第2話 下人を守る下人

「はぁぁぁぁ疲れた、疲れ切ってしまった」

下人である男は自分の家、というより掘っ立て小屋もといは家畜小屋と称した方がいいようなものの中に入る。


2024年となった現代の日本でこんな場所が家だなんて冗談にも過ぎるだろうがそれが民間人には常識として受け入れられている。


男はおよそ3畳ほどの小屋の中心に敷かれているというよりも放置されているわらの上に寝そべる。


チクチクとした感触が肌を刺す。


今さっきまで命がけの仕事をしてきた男への仕打ちではない。


「今日、ちょっと調子乗りすぎたな」

男は穴だらけの小屋の天井を眺めて嘆息する。


下人とは基本的に感情がないものだ。


もしそんな下人に感情が生まれたとなれば処分の対象となってしまう。反逆の芽はなるべくつんでおきたいのだろう。


だからなるべく感情は表面に出してはいけない。


(明日はもうちょい抑えないとなぁ)

とぼうっとしている時間が20分ほど過ぎる。


「武器の手入れしないと」

体を勢いよく持ち上げ近くに置いてあった小刀を拾う。


こびりついたブルータスの血をこけむした雑巾のような何かでぬぐう。


これが下人には一番大事なことなのだ。下人には武器が一度しか配られない、だからこの男は下人となった7歳からずっと同じ小刀を使い続けている、壊しても再配布はされないから本当に大事に使わなくてはならない。


こんなものでいいか、と息をもらした男はおもむろに立ち上がり小屋から出る。


そしてブルータスの返り血だらけの服を脱ぎ小屋の外に置いてある桶を使って共同の水道から水を入れ、自分の体を水で濡らした。


「さむ」

季節は冬、その中での水浴びは堪えるものがあるだろう。


(あぁ今頃秋季様とかはあったかい部屋で寝てるんだろうな)

男はくたびれたまま汚れ切った服をもう一度着て、小屋の中に戻る。


わらでできた小屋の中では寒さも防げない。


貫通してくる体をつんざく風に身を震わせながら、薄い布を覆いかぶさる。頼りない布きれだけじゃ物足りなく、両手に向かって息を当てて少しでも温めようとする。


「はぁぁぁ」

少し暖かくなった手のぬくもりを大事そうに包みながら両手を布の中にしまう。


男はちっと舌打ちして口を開く。


「くっそみたいな世界だ」

そしてつばを吐く。こんな理不尽な世界を呪いながらも何もできることがない弱い自分に怒りながら目をつむった。



日が昇り、穴の開いた小屋に目覚めの光が差し込んできた。

「ふわぁぁぁ」

わらの上での睡眠も慣れたものらしく十分に寝ることができた彼の目に昨日のような疲れはなかった。


「はぁぁぁ今日もか」

下人の朝は早い、魔物の被害が発生しなければ足場などの肉体労働を課せられるのだ。


しかもほとんど無給で。


そんな下人にも一応週に二日は休みがある、だが休みと言っても給金がすずめの涙くらいしかないので遊ぶことができない。


つまりぼうっとしているか他の下人と鬼ごっこをするとかしかできないのだ、まぁ鬼ごっこをするほどの感情が下人にあればの話だが。


それでも休日の方が断然いいのだがどうやら男は今日も出勤日なようだ。


だが今日ばかりは様子がおかしかった。


「………何か用ですか?」

「貴様が神田唯人か?」

下人だらけのこの集落にあまりに不相応な恰好をした御仁が一人下人神田唯人の前に立っていた。


尊大なちょび髭を見せつけるように顔を近づけるその男の目は明らかに下人を見下している。


こぎれいなスーツのしわをぴっと伸ばす。その態度に少々いらっとしながらも神田は下人のようにふるまうことに徹する。


さきほどまで出していた気だるげ目から感情を引き抜く。


「そうです」

「そうか、ならばついて来い秋季様がお呼びだ、今日の現場先にはお前が行かないことを伝えてある」

「かしこまりました」

否定できるわけがない提案をおとなしく受け入れ神田はスーツを着ている男の後ろをついていく。


「ちっここら辺は臭くてかなわん、せっかく新調したスーツに匂いがつくではないか」

男は周囲の酷い衛生環境に苦言を呈している。


(にしてもなんで秋季様が俺なんかの事………)

