第3話 奴隷になった瞬間
「話を簡潔かつ丁寧にして伝えろ」
記紀は依然傲慢に胸を張りながら神田に聞く。
「俺専属の下人になるかもしれない、けどお前魔術師に近づいて危険、どうしたい?」
神田はなるべく簡潔にそう言うとなんだそんなことかと吊り上げていた眉を元に戻す。
「別に構わんよ唯人がやりたいことをしたらいい」
「そりゃもちろん俺は今の生活から格段に良くなるだろう専属になる」
「そうかならばこの話は終わりだわしは寝る、飯の時間になったら起こしてくれ」
大きくあくびをしてからまるでニートのようなことを言いながら陰に潜ろうとする。
「いやけどお前に危険が及ぶかもしれないぞ?」
「だから別に構わんと言っているだろう」
「………言ったからな」
この目麗しい少女、記紀はこんな人間らしい見た目をしながらも魔物である。
以前道端に寝っ転がっていたこの少女を見た神田唯人は金がないにも関わらずその少女を慮りうどんを食わせてあげた。
それをきっかけに影に潜むという能力を駆使して神田唯人の影の中に暮らしているのだ。別に危害もないので神田唯人は住み込みを許しているらしいが、どう考えてもただ危険なだけである。
「飯はあるから一緒に食うぞ」
神田唯人は懐からぴちぴちの魚を取り出す。胸元にいれていたせいか服はびしょぬれでぬめっている。
だがその一言によって記紀の目に光が灯った。
「おー!魚ではないか、どうしたこんなもの」
「ふっ近くの川で釣りしてたらたまたまな、今日は豪華な食事になるぜ」
「ふっふっ火は任せてくれ」
さっきまで不機嫌だったものとは思えないほど上機嫌になりスカートのポケットからライターを取り出す。
「お前魔物なのに現代道具使わないと火もつけられないのか?」
「つけられるが、あぁいうのは力を使うからな」
「疲れるからやりたくない、と」
「そういうことだ」
にかっと快活に笑う。
神田はその辺で集めてきた枝を間に空気が入るように積み重ねる。
「だがまぁ逆に言えばわしの力を使わずともすぐに火をつけられる時代ということだ、素晴らしい時代に生まれたものだな唯人よ」
「下人に生まれた俺にそれ言えるのお前くらいだわ」
と軽く笑った。
そして記紀がライターの着火ボタンをカチカチっと何度も押す。
「ん、あれ?」
「え、どうした?」
「なんか、ライターつかないのだが」
「じゃあ仕方ないか、俺のなけなしの魔力使って」
「待て!」
「え、なんだよ」
神田が手に小さい火を溜めているとそれをとがめるように記紀が叫んだ。
「まだ、まだあきらめてはだめだっ!」
ドラマのワンシーンのような迫真の顔で叫ぶが、ただライターがつかないだけである。
「いやもう魔術で」
「だめだっ!わしはあきらめないんだ!」
さきほどまでの威厳ある姿は完全に消え去り、最早駄々っ子のようになっている。
「あきらめ………いやこれ無理、後は頼んだ唯人よ」
飽きるのが早いところも子供らしいという所感を抱きつつ神田は指先に炎を出現させる。
「はいはい」
その小さな炎で積み重ねた薪に火をつける。
そしてその上で焼いた魚を焼く。
焼いた後は塩をつけるでもなくそのままかぶりつく。
「おいしいなぁ唯人」
実際問題塩味もないためあまりおいしくはないのだろうがそれでも記紀は幸せそうに魚をほおばり続けた。
「そうか、そりゃ良かったよ」
その姿を見て神田もつい頬が緩んだ。
・
次の日神田唯人は再び
「で、決まった?」
特に緊張する様子もなくそう問い詰める。
「はい、私は秋季様の専属になりたいと思います」
「でしょうね、というかそれ以外選択肢ないでしょ」
そう答えられるのを予想してたかのように鼻で笑う秋季。
「じゃあこれ契約書」
机に置いてあった契約書を指で持ち上げ宙に投げるとその紙はふわふわと空中を漂って、その果てに俺の前にひらり落ちた。
「あのペンとかって」
「はい」
淡泊な返事と共に投げられたボールペンは神田の前で止まる。
「文字の書き方くらいはわかるわよね?」
「はい、わかります」
「じゃっ契約書にサインしなさい」
暇つぶしのためか神田の方を見もせずに手元にある毛糸をくるくるさせている。
………契約書の内容ね、まぁ同意するほかないんだし見なくてもいいか、と、特に何も考えもせずサインを署名蘭に書いた。それが本当にダメだった、神田唯人は理解していなかったのだ秋季蘭という女の人間性を、その残虐さを。
「はい、確かに」
秋季はにやっと意地の悪い笑みを浮かべてジロジロと契約書を見ている。
「じゃああんたはたった今から私の奴隷よ」
「はえ?」
「ほらここに書いてるでしょ?”一切の人権を秋季蘭に譲渡する”って」
「………あがっ、え」
ここから始まるであろう夢の生活を思い描いていたところに突き出された想定外の現実、その悪夢に思わず絶句する。
「早速最初の命令、E級の魔物の巣窟旧渋谷駅地下に行って実力をつけてきなさい」
「あ、え、いやでも実力はいらないって」
言っていることが違うと冷や汗を垂らす。
「あら?私そんなこと言ったぁ?」
私は一切そんなことは知りませんよ、とでも言うように腹の立つとぼけ顔をしている。
「………あ、あぁぁ」
最早文句すらでないほどの清々しい悪、度肝を抜かれる圧倒的邪悪である。
「安心して寝床とかご飯とか生きるために必要なことは全部用意してあげる、てかここに住みなさい」
「え、あ、は、はい」
もう放心しながら答える他なかった。
「一人で住むには広すぎるのよね、ここ」
秋季は着物の襟をパタパタしながらかったるしく息をもらす。
「え、一人で住んでるんですか?じゃあ俺を案内してくれたあのちょび髭の人は………」
「あぁあいつ私のストーカー、なんか無給でなんでもやってくれるからいいように使ってるの」
「あ、あぁ、えぇぇ」
衝撃の事実の連続により脳の処理が追い付かないでいる。
「と、いうわけでこれからよろしくね神田唯人」
ただの下人であったはずの神田唯人が悪魔のような笑みを浮かべる彼女、秋季蘭の奴隷になった瞬間である。
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