第2話 人見 鱗という男-2

 急ぎに急いで息も絶え絶えに電車へ飛び乗って、ようよう大学へ鱗が辿り着いた頃には、もはや出席必須の講義はほぼ終わりかけていた。

 半ば過ぎまで寝坊しておきながら終わる前に到着できたのだから、御の字と言えるだろう。

 なのだが、これは彼のこれまでの人生において、前例のない事でありとてつもない一大事なのだった。


 遅刻する事がではない。

 間に合う事が、である。


「っえ……!? そ、そんな事って……!?」


 講義室後ろの扉をおそるおそる開き中を覗き見た時、まだ講義が終わっていないと気付いた鱗は酷く動揺した。


 なんでだよ、と。

 間に合ったなら良かったじゃないか、と。

 普通の人間であればそう思うだろう。


 けれど彼に限って言えば、これは思い描いていたプランから大きく外れたハプニングなのである。


 彼は遅刻をよくするが、しかしその遅刻とはもはや取り返しのつかない講義終わりにようやく気付くとか、走った結果ギリギリで講義が終わっていたとか、そんなタイミングが最悪に悪い場合がほとんどなのだ。

 こういった滑り込みセーフみたいな状況にありつけた事は、文字通り一度たりともなかった。


 なぜなら鱗は他のパラメーター同様、大変運の悪い男だからである。

 駅のホームに着いた瞬間電車が目の前で出発するのは当たり前。

 渡ろうとした信号は即座に赤に変わるし、踏切は嘲笑うように行方を遮る。

 大事な用事があって本当に珍しく事前に時刻表で電車の発車時間を調べたりした日は、沿線のボヤ騒ぎで電車が遅延し結局用事に間に合わなかったくらいだ。

 もはや運の女神に嫌われているのかと疑いたくなるほどに、彼はほとほと間が悪い。


 そんな彼だからこそ、まさかたいして邪魔が入ることもなくスムーズに大学へ到着し、講義の時間内に間に合ってしまうなんて……考えてもみなかったのだ。

 そんな馬鹿げた話は無いが、真実そうなのだからしょうがない。

 であれば、はなから開き直ってゆっくり行けばいいだろうに、そんな風に割り切る事もできないのが彼の難儀なところなのである。

 今回こうやって講義室の中をコッソリと確認したのも、「やはり終わっていたか……」と落胆する為の確認作業という意味すらも含んでいた。

 本末転倒にもほどがあるし、もはや行動と心理が矛盾しているとすら言って差し支えない。


 しかし彼にしてみれば、至ってマジメに走ってきたのは講義に間に合わせる為なのであるし。

 できないだろう事でも、一応やっとかないと不良になったみたいで嫌なのだ。

 根がマジメというか、言葉を選ばずに言うならば悪いことのできない小心者。

 それはけして悪徳ではないけれど、無論誇らしく語る美点でも無い。

 数え上げれば枚挙に暇がない彼の欠点の一つである。


 これならまだ堂々とサボって、ゲーセン行くなり買い物に出るなり自分探しの旅に赴くなりしている極楽とんぼなダメ大学生の方が、立派というか清々しいものだ。

 曖昧に中途半端な生き方は、時に悪さや怠惰に傾ききったソレよりも、醜く無意味に成り果ててしまう。

 悪くなりたくないから良くなろうと足掻く無能には、結局目指す場所が無いのだから。

 目的も無く、薄っぺらに理解した社会通念に固執しているだけでは、けして自らの人生を生きているとは言えない。



 そして、産まれて始めて失態をなんとかカバーできそうな分水嶺な立ったにも関わらず、ご多分に漏れず想定外の事にもすこぶる弱い鱗は、扉を開いたその姿勢のまま、どうすれば良いか分からず固まってしまっていた。

