僕たちホラ吹きバタフライ
黒澤 主計
前編:この、お花畑の住人どもめ!
トンネルを抜けると、綺麗な菜の花が咲いていた。
黄色くて、元気な花々のもとへと僕はひらひらと飛んでいく。
いい天気だ。少し前まで寒くて仕方なかったのに、急に夏になったみたいだ。
お日様の光を求め、気持ち良く空を飛ぶ。
でも、気をつけなくてはいけない。
僕は『モンシロチョウ』だ。真っ白な四枚の羽根を持つ。
世の中にとって、非常に危険な存在。
僕がその気になれば、世界を滅ぼしてしまうかもしれないから。
ある日、僕は知ってしまった。
「なあ、『バタフライ・エフェクト』って知ってるか?」
近くを歩いていた大学生が、そんな話をしていた。
なんだろう、と僕は近くの木の枝にとまった。
「蝶々が空を飛ぶことで、小さな風が起こる。それが巡り巡って大きな風となっていき、地球の反対側の方では嵐になることもあるって話だ」
続きの話を聞いて、心の中がざわついた。
「だから蝶々一ぴきの力で、世界が大きく変わる可能性があるんだ」
嘘だろ、と衝撃を覚えた。
僕は小さなモンシロチョウで、穏やかにただ飛び回っていただけなのに。
僕の羽根には、そんな力が宿っていたなんて。
けれど、これは失敗だった。
あまりに衝撃的な話だったから、誰かに話したいと思った。
バタフライ・エフェクトの話は、無自覚でいるにはあまりにも危険だ。僕たちの小さな羽ばたきが、巡り巡って世の中に大きな影響を与えていたこと。
「ねえみんな、こんな話は知ってる?」
ちょうど、菜の花畑には『四ひきの蝶々』がいた。
僕はすぐに、そいつらに『事実』を話した。
その結果、『おかしなスイッチ』が入ってしまった。
クロアゲハは得意そうに言う。
「私は今日も、少子化を加速させてやった。交通機関に影響を与え、恋人たちが会う時間を奪った。これにより、日本は少子高齢化社会になるだろう」
青く光るブルーモルフォが、大言壮語を抜かす。
「俺は今日も、経済にかなりの影響を与えた。外で万札を出している奴がいたら、手当たり次第に風で吹き飛ばしてやったさ」
キアゲハは女王様然として話す。
「アタシはね、いつも通り生態系を破壊してやったわ。ほら、その辺に小さな虫が溢れてるでしょ。あれは全部、私が嵐で山を破壊してやったから住処を追われたの」
紫の羽根のツバメシジミが、最後にホラを吹く。
「我は風を起こし、見目麗しき女性たちのスカートをめくって回った。世の中の『紳士』たちがそれに反応し、至福の表情を見せていた」
なんというか、ろくでもない。
最初の反応は、こうじゃなかったのに。
「バカな! 私たちにはそんなすごい力が?」
戸惑っていたのは少しの間だけだった。
ほんの数日で、こいつらは激しく調子に乗り始めた。
今ではこうして、『ホラ吹き大会』が行われている。
憂鬱だなあ、と本気で思う。
でも、あの菜の花畑に行かなくちゃ。あそこが一番安全だから。
僕たちが集まっている菜の花畑は、すぐ横に小学校がある。最近は世の中の変化もめまぐるしくて、ちょっと前まで近くに高いビルが建っていたかと思えば、今は二階建てのアパートに変わってしまっていた。
「やあ、モンシロチョウくん。遅かったね」
真っ黒な羽根のクロアゲハが、ひらひらと近づいてくる。
「今日も成果報告会と行こうじゃないか」
僕が菜の花の一つにとまると、クロアゲハが語りかける。
本当に毎日毎日、こいつらは飽きもせず。
(アメリカの経済はもう、おしまいだな。俺が全部ぶっ壊した)
(アフリカは我が破壊した。きっともうライオン一匹残っていまい)
(あら、アタシはヨーロッパを壊滅させたけど?)