そう神田の考えの通り下人のことを魔術師が呼び出すなんてありえないのだ。


魔術師とは人類の敵である魔物を滅却するための仕事をしている人達の総称である。


魔物とは魔術でしか倒すことができない敵でありこの世にありふれた生物である。魔物はただ人間だけを狙い喰らう、だから人がいる場所に現れたら必ず倒さなければならないのだ。


そんな魔物を倒すための魔術師になるには生まれてから5歳ほどで発覚する魔術の才能がなくてはならない。


才能というのは魔術を使うために必要な魔力があるかないか、である。


魔術の才能は一般家庭にも与えられることがあるが基本的には魔力を代々受け継いできた家系に多く与えられる。


また魔術師になるにはある一定の基準を満たさなくてはならずそれを下回るとたとえ優秀な魔術を多数輩出した家であっても下人にされてしまう。


そして下人にならないラインを超え魔術師となる人間は日本人全体の1割に満たない。


それに対し下人は4割ほどだ。


つまりは魔術師は下人の圧倒的上位存在、そんな彼らが下人をわざわざ自分の近くに置くなど考えられないのだが、今その状況が起こってしまっている。


「貴様なんか愚図のことを秋季様がなぜ呼びつけたのかは謎だが、まぁどうせいいことではないだろうな」

男は煽るように笑う。

「………」

神田はまるでブリキ人形のように押し黙り、静かに後ろをついて歩く。


(………多分本当にいいことではないだろう、最悪昨日のことを見られていて”感情あり”と判断されて殺されるなんてこともあるかもしれない)

と、最悪な妄想をして憂鬱になる。


そんな鬱屈とした気持ちのままついたのはとんでもなく広い和風の豪邸、下人の小屋1000個は入るであろう庭の中心に堂々と建つ一件の平屋、それを見てつい生唾を呑み込んだ。


「こっちだ」

ちょび髭の男に案内される通りに敷居をまたぐ。


ここから先は魔術師の家、下人などが粗相を起こせば一発で首が飛ぶだろう。


家庭菜園の中に流れる小川の上に作られた石造りの橋を渡ると玄関らしきところにつく。


もう玄関だけで下人の家三個分はあるだろう広さだった。


「靴は脱げ」

「はい」

神田は靴、というよりも草履を綺麗に並べた後ボロボロで汚い足のまま廊下に上がろうとする。


それを男が大声で止めた。


「おい!そんな汚らしい足を秋季様の家にあげるな!スリッパをはけ!」

と、言うと男は近くに置いてあったスリッパを神田の前に置いた。

「それをはけ」

「はい、わかりました」

おとなしくそのスリッパをはいて廊下を歩く。


廊下を歩いているといくつも扉があり、そのすべてに部屋があることを考えるとつい身震いをしてしまう。


(どんだけでかい家なんだよ、これで5大魔術家の一つ秋季家の遠縁だって言うんだからすげーよ本家はもうとんでもないだろうな)

と、ため息が出そうになるがそれを理性で押さえつける。


「秋季様がそこにいる、入れ、いいか作法をくれぐれも間違うなよ」

いいか、と男が続けるとその場で無礼にならない部屋の入り方を教えてくれる。


(なんだ、以外に親切なのか?)

などと思いながらも下人神田唯人は男に言われた通りの作法を行い、最上級の礼儀を尽くしてから部屋に入る。


「失礼します」

「……………来たわね」

50畳にも及ぶ小綺麗な和室の真ん中に約10メートルほどの机の手前に一人の綺麗な女性が正座している。


すらっと伸びた金髪は畳についている。きめ細やかな髪は丁寧な手入れがされていることがわかる。


強気で吊り上がった目は真っ直ぐと神田唯人を見据えている。


すらっとした体型に似合った着物姿は見るものすべてを魅了してしまうのではないかと思うほどの魔力を持っている。


「あんたに二つ聞きたいことと一つの提案があったのよ」

「なんでしょうか」

「あーそういう感情のないふりはいいわ、ここに人はいないから肩の力を抜いて頂戴」

面倒事を払うように手を払う秋季に、視線を奪われていた神田は頭を振り意識をなんとか取り戻して答える。


「ふり?ですか、私はふりなどしていませんが」

(やっぱりばれてるのかぁ?まっずい)