 もちろん中では未だ講義が続いており、佳境に差し掛かった頃合いで集中しているとはいえ、扉が開けばそちらを見る生徒も何人かは居るのだ。

 突然乱入してきてそんな風に硬直していれば、嫌でもめちゃめちゃに目立つ。

 なにより、遮る物のないまっすぐな直線上に、生徒の方を見ながら講義をしている教授も当然居るというのに。


「……オイ、そこの。遅刻してきて頭を下げながらコソコソ座るならまだしも、扉を開いてそのまま微動だにしないというのは、一体どういう了見なんだ?」

「あっ!え、は、あ、いえ……す、すみません……」

「部屋を間違えたならさっさと出ていきたまえ。講義の時間を無駄に使わせるな」


 それだけ言って、彼はさっさとプロジェクターに表示された内容の説明へと戻ってしまう。

 まさか彼も部屋を開くだけ開いて入りもしない生徒が、自分の講義を受けているとは思いもしなかったのだ。

 彼の長い教授人生においてすら、鱗のような奇妙な生徒は出会ったことが無い手合いだった。



 ただ一人この空間の余白に取り残された鱗は、どうしたものかと十秒間ほどモダモダ逡巡した後、肩を落としすごすごと退出してゆく。

 今から近くの席に座れるほど、彼の神経は図太くできていなかった。

 まぁ今更座ったら座ったで教授にまたなにか言われたかもしれないし、こればかりはある程度しょうがないとも言えるが。

 閉まる直前の扉から漏れ出た、幾人かのクスクスという嘲笑が、聞きたくない事だけ耳聡く収集する彼の耳に届き、羞恥に顔を赤くしながら鱗はとぼとぼと歩き出す。

 本日の反省会に議題が早くも一つ追加されたことに、鱗は憂鬱な気分になった。


 せっかくすんでの所で間に合ったというのに、こうして彼は出席点をまた一つ喪い、なんなら単位を危うくしてしまうのであった。

 現在大学二回生である鱗は、今のところ取った講義の単位を遅刻やレポート忘れで半分ずつ落としている。

 この失点が大学生活の終盤でどのように自分を苦しめるのか、今の彼には想像もできなかった。

 ……いや、想像しておかないとマズいのだが。

 けれど彼がそんな風に先の事を今から考えておける人間であれば、そもそもこんな状態にはなっていない。

 つまり、なるべくして彼はこうなっていた。

 数年後の彼がのたうち回って苦しむのも、なるべくしての話である。



「……こういうとこなんだろうなぁ」


 気だるげに彼は深くため息をつく。

 自分の悪い所はこういうところなのだと。

 そんな風に彼もちゃんと理解しているし、明確に言語化はできなくとも改善すべき場所をなんとなく把握してはいるのだけれど、それをどうすればいいのかが彼にはわからなかった。


