第一章 天才魔術師、『男でも孕める魔術』を作らされる。

1-1


 魔術師ジャフィーは叱られていた。


「お前なあ……なんてことしでかしてくれたんだ」


 ジェレニア帝国の謁見の間は無闇に広い。旧政権以前の王たちが、財の限りを尽くしたからだ。その中心にある豪奢すぎる王座に座る男──ルグレアは、すっかり頭を抱えているようだった。

 長身かつ十分に鍛え上げられた体躯に、わずかに癖のある短い黒髪。まだ齢三十にも至らぬ若い王だが、美形というより精悍という表現が似合う面立ちもあって、十分すぎるほどの風格がある。ましてや厳しい表情などしていると、向かい合うものを震え上がらせるには十分だ。その誰もが怯える睥睨をまるで気にせずに受け流し、ジャフィーは唇を尖らせた。


「だってあんた、『ほしい?』って聞いたら、『うん』って言ったじゃん」

「よその国から奪ってくるとは聞いてねえよ」


 数ヶ月前のことである。ジャフィーは、にこにこ笑ってルグレアに尋ねた。


『ルグレア。今使ってる剣さあ、そろそろ新調したくない?』

『いや別に。困ってねえし』

『えっ。いやいや、もうだいぶ年季入ってるでしょそれ、困ってるはずだよ。ルグレアの使い方だと摩耗も激しいはずだし』


 ルグレアはジャフィー同様高い魔力を持っているが、その魔術的素養は戦闘技能に特化している。剣に高温の炎を纏わせ自在に操るのが彼の基本的な戦闘スタイルで(これが本当に自在で、かなりの広範囲を焼き尽くすことが可能なので、ジャフィーは正直剣を媒介する必要はないんじゃないかと疑っている)、当然、剣への負担はかなりのものだ。

 現在ルグレアが使用している剣は、魔力に強い素材で作られているうえ、ジャフィーが魔術で強化した専用品ではある。それでも、ガタが来ていなければおかしいぐらいには使い続けているはずだった。


『もっと性能の良い剣、欲しいでしょ? 魔力負荷に耐えられて、頑丈なやつ』

『……そりゃまあ、あるに越したことはねえが。でも最近はそもそもそんな使わねえし』

『欲しいよね!』

『人の話聞いてるか?』


 聞いている。『あるに越したことはない』は、つまり、欲しいということだろう。

 ルグレアが欲しがるなら、ジャフィーは手段を選ばない。そういうわけで、ジャフィーは、ルグレアのための剣を手に入れるため──意気揚々、『竜殺しの剣ドラゴン・スレイヤー』が存在しているという北東の隣国・ログーナ王国に、潜り込んだ。


 帝国の魔術師が、身分を偽って他国に潜入する。この時点で、立派なスパイ行為である。


 その上ジャフィーは『竜殺しの剣』の実在を突き止め、こっそりお持ち帰りしようとして失敗した。ジャフィーは仕方なく国へと逃げ帰り──今こうして、『貴国の魔術師が国宝を強奪しようとしてたんですけど?』というログーナ王国からの苦情を受け、はじめてことの成り行きを知ったルグレアによって、しこたま叱られているというわけなのだった。


「今回はまあ、『そんな魔術師は知らん』で通したが……」

「ほら! まあ、俺の変装魔術見破れるやつとかいないし?」

「いや、普通にお前だってバレてたけど」

「えっ」


 ジャフィーは、それなりに派手な容姿の持ち主だ。実年齢はルグレアより少し若い程度だが、知性が煌めきすぎている瞳のせいでどこか幼くも見える。矮躯ではあるが長身で、燃えるような緋色の髪は魔術師らしい腰までの長さで、肌はこのあたりでは珍しいぐらいに白い。髪と同じ色の目は少し細すぎ、きつく吊り上がりがちではあったが、十分に整っていると言っていい面立ちだ。

 見た目だけでも目立つという自覚はあったし、指折りの魔術師として名を知られてもいたので、潜入の際は、髪色も肌色も、彼の国に紛れやすい色へと魔術で偽装していた。その辺りは抜かり無いと思っていたのだが──どうやら向こうにも、その程度の魔術は見破れる使い手がいたらしい。


