第21話 秋季蘭の隠れた思い

「う、うーん」

虚ろな瞳を微かに開けると目の前に広がっていたのは見覚えのない景色だった。


温度の失った鉄の部屋、普通なら独房ともいえるその場所だが神田唯人にとっては立派な家であった。


秋季蘭の豪邸に住み込みを始めたはいいものの掘っ立て小屋に住んでいた時の記憶が薄れることはない。


あのときに比べれば10倍は良い場所といえた。


「よかった、なんとか生き延びたんだな」

場所はわからなかったがとりあえず胸の鼓動が正常に動いていることにほっと胸を撫で下ろす。


「………で、どこよここ」

病室でもなく秋季蘭の自宅でもなく鉄で囲まれた部屋、そんな場所を神田はまるで知らなかった。


神田は今までただ一人硬い布団の上で熟睡していたようだ。周りをふいっと見渡す、だがそこには当然いつもあるはずのものがなかった。

「あ、そうかぬいぐるみもないんだ」

いつも起きてから一回は抱かないと落ち着かない秋季からもらったぬいぐるみがここにはなかった。


それだけのことだったが妙に不安になって誰かと話したくなる。


「いるか、記紀」

周りに人がいないことを確認した後そう呟くとほんの少し影が揺れる。

「いる、だが今はちょっと疲れてるから」

手だけを出してぶんぶんっと振った後すぐにその手を陰に潜らせた。


「………そうか」

どうやら今は話せないようでおとなしく天井を見つめる。


ふと自分の手を見つめると、傷一つなく打撲痕もなかった。

(怪我が治ってる)

あれだけの怪我を負ったにも関わらず真っ白で綺麗な自分の肌を見て驚きを隠せずにいる。


「むしろ怪我したときよりお肌の調子がいい気がする」

と、自分の頬を何度も触ってぷにぷにとした感触を楽しむ。


「よかった、無事目が覚めたんですね」

すると鉄格子の外から声が聞こえてくる。冷たくもどこか暖かいその声に視線を向ける。


そこにいたのは氷の姫冬賀千尋、彼女は食事を乗せたトレーを手に持ち鉄格子の前に立っている。


白い髪を腰まで垂らして華麗な着物姿を存分に見せてくれている。


「………千尋様」

「怪我はもう大丈夫です、林田元吾様が完全に治してくれましたから」

がちゃっと扉を開けて中に入ってくる。


「食事です、よく噛んで食べてくださいね」

そっと差し出された食事は並の社会人が食すものより立派であった。

「あ、えとありがとうございます」


よく焼かれた分厚い肉に添えられた山盛りのサラダ、輝いて見えるほどにおいしそうなホカホカな白飯、見ているだけでよだれが出てきそうな代物だ。


「あの、私の身に一体何が起こったのでしょうか」

「そうですよね、こんな酷い部屋に閉じ込められて辛いですよね、やはり潰しますか魔術協会………」

「あ、いやあのそういう意味じゃなくてですね、なんで私はここにいるかが疑問で」

ただ質問しただけだというのにあまりに過剰なことを急に口走った冬賀千尋に冷や汗をかいてそれを止めようとする。


あぁなんだそんなことか、と冬賀千尋は嘆息する。

「魔術協会が治療をしたんです、大事な生き証人を死なす訳にはいかなかったんでしょうね」

最後に「私はそんなの関係なしに神田さんの治療を推奨していましたが」と付け足した。


「そういうことでしたか、ではもしかして千尋様は私に質問するためにここに?」

「いえ私は神田さんのお世話をするために来ました」

「えっ!」

自分から出たとは到底思えない野太い声に驚く。


だが彼女はそんな声が思わず出てしまうほどとんでもないことを言ってのけた。


「いやそのお気持ちは嬉しいですが腕も足も普通に動きますのでそういうことは………心が持たないといいますか」

言いにくいことなので言葉を濁す。

「心配はいりませんよ、私そういうことには自信がありますから」

とおっしゃっているが、なんの抑揚もない顔で言うものだから余計怖さが増している。


「ちゃんと調べてきたんです、体の洗い方とか、歩行補助の仕方とか、色々」

(な、なんて恐ろしいこと言うんだこの人は!たかが下人にそんなことさせられるわけないだろう!)

