第6話
「……甲斐くん」
「どうしたんですか?浮かない顔して」
「そうかな」
「仕事が出来て嬉しくないんですか?」
「う、嬉しいよ。嬉しいんだけどね」
仕事が早く出来てミスもゼロ。部長にも泣く程、褒められた。
「今日の仕事は自分の力でやった訳じゃないから」
でも、嬉しいと思う反面、素直に喜べない自分もいるのが事実。
だって、頭が冴えて仕事に集中出来たのは甲斐くんの"魔法"おかげであって、私の本当の実力じゃないから。
「部長とか皆を騙してるみたいで、わ、私……」
「先輩のそういうところ好きですよ」
「え?」
「大丈夫。全部、先輩の本当の実力だから」
甲斐くんの声のトーンは普段では考えられない程、穏やかで優しいものだった。
「ど、どういう意味?」
「先輩のいいところは、要領悪くて抜けてるのに、真面目で丁寧で、手抜きをしないところ」
頭に乗せられる手は、当たり前だけど男の人の手をしている。
なんだろう、独特な甘い香りが伝わってくるから、胸がおかしい位に激しく脈打った。
「え……、ねぇ。それは、けなしてるの?」
「すぐ人の事信じちゃって、騙されやすそうな所も魅力的ですよ」
「は、はぁ?」
どうしよう。凄くドキドキする。
甲斐くんの真っ黒な瞳が純粋に私を捉えるから、目を反らす事なんて出来ない。
まるで、身体を止める魔法をかけられたみたい。
「……好きですよ」
甲斐くんとの距離がゆっくりと縮まって、柔らかい唇が重なった。
一瞬 何が起こったのか分からなくて、キスをされたんだと理解するのに時間がかかった。
慌てて周りを見渡せば、スタッフルームの中には私と甲斐くんの姿だけ。
皆帰ったんだとホッと胸を撫で下ろしたところで、甲斐くんの大きな手が私の頬にそっと触れる。
「ちょっと待っ……」
「ほっとけなくて、可愛いなって思ってました」
甲斐くんの唇はひんやりとしているのに、降り注ぐ様に落ちてくるキスは凄く甘いもの。
抵抗しようと思えば出来た筈なのに、私の手は甲斐くんの胸元をギュッと握りしめるだけ。
「ッ、ヤ、んん……」
ねっとりと舌が私の口腔内を絡ませて、どんどん熱を持っていく。
「いつも一生懸命で、真面目で、努力家で」
待って、待って。ちょっと、待って!
歯切れの悪い息を漏らしながら続けられる、彼の声色が妙に色っぽい。
「……っや。か、甲斐くん、ここ……会社だよ?」
「じゃぁ先輩。そんな顔しないで下さいよ」
背中に回された手が、何度も優しく上下に撫で下ろされるから。頭がボーッとしてきて、何も考えられなくなってくる。
「んっ、やぁ……」
2人きりのスタッフルームに響き渡るのは、甘い息と舌が絡み合う水音のみ。
どの位の時間、キスを続けていただろうか。
「……せ、先輩、返事は?」
甲斐くんは、少しだけ身体を離して私へ視線を落とす。
彼の息も上がっていて、心なしか頬がほんのりと紅潮している。
「い、今更それ聞かないで」
「や、欲しいし」
「……キスは、嫌じゃ無かった」
なんて私の台詞に、甲斐くんの瞳が大きく見開かれたのが分かった。
「じゃぁ、つき合ってくれるんですか?」
甲斐くんの言葉に、小さく頷く私の心臓はバクバク状態で、頬は自分でも分かる位に赤く火照っていった。
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