第2話 時代遅れの盾役
──
譲れないのは、あいつだけじゃない。俺だって、このままじゃ終われない。
「やれやれ、相変わらず諦めの悪いやつだ」
「諦めないのが俺の取り柄なんでね」
才能がないなんてのは、ずっと前からわかってた。
それでも、ここまで来た──それなのに、今になって必要ないと言われるのか?
「ロック、おまえに現実を教えてやる」
「上等だ」
アイスの手のひらに魔力が凝縮し、空気が静かに冷え始めた。
「さあ、二人とも構えろ」
ブレイズは片手を挙げる。
迷いを振り払うように俺は剣に手をかけた。
アイスとは何度もぶつかって来たが、今回もその一つにすぎない……はずだった。
そもそも後衛の魔導術士のあいつが前衛の俺の攻撃に耐えられるとは思えなかった。
「──戦闘開始!」
ブレイズが手を振り下ろす。
「行くぞっ!」
呼吸の一拍で魔力を巡らせ、重心を沈める。
踏み込みながら、剣を滑らせる。
横薙ぎの一閃――だが、剣は空を切った。
「残像か」
アイスの仕掛けか、忌々しい。
俺が踏み込んだ領域には、アイスの魔法陣がすでに展開されていた。
氷の結晶が空間全体に広がり、ガラスのようにきらめく。
「これくらいは避けられるだろ?」
氷の結晶が結合し、無数の氷の刃となって俺を包囲する。
「避ける必要なんてないさ」
俺は魔力を込め、障壁を展開する。
この力で今まで生き残り、仲間を守り、反撃の基点としてきた。
──だからこそ、前に出る。
「さて、覚悟しろよ…!」
氷の刃が射出される瞬間、魔素の揺らぎと空気の乱れから軌道を予測する。
瞬時に展開された無数の小障壁が、それぞれ刃を相殺する。
無駄のない動き、最適な配置──千を超える実戦の果てに掴んだ、“盾の術式”としての“捌き”の極致だ。
「相変わらず化け物じみた技だな」
そして、俺はアイスの仕掛けた罠を抜けながら剣を振りかぶり、
「怪我しても文句は言うなよ……!」
閃光のような一撃を振り下ろす。
──ギィン!
だが、硬質な音と共に、剣が弾かれた。
腕がしびれる。
「ならっ!」
とっさに身を捻り、回転しながら切りつける。
だが、それも止められる。
何度も通用してきたこの剣が、簡単に受け流される──そんな馬鹿な。
「……嘘だろ?」
思わず口から言葉が漏れる。
俺の攻撃が、まったく通じない……?
「やはりか」
アイスは当然の結果だとでもいわんばかりに、呟いた。
「おまえではこの防壁を破ることができない。なぜなら、これはおまえの盾の術式を元にして作られたものだからな」
「どういうことだ?」
俺はアイスの言っている意味がわからず、思わず聞き返した。
盾のように強靭な障壁の術式を展開するのは、俺だけのオリジナルの術式のはずだ。
それが今、アイスの魔導術式として展開されている。
「最近出回ってる新型の
──学院の研究の成果だよ」
「なんだと……!」
汎用の
つまり、誰でも使えるように最適化された術式。
「おまえの障壁は、もはや“おまえだけの力”ではない。学院の知がそれを分解し、当たり前のものへと還元した。今や、それはただの汎用術式にすぎない」
俺が生きるために、戦うために、これしかないと信じて磨き上げてきた力が──
誰かでも使える当たり前のことに成り下がった?
俺じゃなくてもできる?