神田は次に秋季に言われる言葉にびくびくしながらもなんとか感情を表に出さないように徹する。


「………まぁいいわ、あんたがそういうスタンスをとるならこっちも相応の手段をとる」

そういうと秋季は手に実物と見まがうほどにリアリティのある剣を出現させる。魔術によるものだとわかっていても、その認識自体を疑ってしまうほどに精巧だ。


「次、嘘ついたらこれを刺す」

「………私は嘘などついていません」

(は、はぁぁぁぁ!?ふざけんなよっなんでそうなるんだよっ)


内心キレながらも表情には決して出さない。それでも秋季は手を下ろす気はないらしく殺意の籠った目を未だ向けてくる。


「3,2,1………」

(だめだっこの人本気だっ)

そして発射された一本の剣、その剣筋は神田に向いている。


その刹那神田は自分の前に薄い壁を作り出す。


魔術の基礎中の基礎、結界術である。


結界術で作られた壁には外敵からの攻撃を防ぐことができるため自分の身に直接危険が及ぶ魔術師や下人が最初に覚える魔術だ。


だがその結界術は意味をなすことはなく、壁の手前で止まった。


「はぁはぁはぁ」

神田がびびって目をつむっているとはぁぁぁっとため息をつく秋季の声によって恐る恐る目を開く。


「最初からそうしなさいよ」

(こんのアマっ、俺が死ぬところだったでしょうがっ)

「………意地悪なお人ですね」

と、つい神田は遥か上級の存在である魔術師に楯突いてしまった。


しまった、とすぐに口をふさぐが秋季は特に怒る様子もなくその強気な視線を存分に神田に浴びせていた。


「いいわよそんなの気にしないで、もっと楽にしなさい」

それを自分から実践するようにさきほどまで礼儀正しく正座していたのを崩し、あぐらをかく。


「はぁぁぁこういうの堅苦しくて仕方ないのよね」

と着物の襟をパタパタして体の中に空気を送り込む。清楚さの欠片もないその挙動に神田は面食らう。

「まぁとりあえず本題に入りましょうか」

と秋季は告げる。


「あんた、今の下人の環境についてどう思う?」

あぐらをかき、後ろに手をついてだらしなく天を仰ぐ秋季、そんな姿を見ていると気を抜きそうになるがそれはだめだと頭を振る。


(これはどう答えたほうがいいんだ?下人のふりをし続けるか、それとももう振り切って素を出すか)

選択を迫られ冷や汗を垂らす。


だがここでまた下人のふりをしたら次こそ剣で刺されそうだと直感し素を出すことに決める。


「………最悪だと思います、下人に与えられているあの環境は命がけで戦っている彼らにとってあまりに酷です、それに人格まで奪うのは流石にやりすぎです」

「そ、やっぱり納得はいかないわよね、じゃあ次の質問、あんたなんでそんな環境で自分を保っていられるわけ?」

天を仰ぎながらもきちんと下人からは視線を外さずに見下しながらそう聞く。


「………班長に任命されて2人分の命の責任を負うことになって、それで初めての任務でその二人を死なせたとき、俺のせいで死んだってすごく苦しみました、多分そこからだと思います、俺が感情らしい感情を持ち始めたのは」

「へぇなるほどねおもしろいじゃない、けど本当にそれだけ?」

今度は天を仰ぐのをやめてきっと神田唯人を睨む。


ドクンっと心臓が跳ねた。神田は自分の足元に作られている影をばれないように見る。


(………まさかバレたのか?いやでもの力は使ってないはずだし)


「本当にそれだけ、です」

ごくっと生唾を呑み込みながら答える、心音が異常なほど爆音で鼓動している。


「………そ、勘が外れたわね」

力を抜いた秋季が今度は力なくぐたぁぁと目の前の机に寝そべる。

「まぁでもいいや、これはただの質問だし、大事なのはここからね」

と、吹っ切れた様子で話す。


「神田唯人、あんた私の専属にならない?」

「専属?」


基本下人は決められた区画に集められる。区画は40000箇所あり、日本のほぼすべてに区画が存在している。一区画およそ400人の下人が滞在している。魔物被害が発生した時はその魔物の驚異度にもよるが区画内の下人からおよそ30人が選出され担当となった魔術師と一緒に任務を行う。