(中国大陸、私でもなかなか手ごわかった)
こいつらの頭の中では、どうも日本以外の地域が全滅しているらしい。
「では、今日も報告会を始めようか。みんな、どんな悪事を働いた?」
このホラ吹き大会。どこかで止められないものか。
クロアゲハは人口問題、キアゲハは自然破壊、ブルーモルフォは経済。そしてツバメシジミはスカートめくりを専門としている。
「人間たちは思うまい。この世を混沌に陥れる存在が、こんなお花畑に集まっているとは」
お花畑はお前の頭だ。
「俺が資本主義を攻撃し続けたおかげで、金に困った人間たちが犯罪に手を染め始めたぜ。最近、そこの銀行に強盗が入ったろ? あれ、俺がやったんだ」
ブルーモルフォがまた言ってる。
「そうねえ。見てよ、町の中が難民でいっぱい。世界が滅んじゃったものだから、慌てて日本に避難してきたのねえ」
キアゲハがのたまい、町を歩く外国人の姿を見せる。
違うだろ、と僕は毒づく。
今は西暦二〇二五年。政府が『移民』の受け入れを決定し、外国人の労働者が増えた。
僕はニュースを良く見ている。テレビというものが大好きで、おばあさんが住む家の窓枠にとまり、様々な番組から知識を得たのだ。
この数十年の犯罪事件史、そして科学の知識と僕はかなりのものを網羅している。
それに引き換え、こいつらは。
バタフライ・エフェクトの影響は未知数だ。世の中で起こる事件が僕たちの羽根によるものかは確認できない。
それをいいことに、毎日デタラメ言いやがって。
どうするか、と僕は周囲を見回す。
この菜の花畑は、小学校のグラウンドに隣接する形で存在している。市か何かが整備しているのか、しっかりと緑のフェンスで周囲を仕切られている。
すぐ真後ろには道路が走り、その先には工場が並んでいた。
太陽が眩しい。灰色のアスファルトがじりじりと熱を発していた。
そんな折りに、僕の頭の中に『電気』が走った。
あれ、と心が強く揺さぶられた。
目の前の光景を見る内に、ふと浮かび上がるものがあった。
これは、いけるかもしれない。
このアイデアなら、このアホどもを黙らせらせる。
昔々、『北風』と『太陽』がいた。
北風は太陽に戦いを挑み、自分の風によって『旅人』が着ている服を吹き飛ばしてみせると言った。
結果は惨敗。『北風』が旅人に風を吹きかけるほど、旅人は強く衣服を押さえつけた。
一方、太陽がポカポカと照らしてみせると、旅人はあっさり上着を脱いだ。
道路の向かいを、金髪の男が歩いていた。
金色の髪で頰や顎には髭を生やし、背中にはリュック。Tシャツの上に灰色の半袖シャツを身に着けている。
「ねえみんな、ゲームをしようよ」
悪役気取りのアホ蝶々たちに、これで『現実』を教えてやれる。
「みんな、自分の羽根がもたらす『風』の力に自信があるんだろ? だったら、あそこの男が着てるシャツ、脱がすことはできるかな?」
僕には教養がある。だからこそ、思いついたことだ。
バタフライ・エフェクトの話は衝撃だった。僕も最初は驚いた。
でも、思い通りに使えるようなものじゃない。それをこいつらは勘違いしている。
「誰でもいいよ。あの男が着てる服を、脱がすことはできるかな?」
これで示してやれるはず。
お前らは何もできない、『小さな虫けら』だっていうことを。
なのに、どうしてこうなった?
「うーむ、これは確認が必要だな。一体、『誰の風』が決め手となったのか」
クロアゲハが言い、他の三びきも反応する。
僕は一体、何をやらかした?
向かいにいる男。リュックからイヤホンが伸びていて、ラジオか何かを聞きながら歩いていた。
白い車が通り過ぎた。瞬間、男はビクリと体を震わし、直後に耳からイヤホンを外す。
そして突然、半袖のシャツを脱ぎ始めた。
その後は、『悪夢の時間』が始まった。
キアゲハたちは、途端に変な飛び方を始めた。『私は今、特殊な風を巻き起こしてますよ』と言わんばかりの。
なんという、失策か。
まさかこのタイミングで、男が本当に服を脱ぐなんて。
「では、これから確認しようか」
発せられた声を聞き、嫌な予感を覚える。
「あの男の服を吹き飛ばした、『真に強き風』を操ったのは誰なのか」
クロアゲハが音頭を取り、他の全員がやる気を出す。
やっぱり、こうなるか。
こんちくしょう、と心の中で毒づいた。
ああ、もう最悪だ。
「まずは自明の事実。あの男の服を脱がせたという『極悪な所業』を行った者。タイミングを考える限り、『犯人』はこの五ひきの中の誰かだ」
どう見ても偶然だろ。
「この凶悪事件、そのまま放置しておくわけにはいかない。誰が犯人なのかを明らかにし、全ての答えを出さなくては」
クロアゲハが全員に目を向け、はっきりと宣言する。
「さあ、犯人は誰だ? 旅人の上着を脱がすという、恐るべき犯罪をなしたのは」
これからとんでもなく、バカな対決が始まってしまう。
本当に、忌々しくて仕方ない。
この、お花畑の住人どもめ!
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