前世は最強凶悪の剣聖が美少女になって俺に夢中です

天野和歌

第1話 出会い

 この世界には特別な才能を持った奴が転生する。いわゆる前世持ちという奴だ。


 数が少なく貴重な彼らの才能は並の人間では辿り着けない神の領域。


 生まれながらのチートを駆使して彼らは国を動かす活躍を見せる。


 持って生まれる才能は様々だが、その能力が発覚した時点で国によって保護という名の囲い込みがされる。




 そんな能力とは無縁の俺の名はミック・リンガー。


 同僚に裏切られミスを擦り付けられ左遷されたドジな騎士だ。落ちぶれた俺が田舎にて下された命令が、発見された前世持ちを保護して首都に連行しろだった。


 すなわち、俺はその前世持ちとやらを捕獲しなければ戻って来るなという事らしい。


 確かに騎士として剣の腕だけでここまで生きてきた俺は、要領も良くなければ人に騙されやすいうえに不器用な生き方しかできない男だ。


 そんな俺にも理解者というか俺の腕を高く評価してくれる有り難い存在もいる。


 今回の作戦に俺を抜擢したのはその人らしいが、指令書を見て俺は内心ため息をついた。


「剣聖ヴィクトールってアレだよな……狂乱の剣聖」


 この国は、30年前まで隣国と激しく戦っていた。その戦争で一番活躍したのが剣聖ヴィクトール。誰よりも強く誰よりも凶悪な破壊と死の騎士。何よりも戦場で血を見ることが好きな狂騎士として敵味方合わせて名を轟かせ、最後のトドメに百人がかりで仕留められたのはもはや伝説だ。


 その生まれ変わりが俺が駐屯していた村から近い場所に生まれていたらしい。そいつを保護しろとは、相手が相手なだけに俺だけでなく部下たちを引き連れて厳重な装備で目的地に向かった。




 そして俺たちが見たものは、火の手があがり沢山の血と遺体が散乱する無残な村の姿だった。


 風からは煙と肉の焼ける匂い、遺体は村人と武装した男たちが複数散らばっている。武装したやつらの遺体は激しく損傷しており、どれも首に一撃が加えられていた。


 部下たちに警戒せよと指示を出し、俺は剣をかまえて火が燃え盛る村の中に歩み入る。


 すぐに目的の人物がいた。一目でわかった、彼女がそうだ。


 地獄の中で立ち尽くす幼い少女の手には、血まみれの剣と体中に飛び散った朱色の死の証。虚ろな顔で服の胸元に大きなウサギのぬいぐるみを差し入れている。


 体の小ささと人形の大きさから、まるで姉が妹を抱きしめているかのよう。


 だが人形は一切汚れていないのだ。本人や周囲が紅に染まる中で人形の白さが異常さを表していた。


 ――ああ、彼女がそうなのか―


「初めましてお嬢ちゃん。俺は君を保護に来た中央政府の……」


 とりあえず自己紹介かと話しかけた瞬間に、俺に向かって鋭い風が切りつけた。


 本能で反射的に剣で受ける。ガチャンと衝撃音が鳴り少女の剣と交差する。


「こらまて!話を聞け俺は!」


 俺の言葉など聞こえないのか、瞳孔が開いた異常な状態の少女の体がしなる。


 風の音がなったと同時に俺は剣で再度弾く。残像が後からついてくる。


 息をする間もなく次々と激しい攻撃が繰り出され、その剣は的確に俺の急所と死角を狙っていた。


 この技量、そして狂気、間違いない。彼女こそが剣聖ヴィクトールだ!


「俺は敵じゃない落ち着け!」


 必死で伝えても言葉どころか息すら乱さず鋭い刃が俺を襲う。


 これが前世持ちの実力かよ!相手は子供なのに俺はこれ程に強い相手は初めてだ。


 いつまでも避けてばかりでは話にならない。だが子供相手と油断したらこちらが確実に殺される。鼻先寸前を刃がかすめ、それでも剣を受け流せているのは俺だからだ。


 遺体の状況からして彼女が村人を殺戮したのではないとわかる。村人たちの首は一切傷つけられていなかった。むしろ背後からの剣の傷や弓の矢が多く、中には斧らしき切り口があったという事は、この村は盗賊団に襲われたのだろう。


 彼女はそれを見て覚醒したのだ。そして盗賊団を一人で殲滅した。


 埒があかないと、あどない口元に笑みすら浮かべて切りかかる彼女に俺は初めて反撃した。捨て身の俺の体重をかけた一撃に子供の彼女は耐え切れず剣が飛ぶ。


 そして一瞬の隙をついて彼女の小さな体を俺の胸の中に抑え込む。


 必死で抵抗しようともがき、俺の腕を噛む彼女に俺は呟いた。


「ごめん、ごめんな……もっと早く来てやってたら良かったな」


 俺の言葉に彼女の動きが停止する。


「もう大丈夫だからな。俺が守ってやるから」


 彼女の胸元から顔を出すウサギごと俺はギュッと抱きしめた。


 声もなく泣く彼女に俺は囁く。


「いいから、子供か声を我慢して泣くな」


「うっ……ふぇ、うぁーっ!」


 やっと感情を出した彼女の名はリリー。村を襲われ唯一の肉親だった母親を殺された哀れな子供だ。俺はリリーを慰め、そして村人を弔った後に二人して首都に向かった。



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