魔術師は数が少ないため区画ごとに30人ほどしかいない。そこでもし魔術師が任務を共にした下人のことを気に入ったときの特例が一つある。


それが専属制度だ、だがほとんどは男性の魔術師がスタイルのいい女の下人を見つけたとき性欲のはけ口のために近くに置いておきたいときに発動するものだ。


女性の魔術師が男の下人を専属とするなどありえないことだった。


教養も実力も劣り、性欲のはけ口として使うこともない男の下人を近くに置いたところで魔術師にとっては何のメリットもないのだ。


「感情持ちなんて魔術師を束ねる魔術協会の奴らに見つかったら一瞬で首切られるわよ、だから私が匿ってあげるって言ってんの、まぁ秋季家の遠縁だからそこまで権力はないけど大っぴらに感情むき出しにさえしなければ多分大丈夫だと思うわ」

(なんでこの人、下人の俺なんかのことこんなに気にかけてくれるんだ?)

神田はあまりにおいしい話だったため疑いの目を向ける。


「………あーあんたもしかして疑ってる?」

「っ、いえそんなことは」

「あのねー別に変なことさせたりとかはないわよ、ただもし専属になるんだったらあんたには下人を守る下人であってほしいと思ってるわ」

「下人を守る、下人?」

聞きなれない言葉に首を傾げる。


「上は下人を無駄に死なせすぎなのよ、同じ人間なはずなのにね、だからせめて私のいるこの区画ぐらい下人の死亡率を下げておきたいじゃないただそれだけの理由よ」

(でもこの人周りへの被害ほとんど関係なしに魔術使ってたよな)という難癖は絶対に漏らさないように口をぎゅっと力強く噤んだ。

「でも私ではいささか力不足ではないかと」

「別に実力は求めてない、魔術師はいつも人手不足だからだいたい一人か二人行動じゃない?そうなると下人を守りきれないのよ、だから同じ志を持った人手がほしいの」

秋季はなんの曇りもない瞳ではっきりとそう言い切った。


きっと嘘ではないのだろう、ということはつまりこれは裏がない完璧なおいしい話だ、絶対に引き受けるべきなのだろう。


それでも神田唯人には即決できない理由があった。


ついっと一度自分の影に目線を移して目を閉じる。


「すいませんとてもありがたいお話なのですが一度考えさせてください」

「はいはい、よく考えときなさい明日もう一度呼び出すからそのときに返答聞くわ」

しっしっと、まるで邪魔者を出すように「もう用ないから」と手で払われ神田は部屋の外に出される。


しげしげとある程度廊下を歩いているとその先に部屋に案内してくれたちょび髭の男が立っていた。


「終わったか」

「はい」

神田は先ほどまでの素を裏に隠しいつもの下人モードに移る。


「じゃあすぐさま玄関から出ていけ」

「はい」

淡泊な返事をしてその玄関をまたいだ。


今日は工事現場での仕事がないため家もとい小屋に直行………する前に人通りが少ない高架橋下に訪れる。


(誰もいないな)

神田は周りに誰もいないことを確認して口を開く。


「出てこい記紀きき

そう呼びかけるとゆらゆらと神田の影がうごめく。


そして影を波立たせるというありえない事象を引き起こしながら影の中から現れたのはたった一人の少女だった。


綺麗な銀髪はボブカットで切りそろえられていて高架橋の陰に隠れながらも鮮烈なまでに輝いており、フリルのついたミニスカートを上手く着こなしていて部屋着のような赤いパーカーを身に着けている。


少女らしからぬ重厚な雰囲気を漂わせながら丸くかわいらしい瞳で神田唯人を見つめる。


「なんだ、なんだ、なんだ、わしが寝ていたというのに無理やり起こしおって、唯人よわしの睡眠を妨げるほどの急ぎの用があったのか?」

少女は尊大に厳粛に神田唯人を問い詰めた。












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