『破滅を迎えた悪役令嬢』と『忠誠心が高すぎるメイド』の領地再興記

こーぼーさつき

プロローグ

 「……っ。セレナ・ヴィルグラント。この場を持って、貴様との婚約を破棄することを宣言する。この場にいる皆が証人となるだろう」


 ついにこの言葉を聞けた。

 私は心の中で両手でガッツポーズをした。




 数年前、所謂悪役令嬢に転生していた私はこの乙女ゲーの攻略対象である王太子から婚約破棄を突きつけられていた。

 破滅フラグを回避しなかった。正確には自ら破滅フラグを選び、勝ち取ったのだが。


 悪役令嬢としての役目を果たした。

 あとは主人公と王太子が結ばれてハッピーエンド。

 めでたしめでたし。


 想定してはいた。覚悟もしていた。

 けれど貴族の目や平民の目はかなりキツイ。

 今の私はこの国の造反者みたいなもの。

 両親でさえも目を合わせてくれない。


 「……さすがにキツイですわね」


 思わずぽろりと声が漏れる。


 王太子は優しい目で私のことを見ている。

 一歩近付き耳元に口を近付け、周りに聞こえないような声で私に話しかけてきた。


 「セレナ。君はとんだお人好しだ」


 と。

 もしかしたらこの人にはぜんぶバレているのかもしれない。

 けれど確信はどこにもなくて。


 「なにを仰いますか殿下。わたくしはこの国の腐敗の象徴。世間ではワガママ令嬢と呼ばれる性格の悪さ。お人好しとは程遠い、悪さしかない最悪な令嬢でしてよ」

 「セレナ。君は悪さを演じる悪令嬢ではないか」

 「はて、なんのことでしょうか。それよりも殿下。婚約破棄を言い渡し、勘当もされ貴族としての地位も失った平民……いいや平民以下のわたくしに声をかけると殿下の評価にも影響がでましてよ。わたくしはわたくしらしく、立ち去らせていただきますわ」


 王太子は主人公と結ばれるという使命がある。

 それを果たしてもらわなければならない。

 そうじゃないと私の努力が水の泡になってしまうから。


 貴族や平民からのブーイング。罵詈雑言。

 それらをまとめて受ける。


 苦しくないといえば嘘になる。


 けれどこれが悪役令嬢としてよ務めなのだ。

 迎えるべき破滅なのだ。


 よくやった。私。


 私くらいは私自身のことを褒めてあげてもいいよね、と思った。


 だから自分で自分を褒めた。


◆◇◆◇◆◇


 我が家に帰り、必要なものを掻き集める。

 数日分の着替えに、資金、あとは日持ちしそうな食料。

 それらをアイテムボックスに入れる。


 準備を整えたらさっそく出発。

 王都にはもう居られない。

 王太子は優しいので明言しなかったが、私の処分はほぼ「追放」みたいなものである。

 まぁもっとも私はその優しさに甘えるつもりはない。

 さっさと王都から。この国から立ち去ってやる。


 異世界を旅することにした。

 放浪? とでも言えばいいか。





 真夜中。

 月と星に照らされながら歩く。


 王都を出る直前。


 「セレナ様! セレナ様!」


 私を呼び止める聞き馴染みのある声が聞こえた。

 振り返る。

 私のことを追いかけてきたのは、私のメイドであった。

 彼女の名前はリアナ・クルーシェル。

 私が物心つく頃には見習いメイドとして我が家で働いていた。歳は五つほどしか離れておらず、小さい頃はお姉さんみたいな感じで一緒に遊んだりもしていた。いつしか私の専属メイドになっていた。


 「リアナ……なにをしにここへ?」

 「なにって。セレナ様を追いかけてやってきたんですよ」


 メイドとして私に言いたいことがあるのかもしれない。

 悪役令嬢を演じる上で、彼女にはたくさん迷惑をかけた。

 一度や二度頬を叩くくらいは許される、か。


 「リアナ。大変お世話になりました。リアナが居なかったらきっとわたしくは……」


 破滅の道を歩めなかったかもしれない。


 「セレナ様。そんな今生の別れみたいなセリフ口にしないでください」

 「今生の別れですわよ。わたくしはこの王都を、この国をたちます。きっともう帰ってくることはないでしょう。連絡手段もありませんし――」

 「セレナ様!」


 彼女は思いっきり叫んだ。

 私は思わず口を噤む。


 「私はセレナ様のメイドです。セレナ様に忠誠を誓ったメイドです。だから、私はセレナ様に着いていきます。どこまでも」

 「……」

 「例え地の果てであっても。地獄であったとしても。それがセレナ様の専属メイドの役目……ですから」

 「なりません。リアナ、それはなりません」


 私に着いてくる。

 それは自ら不幸になることを選ぶということだ。


 自分自身が苦しむのはなにも問題ない。だがそれを他者に押し付けるようなことはしたくなかった。


 「セレナ様がどうしても私を連れて行かない。ここに置いていくと言うのであれば私にも考えがあります」

 「考え……」

 「はい。この剣で私の身体を真っ二つにして見せましょう」


 武士みたいなことを言い出した。

 脅しかはたまた冗談か。

 彼女の顔を見るけれど、彼女の表情は真剣そのもので、そこに偽りなんかは一切感じられない。

 腹部に刃を当てる。

 少しでも力を入れれば赤く滲み出しそうなほど。


 本気だった。


 「落ち着きなさいリアナ。わかりましたわ。リアナを連れて行きますとも。だからその剣をしまいなさい」


 私は折れた。

 彼女を不幸にしたくないから連れていかないと言っているのに、ここで死んでしまうのはあまりにも本末転倒であった。


 「リアナ。いいですか? この先待ち受けるのは苦難の連続でしてよ。死んだ方がマシと思うことだって多々あるでしょう。それでも良いのですか?」

 「はい。私はセレナ様と共にいられるのであればどんなことがあろうとも耐えられます。セレナ様を失うことに比べれば大それたことではありません」

 「そ、そう……」


 大きくなりすぎている忠誠心に少し恐怖を覚える。


 「やはりセレナ様はお優しいですね」


 リアナは微笑んだ。

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