唯人をただの下人から敵として見る様になった証だった。


あぁこれはすごいことだ。虐げられるはずの身分である下人が虐げる側の魔術師に反旗を翻したのだから。


この一言から魔術史が大きく転換していく。


それがいい方向に行くのか、もしくは破滅に導くのか、それは誰にも分らない。


だがこれだけは言える、この一言は歴史に刻まれることだろう。





第一章「それは魔術師になるまでの物語」















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