 現実という物に対する鱗の認識は、言ってしまえばけん玉のようなものだ。

 玉に空いた穴へ先端の棒を突き刺せばいいのはわかる。

 けれど、具体的にどうやってそれを行えばいいのかはわからない。

 体をどう動かせばいいのか、コツは何か、意識しておかなければならないことは。

 一般的な世間を生きる人たちはそのやり方を最初から知っているか、知らない事を問題にすらせず器用にやってのける。

 にも関わらず、自分だけルールブックを読んでいないからそれを知らない。

 彼だけがなぜか遊び方を知らない遊戯を、強制的にみんなと同時にやらされている。

 社会生活とは、およそその様なものだと彼は感じていた。


 しかしそんな無知や要領の悪さなど、本当はそこまで特筆する程の欠点ではないのだ。

 いや、欠点ではあるのだけれど、誰だって上手く出来ない事やよく知らない事などあるものである。

 言うまでもなく彼以外の人だって多かれ少なかれ失敗や挫折を経験し、試行錯誤の上でそれを乗り越えているのだ。

 彼はそれがわかっていない。

 なぜなら、彼は“彼以外の人間”ではないから。


 軒並み低いステータスの中で、突出して更に頭一つ抜きんでて低い『共感性』。

 それこそが彼に最も必要な、欠けた素養であるという事を、鱗はいまだ理解できていない。




 フラフラと目的も無くブラついていた鱗は、グゥとお腹が鳴ってようやく自身の空腹に気づいた。

 起床直後におっとり刀で駆けつけた為に、まだ今日はなにも口にしていないのだ。

 普段から朝食をとらない事もある彼だが、しかし今や時間はもう11時半過ぎ。

 流石に昼食くらいは食べておきたかった。


 そこで彼はふとある事を思いつき、あてどなく彷徨うのをやめ目的地へ歩を進める。

 一緒に昼食を取る友人も居ないので、普段鱗はコンビニの弁当やパンなんかを、ちょっと歩いた先の公園で食べたりしている。

 しかし今みたいな講義中であれば、食堂の利用者も少ないのではないだろうか?

 わりかし大きな大学である為、生徒が皆無ということは無いだろうが、それでもほとんどが空席のハズだ。

 彼にしては珍しい計算高い考えであった。


 普段は使えない食堂で温かいご飯が食べられると思うと、なんとなくだが急いで学校に来た甲斐があったかも知れない。

 講義に間に合うように大急ぎでやって来て、しかも間に合ったのに羞恥心から欠席するという意味不明な行動をしておいて、随分と都合のいい話だが。

 しかしその見当違いな結論でも、単純な造りをした彼の心理構造は十分に救われてしまうのである。

 器が小さいからこそ、小さな幸福で彼は満足できる。

 変な話かもしれないが、それこそが彼の持つ小市民的な性質とも言えた。


 少し浮かれた足取りで、食堂へ足を踏み入れる。

 彼の予想通り普段は混み合う食堂も、今はちらほらと疎らに数人利用しているのみ。

 これならばどこかに座っても、笑い物にされたりどかされたりはしないだろう。

 高校までならいざ知らず、彼も大学でまで酷いイジメを受けたりしているわけではない。

 とはいえ深刻なソレではないというだけで、複数の陽キャのグループから「容姿と様子のおかしい変な奴」と認識されており、彼らがイジりと称してからかってくる事はままあった。

 これに関しては少し変わった容姿と、かなり変わった人間性をしている彼の側にも多少の否がある事はいなめないが。


 緩くパーマがかかったように波打つ肩まで伸びた髪に、色素も厚みも薄い唇。

 小さく尖った鼻は時折何かを嗅ぐようにぴくぴくと動き、それにあわせて瞳が少し縦長の楕円をした三白眼が、何が珍しいのかきょろきょろと辺りを見回す。

 どことなく爬虫類というか、小さな蛇を想起させる風貌を鱗はしていた。


 そんな容姿のせいか……それとも性格のせいか、彼は今まで何度もイジメのターゲットにされてきて、それは大学の今も軽くなったとはいえ変わらない。

 しかしこれでも小中高からすればかなり良くなった方だった。

 数十人という大人数を一つの部屋に閉じ込め、一年もの間集団で毎日生活をさせるというのは、鱗にとってみれば地獄にも等しかった。

 もはや思い出したくもない、とばかりに彼は小さく身を震わせる。

 そもそもあいつらおかしいんだよな、どうして前イジメた人たちがあぁなっちゃったって噂を聞いて、その上でもっかい同じ事ができるんだろう。

 彼は未だに頭にこびりつく嫌な記憶と……鮮烈なグロ画像が脳裏を過り、頭を小さくプルプルと振った。

 少なくとも食事前に考えるような事じゃない。


 切り替えてさっさとお盆を手に取ると、空いた注文カウンターへ意気揚々と歩いてゆく。

 この学食のデミたまハンバーグ丼は結構評判がいいとネットに書いてあり、入学してから二年もの間一度は食べたいな……と考えていたのだ。

 さっきかいた大恥や嫌な記憶はいつの間にやら忘れて、ウキウキと取り出した財布を開き──鱗は固まる。


 果たしてそこに入っていたのは、100円玉が2枚だけであった。


「え、ええ……!? な、なんで……!」


 なんでもなにも、彼の財布に金がないのはもちろん彼が使ったからである。

 すっかり忘れているが、彼は昨日深夜の散歩でコンビニへと立ち寄り、なんとなくの誘惑に駆られてスナック菓子だの明日の朝ごはんだの一番くじだのと色々買い込み、気づけば数千円にも及ぶ無駄遣いをしていた。