──違う、そんなはずはない。
「そして、おまえが得意とする身体強化と魔力障壁では、これを破ることはできない。俺が言っていたことが理解できたか?」
自分の足元が崩れていく感覚がした。
──ただの劣化コピーではない。
俺の障壁を研究し、同等の性能を持ったものが”量産化”されている。
「おまえにはわかっているだろう。これを破るには強度の高い術式を使って障壁を構成している魔素を相殺する必要がある。
不本意だろうが……
アイスの解説に俺は沈黙したまま頷く。
俺には、わかってしまったから。
──俺の役割が、もう必要ないことを。
「ロックが得意なのは身体強化と魔力障壁。おまえは事象干渉領域が極端に狭いタイプだからな。それでは障壁は破れまい」
「……」
言葉が出なかった。
俺が誇ってきた力は、すでに誰でも扱えるものになっている。
俺だけの力じゃなくなった。
それだけじゃない。
俺の攻撃では、この新しい障壁を突破することすらできない。
──なら、俺はここにいる意味はあるのか?
「……なるほどな」
俺はそう呟くことしかできなかった。
自身の能力が突然時代遅れになっている。
それを痛感せざるを得ない。
どうにもならない悔しさと、自己嫌悪に心が揺さぶられる。
さまざまな感情が混ざりあう。
──けど、どうせ何かを言ったところで無駄だろうな。
才能がないと言われた俺は、この障壁の術式だけを必死に磨き上げてきた。
馬鹿の一つ覚えと揶揄されても、それを極めることで自分の価値を証明できると信じていた。才能の無さを自らの手で克服してきたのだと、そう思っていた。
「他に何か言いたいことはあるか。私は伝えるべきことは言った」
沈黙した俺に、アイスがさらに何か言おうとするのを俺は手で制する。
「わかった。じゃあ俺が辞める。それで良いか」
簡潔に、しかしキッパリと言った。
「ロック!」
「そうしてくれるとこちらも助かる。ブレイズが承諾しなかったからな」
アイスは深く息を吐く。
「足を引っ張って悪かったな。これから頑張ってくれ」
「待て、ロック! まだ話は終わってない」
なおも食い下がるブレイズに俺は吐き捨てるように言った。
「あのな。俺はおまえに同情されてまでパーティに残りたいわけじゃない」……これ以上同情されても俺が惨めなだけなんだよ」
訓練所は静寂に包まれ、時間だけがゆっくりと流れていく。
ブレイズは何も言わないでじっと俺を見つめていた。そして、重いため息をつきながら彼はゆっくりと頷いた。
「気にすんな。時代の流れに適応できないものが、消え去るのが自然の摂理だ。
おまえはリーダーでパーティの命を預かってるんだ。俺のためにそれを曲げるようなことはするんじゃない」
「俺はそういうつもりは…」
「また最初からやり直すさ。おまえは先に進んでろ」
ブレイズの胸をトンと拳で小突く。
たとえどんなに悔しくても、そうせざるを得なかった。
「わかった。ロックが決めたんなら俺は何も言わない。でもまだ俺は納得できてないからな」
「……世話になったな」
ブレイズの言葉には答えず俺はギルドを後にした。
深くため息をつき、肺に溜まった空気を押し出す。
しかし、自分の中の重く詰まった感覚は一向に晴れなかった。
一人になると、どっと身体に疲労が押し寄せてくる。
「くそっ!」
確かに俺自身も違和感を感じていたのは事実だ。
そこから目を逸らしていたのかもしれない。
役割分担だなんて、都合のいい言い訳だった。
守ることだけ考えてた。
他が落ちたせいだと、勝手に決めつけてた。
本当は――俺が弱くなっただけなのに。
結局、同じことしかやってなかった。
それでこのザマだ。
これでは役割分担ではなく、ただの依存でしかない。
「……弱くなったんだな」
それでも、しがみつく気にはなれなかった。
悔しさを噛み殺して、一歩踏み出す。
自分の歩く道や信じた道に、未来が繋がっていないことだってある。
もっとも、人の身体に慣性が働くように、心もまた急には止まれない。
何かを始めるには終わりが必要なのかもしれない。
そして、終わった後になってしか、終わってたってことは気づけない。
それが分かったころには、大抵もう手遅れだ。
ギルドを出ると、日はすっかり暮れていた。
空は、どこまでも暗く広がっている。
俺の行き先を、何ひとつ示してはくれない。
それでも、止まるわけにはいかないから──俺は、歩き出した。
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