「………申し訳ないですが遠慮したいです」

「そう、ですか、それは少し残念ですね」

しゅんっと顔を俯ける。顔の表情こそ変わらないものの明らかに気分が落ち込んでいる。


(………ちょっと言い方キツかったのだろうか)

とその姿を見て思い直す。だがここで否定をしてしまえばお世話をさせてしまうことになるかもしれない、それだけは絶対に嫌なのか神田は口を強く噤んだ。


さすれば流れるのは地獄の空間、いたたまれない空気が流れる中でも冬賀千尋は帰ることなく神田唯人の前に居座り続ける。


するとぐぅぅ、と神田唯人のものではない腹が鳴る音がした。


意外そうに神田が千尋の方見る。


彼女はただ一心にこの羞恥心を隠そうと頬を赤く染め俯いている。体はプルプルと震えており我慢しているのが見え見えであった。


「………い、今のはその、私のものでは………なくて」

分かりやすい言い訳を並べる千尋を見て神田はほんの少し頬を緩める。


すると神田はすっと目の前に置かれた食事を千尋に近づけさせる。

「一緒に食べますか?………って持ってきてもらった私が言うのも変ですが」

そう軽く笑うと、千尋は恥ずかしそうに頬を染めながらこくんっと言葉を発さずにうなずいた。


「「いただきます」」

ぱんっと両手を合わせた後千尋と神田は最上級の料理をつつきあった。



千尋が帰った後看護師のような人が神田の様子を確認しに来て、さらにその後に魔術協会の役人が神田唯人に事情聴取を行なった。


どうやら魔術協会は一か月前アルファインが数十年ぶりに現れ神田唯人が狙われたあの事件と今回のことも鑑みて神田唯人とアルファインの間に何かしらの関係があると疑った。


その疑いを持ちながら話を聞いていった役人だったが秋季蘭の話と照らし合わせ証言の齟齬がなかったことを確認し、少なくともアルファインの味方ではないと判断した。


それでも疑いが完全に晴れたわけではないため、この監禁生活は続けなければならないことと決まった。


「………あの快適な暮らしに今すぐ戻れないのか、それは少し残念だ」

掘っ立て小屋よりも10倍マシだがやはりあの豪邸での生活が頭をよぎる。


「というか俺に感情ありって判断されて急に殺されたりしないかな?」

一人のせいかやけにネガティブなことを口走る。


だがそれも全うな悩みである。あれだけの事件が起きて、生き延びてきたのだからそう判断される可能性は十分に高い。


(………そうなったら嫌だなぁ脱獄の準備とかしとこうかな)

などと考えていたところに一人の訪問客がやってきた。


「元気にやってそうじゃない」

嫌味ったらっしい笑顔を浮かべて戸を叩いたのは秋季蘭その人だった。


自前の金髪を見せつけるように払った後豪快に扉を開ける。

「秋季様!来てくれたんですね!」

それを嬉しそうに神田は迎える。


「別にあんたのことを気にかけたわけじゃないから」

ばっと横の髪を払う。

「じゃあなんでこんなところに来たんですか?」

「んっ、気まぐれよ気まぐれ、なんか適当に歩いてたらここに来たの」

気恥ずかしそうに口をもごもごさせながらやけに早口で喋る。


「そうですか、それでも嬉しいです」

そんな神田の真っ直ぐな言葉に心をきゅんと締め付けられる。

「………あっそ」

だがそれを絶対に表情に出さないのが秋季蘭という女であった。


秋季は絶対に目線を合わせないようにしながらどかっと神田の横に腰掛ける。


「………怪我、もう平気なわけ?」

「はい、ダッシュしてもいいって看護師の方に言われました、そういう秋季様は大丈夫でした?」

「私も平気、現代の回復魔術と医療技術のおかげで傷跡すら残っていないわ、気持ち悪いくらいにね」

軽く笑う秋季。


それに同調するように神田も少し頬を緩める。


「下人の遺体はしっかりと土に埋められたわ、上はきっちりとした墓石を立てるつもりはないみたいだから、色々落ち着いたら業者に依頼しようかなって思ってる」

「………そうですか、よかったですね」

「えぇ本当に良かった、彼らも少しくらい報われてくれるといいわね」

「きっと喜んでますよ」

お互いに目を細める。


「あー後………」

「なんですか?」

秋季が続けて何かを言おうとして、すぐに口を閉じた。


不思議に思い神田は聞き返すが返答はなくただただ沈黙が流れるだけ。


秋季に変わった様子はないが、強いて言うならばほんの僅かに頬が赤くなっている。


「え、えーと」

「よくやった」

「え?」

沈黙を破った末に出た言葉がそれだった。


「アルファインの世界から出れたのはあんたのおかげっちゃおかげ、だから褒めた、それだけの話」

まるで自分の行動を説明するように言葉を並べる秋季。


「いえ俺は秋季様の奴隷ですから」

「ふっまだそれ言うか」

最早秋季蘭自体神田唯人のことをただの下人だとは認識していなかった。


「ま、それだけが言いたかったの、じゃあ私行くから、後これあげる」

雑に神田の足元に投げられたのはコンビニの袋、中にはタオルと人気漫画、スポーツ飲料が入っていた。


「え、あのこれは」

「じゃあね、せいぜいいい夢みなさい」

神田が問い返そうとしたがそれを遮るように別れの挨拶を挟み、扉を開けて出て行こうとする。


だが神田の度胸は秋季の予想の遥か上をいっていた。

「あ!そうだ秋季様、一緒に寝ませんか?」

「ぶっはっ!」

なるべくクールでいよう務めていたさしもの秋季もこの提案には声を漏らす他ななかった。










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