 普段から散財することを想定していない大学生の財布など、それで空っぽになることも珍しくないだろう。


 とはいえ彼だって働いているのだから、口座にお金は振り込まれているし、ATMへいけば良いだけの話なのだが……。

 この無駄に広い大学において、食堂からATMまで歩けば往復で20分近くかかる。

 そうなれば講義は終了し、食堂はまたもや陽気で荒々しく陰キャぼっち君をイジるのが大好きな獄卒の如き学生たちで溢れかえって、またたく間に彼にとっての地獄と化すのは想像に難くない。

 いや実際の話、数人を除いてそもそも鱗のことを気にするような人間など居ないのだが、被害妄想たくましい彼にしてみればそうとしか思えないのだ。

 嘲られ小突かれて生きてきた彼のこれまでが、他者を過度に悪人じみて見せていた。

 けれど、こればかりは仕方のないことなのかもしれない。

 今まで彼に優しくしてくれた人間なんて、片手で数えられるくらいしか居なかったのだから。


 結局鱗は泣く泣くデミたまハンバーグ丼を諦め、200円の素うどんを購入。

 どんよりとした顔でおばちゃんから受け取り、広い食堂の片隅の席について啜り始めた。

 そうして数口食べすすめると、彼の表情が次第に明るくなっていく。

 なんだかんだと紆余曲折ありはしたが、レンチンではない茹でられた温かいうどんが殊の外美味かったのだ。

 思わず彼の頬が緩む。

 こうやって他人が作ってくれたご飯は美味しいものだなぁ、なんて手作りと呼ぶかも怪しい学食の素うどんに対してピントのズレた感想を抱くあたり、まぁ案外幸せな男ではあるのかもしれない。

 というよりは、幸せの閾値が低い男なのだろう。


 小さな八重歯の覗く薄い唇で、ぞるぞると具の無いうどんを上機嫌で啜り、鱗は最後には笑顔で完食した。

 傍から見れば学食のさして美味くもない安いうどんをさも美味そうに食べ、最後には笑顔にまでなってる変な奴であるが……まぁ、その笑みも見る者が見れば、思いの外可愛らしく映ったかも知れない。

 蓼食う虫も好き好きと言うものであるし。


 満腹になった彼はなんの気無しにスマホを取り出すと、机に置いて指先でたぷたぷとゲームをし始めた。

 先程タイムリミットを気にしていたのだから、さっさとお盆を片してこの場を後にすればいいものを、美味しくて温かなご飯を平らげた彼の頭からはそんな些事はすっかり抜け落ちている。

 人見 鱗は忘れっぽい男であった。

 「お、フェス来てる」なんて誰にも聞こえない声で呟くと、彼は難度の高いステージを選択しイベントを走り始めた。


 20分後、彼は肩を落とし泣きそうな目で画面を見つめていた。

「う、うぐぐ、どうして、こんなに引いてるのに」

 スマホに映っているのはRのキャラが10体。

 今や70連近くガチャを回しているというのに、フェス限ピックアップが一体も出ていない。

 運も悪ければ自制心も無いこの男に、ソシャゲのガチャは特攻でブッ刺さっていた。


「あ、悪徳商法だ……」

 ソシャゲのガチャが悪徳であるかどうかはさておいて、そう思っているならやめればいいのに、ここまで回したものだから彼も引くに引けない。

 そのまま躍起になって回す事追加で30連。

 天井に達しフェス限が交換可能なだけ引換券が溜まったタイミングで、彼はようやくピックアップキャラを引くことができた。

 