「ともかく、向こうは今回は引いてくれた。今、うちとことを構えたくはないってことだろう」

「……あ、そーなんだ」

「いやなんでお前が不満そうなんだよ」


 ジャフィーの表情を目敏く見咎めて、ルグレアは軽く眉を寄せる。「別に~?」とぷいと横を向くと、ルグレアは「あのなあ」と益々顔をしかめた。


「お前な、自分の立場わかってんのか?」

「筆頭宮廷魔術師ですけど~?」

「クビにすんぞ。……ってわけにもいかねえが、なんの罰もナシってわけにもこれまたいかない」

「え? なんで? 罰したほうが不味いんじゃないの。俺じゃないってことになってるんでしょ?」

「外向きにはそうだけどな、国内での話だ。ただでさえ、俺はお前に甘すぎると思われてるからな」

「事実じゃん」


 ジャフィーはきょとんと目を瞬いた。事実でしかない。

 なにせジャフィーは天才魔術師、そのうえ国内でも有数の侯爵家の当主だ(当主としての仕事はほぼしていないが)。そもそもにして、ルグレアを王位につけた立役者でもある。特別扱いする理由しか無い、と言ってもいい。ジャフィーの反応にルグレアはますます頭を抱えて、「……とにかく」と低く呻くように言った。


「理由はこっちで適当につけるから、謹慎してろ。三ヶ月ぐらい」

「えー!?」

「出仕も外出も、領地に戻るのも禁止だ。館で頭冷やしてろ」


 監視もつけるからな、と釘を差されて、どうやら本気っぽいぞ、と、ジャフィーはやっと目を瞬いた。三ヶ月の謹慎。大した処分ではないが、処分は処分だ。なにより三ヶ月もルグレアに会えなくなるのは普通に嫌だ(ログーナ王国に勝手に行った時も数ヶ月帰らなかったが、自分で決めていく分にはいいのだ……と、ジャフィーは思っている。勝手な理屈だ)。ジャフィーは慌てて「でも!」と言った。


「でももだってもねえっつの」

「あの剣、すごかったよ」


 ルグレアが、ジャフィーを見下ろしている。その王たる姿に向かい、古代からの魔術が込められた剣の威容を思い出しながら、ジャフィーは熱心に言葉を紡ぐ。


「あれは、人のものじゃない。王のものだ。だからこそ、あれはあんたに相応しいし……あんたがあれを持ってたら、誰だって、あんたこそ王に相応しいってわかる。ひとめで」


 ジャフィーにはひとめでわかることがわからない奴らにも、絶対にわかる。

 だから自分は間違ったことはしていないし、なんならルグレアは、改めてジャフィーに命じるべきなのだ。『【竜殺しの剣】を手に入れろ』と。

 そしたらジャフィーは、今度こそ、一切の手段を選ばずにあれを手に入れて、ルグレアに献上してみせる。そんなジャフィーの訴えに、ルグレアは、ジャフィーが思ったのとは違う反応をした。


「……『王に相応しい』ねえ……」

「……え?」


 冷めた目だった。

 興味がない、どころか、ジャフィーの言葉にひとつも心を動かされていなそうな、つまらなそうな顔だった。そんな顔のルグレアを見たことがなくて固まるジャフィーに、ルグレアは、ほとんど諦めたようなため息を吐く。

 そして言った。


「俺は別に、お前が適当に魔術付与してくれた剣がありゃ十分だよ。……とにかくもう、そんな得体のしれない剣にもログーナにも、絶対に、手を出すな。わかったか?」


 きっぱりとした、有無を言わさぬ響きだった。

 わかったらさっさと出ていけ、と、ルグレアが、片手でジャフィーを追い払う。ジャフィーはその沙汰に従うことしか出来ず──冷たい眼差しが齎した混乱から抜け出せないままに、監視役のミトとアリのふたりに追い立てられるようにしながら、すごすごと城下の館へと帰ったのだった。





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