第3話 剣聖だった少女
自らの力をためらいもなく使うリリー。欠けていたのは相手への配慮や力の配分。他者の命の尊厳や道徳といったもの。母親は優しい人だったようで、知識ではわかっている様子だが自らの過去に引きずられたリリーはたまに暴走をする。
絶対に敵以外では殺してはいけない。殺したら永遠に一人檻の中に閉じ込めると言い聞かせてもリリーは笑った。
「別に平気だもん。ミックがいればいい」
「いや、ウサギはともかく俺は連帯責任でお前から引き離されるな 」
「絶対に嫌だ!」
以後、自分が気に入らない相手を半殺しにする程度で殺人だけは防がれた。
リリーにとって目の前にある石が邪魔だから足でけったら死んだ程度の認識らしい。
「ミック大好き」「ミック愛してる」
ともに暮らしずっと言われ続けた言葉に、いつしか俺は気づいてしまった。
幼子が保護した親鳥に懐く愛ではなく、狂気を含んだ盲目の愛。
リリーが俺に抱いていたのはソレだったのだ。見て見ぬふりをして過ごしていた俺たちの生活に決定的な事件が起こる。
何度か女を意識させるような年頃になったリリーは俺に接触したがった。
子が甘えるように抱き着いたり、ご褒美にほっぺにキスを強請ったり、怖いからと布団に潜り込もうとしたり。
そしてとうとう風呂上りに迫られ俺は逃げ場を失くしてしまう。
「力づくで押し倒してもいいけど?」「そういうのは男の台詞だ馬鹿娘!」
ダメだこれは!ダメだダメだダメだ!
「リリーの事嫌い?」「泣き真似してもダメだ!」「だったら受け入れてよ!」
いつの間にか育った女の体を押し付けて必死に俺に縋りつく。
「リリーにはミックだけなの知ってるでしょ!ミック以外いらない!ミックがいいミック大好きミック、ミック」
癇癪をおこしながら俺の服を掴んで縋りつくリリーに生唾をのむ女の色気が溢れ出る。
――知ってるさ俺にだけは唯一ウサギではなく直接話かけてくる時点で俺が特別なんだという事は――
それでもお前は剣聖で俺は国からの命令でお前を養育するただの騎士だ。同情から始まって共に暮らしていく中で幼いお前の成長を父のように兄のように見守ってきた。
俺はただ、お前の幸せを祈っているんだ。できれば剣聖ではなく平穏な女として幸せになって欲しい。
一回り近く年上のうだつのあがらないオッサンの俺ではなく人並みの彼氏を作れと部屋を叩き出したあの夜、涙目で部屋を出て行ったリリーの顔に胸が痛んだが、あの子の為だと俺は言い聞かせたんだ。
獣になりそうだった男の汚い欲情を隠して、次の日からいつものようにリリーに接する努力をした。自分自身の奥底の気持ちに蓋をして。
「ミック聞いてる?ねーねー帰りにね、おじいちゃんがご飯食べにおいでって」
「あ?団長が?」
俺にとっては大恩人であり俺に面倒を押し付ける張本人だが、療養中と言いつつ俺たちを気遣いこうして家に招いてくれる。リリーも首都に来てから実の孫のようだと可愛がられ団長をおじいちゃんと呼ぶ程に懐いていた。
「なら帰りに顔でも出すか」「やったーデートだ」「違うぞ、家族訪問だ」「ぶーっ」
団長の屋敷に訪れたのは夕刻も遅く夜の闇が広がる時間。
歓迎された俺達は団長夫婦と仲良く夕食をご馳走になった。
夫人のシチューは絶品で、俺の作るヘタクソ男料理とは別格でリリーと二人お替りまでしてしまった。ちなみにリリーも料理に関しては素人以下の謎の物体を創作するので剣聖の弱点みたりと後片付け専門係に任命してある。
「最近また隣国がきな臭いらしいなミック」「ええそう聞きます」
食事を終え出されたお茶で一服しつつ団長と語らう。
「国境沿いでは魔物も増えているそうです。派遣騎士の増兵も検討されています」
「また以前のように隣国の奴らが放ったのか」「調査中です」
目の前にいる老年の騎士は前回の大戦争において出陣経験がある歴戦の勇者だ。
「だからとっとと復帰して団長に戻って下さいよ」「団長はお前に譲っただろ」
「あくまで仮です。そもそも元気そうじゃないですか」「いててっ、持病の癪が……」
わざとらしい演技に俺は呆れつつトイレに向かうのに席を立つ。
残されたリリーはチラリとミックが出て行った扉を見つめる。危険があれば即座に駆けつけるよう耳を澄ます。
「それでお前は相変わらずミックが好きなのか?」
突然話しかけられリリーはキョトンとする。そして常に持ち歩いているウサギを使って返事した。
「そうだよーリリーちゃんはどっちのミックも大好きなんだ」
「わしが聞いているのは人間のお前の保護者の方だ」
「大好きだよリリーの全てだもん。心配しなくても隣国からも魔物からもリリーが守ってあげるから」
「あいつを裏切る事は許さんぞ……もしそうなれば今度はわしが仕留めるからな」
「できるの?おじいちゃんクスクス」
ニヤリと笑うリリーの目が細くなる。その瞳に暗い陰が宿り目の前の男に殺意を隠さない。
「天涯孤独のあいつにとってリリーという存在は特別なんじゃ。だがあの戦いで、貴方一人を犠牲にしている間にわしらが撤退できた恩義も忘れていない」
「家族愛じゃなくってリリーをちゃんと愛して欲しいんだけど……恨んでないよ戦場はそんなもんだよ」
「感謝するヴィクトール様、だからこそリリーとしてミックとの良き関係を継続して今世こそ幸せになって頂きたい」
深々と頭を下げる老人にリリーは笑う。
「当たり前だよーやっと再び捕まえたんだから逃がす気はないね」
ピッとウサギの手で敬礼して笑うリリー。
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