「やっ、やった……! …………い、今のだけで35000円!?」


 小さく喜びの声を上げるもつかの間、この十数分で溶かした金額を今更になって自覚し、鱗の顔からサーッと血の気が引いた。

 多少稼いでいるが金銭感覚は人並みな彼は、また我慢できず金を浪費してしまった事に深い後悔の念を抱く。

 途端、今まであんなに欲しかったキャラも、ただの光る板に映る絵にしか思えなくなり、どうしてこんなものにあんな大金を注ぎ込んだのか、彼は自分でもわからなくなってしまった。

 さっきからとんでもない気分の乱高下だが、鱗は常々こういった感じで浮き沈みの激しい気性をしている。もはや生まれ持った性質なので、こればかりは変えようがない。


 傍目から見てもわかりやすいくらい落ち込んでいる彼の背後から、ドヤドヤと賑やかな一団が近付いてくる。

 ハッと我に返った鱗が慌てて席を立とうとすると、ドンと背中に衝撃が走る。

 体幹が貧弱な鱗は、勢いに耐えきれずたたらを踏んで机に倒れこんでしまう。

 お盆に乗っていた丼にお腹からぶつかり、見事に腹部に丼型の丸いシミができてしまっていた。これはこれで奇抜なデザインと言われればそう見えなくもない程に、美しくへそを一周した位置の汚れである。

 なかなかこうはならんだろという結果を毎回引き起こす運の無さが、今回もいらない場面で存分に発揮されていた。



「オーィ、蛇じゃねぇかよ。なにやってんだこんなとこで、あァ?」


 先程の衝撃の原因である背の高い男性が、バカにしたような口調で話しかけてくる。

 もう冬だというのに浅黒く焼けた肌と、短く刈り込まれた金髪は、見る者によって軽薄と快活の異なる印象を与えるかも知れない。

 彼の名は澤木 慎、鱗と同じく今年2年の経済学部。

 この男こそ、鱗が危惧した陽気で荒々しい加害者の一人である。


「あ、いや、ちょっと、昼ご飯を……」

「んなもん見りゃわかるっつーの、頭わりぃな。なんで生意気にも食堂利用してんだって事に決まってんだろバカ」

「あ、ご、ごめん」

「謝んなや気色悪い。オラ、さっさとどっか行け」


 ちょっとーやめなよーなんて半笑いの声が、慎の後ろに立つグループの女子から上がる。

 無論、彼女らも真面目に慎の横暴を止めているワケではない。

 むしろ可哀想な目の前の小男を嘲笑しているようなものだ。

 ただその中で一人だけ、長い黒髪を後ろでまとめた女性だけ、その様をつまらなそうに見ていた。

 イジられた青年にも、自分が所属している集団にすらも、たいして興味がないように。


 笑われる己のみじめさに唇を噛みながら、鱗はほうほうのていでこの場から立ち去るのだった。

 



 そんな彼にとってみればありきたりな一場面を、食堂天井隅に設置された監視カメラが捉えていた。

 大学構内駐車場のバンの車内にて、一部始終のリアルタイム映像を眺める怪しげなスーツの男女の二人組が言葉を交わす。


「……アレは見逃していいんですか?」

「ま、あんなのに介入してたらそれこそキリがないからね。上も身体的な負傷を伴わない軽微なものなら黙認するようにってさ」


 男のその返答に、女はわずかに顔を曇らせる。

 いかに監視の対象とはいえ、目の前で行われる理不尽なイジメを看過しかねるといったその態度は、彼女の強い正義感を感じさせる。

 元より無辜な市民を守るためにこの職に就いた彼女にとって、この状況を放置せざるを得ないというのはかなりストレスだった。

 それになにより、霊祓師の間で囁かれる噂と当人とのギャップが、彼女をいっそう戸惑わせる。


 ……どうせなら、いっそのこと。


「言っとくけど下手に手を出すんじゃないぞ。もちろん、どっちにも、だ」

「……わかってますよ。仕事なんですから」


 先回りするように釘を刺されて、彼女は不機嫌そうにそう溢すのだった。

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