雅志くんが異世界にいっちゃったあとのお話

美鶏あお

「ねぇ。雅志はどの本の世界に転生したんだと思う?」


 一人息子の雅志がいなくなって三カ月━━。妻の由紀子が突然そう言い出した時、俺はギョッとして思わず箸を動かす手を止めていた。

 一人分の席がぽっかりと空いた、寒々しい朝食のテーブルでだった。


「あの子の好きだった小説や漫画をね。竜也君に教えてもらっていろいろ読んでみたんだけど、ヒーローが剣と魔法で無双する世界とか可愛い女の子たちみんなに愛される世界とか、どれもすごく楽しそうで幸せそうなのよ。今の高校生って、夢がいっぱいの物語が好きなのねぇ」

「転生って、お前……」

「ああ、えーっと? 転生じゃないか。転移だっけ? 本人まるごと別の世界にトリップしちゃうの」


 妻は嬉しそうに、謳うように話す。


「竜也君、言ってたわよね。雅志のようなケースは、何年後か何十年後か、いつになるかわからないけど、こっちの世界に帰ってくることもあるって」


 彼女の目が昨日までとは別人のように輝いて見えるのは、不安と苦痛で煮詰まった毎日に希望の光を見出したからだけではない。たった三カ月の間にすっかり血の気を失くし、暗くくすんでしまった肌が余計にそう見せる。あれほど隠すのに熱心だった頬のシミがいっそう色を濃くして、肉の削げたすっぴんの顔にくっきりと浮き上がっていた。


 由紀子の手にした茶碗を見やった。

 俺がよそってやった時のまま、ご飯が冷たくなっている。

 そう言う俺の茶碗も、ようやくどうにか半分に減らしたところだった。


 まったく食欲がわかないのに無理をしてでも詰め込むのは、雅志を探し続けるにも待ち続けるにも体力が要るからだ。

 でも━━。


 待つって、いつまで?

 いつまで探せばいい?

 待っていれば……、探し続けていれば、いつかお前に会えるのか?


 妻の前では決して零せない本音が、ぐうっと固く結んだ唇の間から溢れそうになっている。


 どこにいってしまったんだ、雅志?

 家出なら、絶対怒らないから帰ってこい。

 とにかく連絡をくれ。

 もしかしたら、俺たちの知らない誰かと一緒なのか? 電話ひとつできない状況なのか?

 まさか、お前はどこかでもう……?

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