第2話魔性の女神
この日は下にだいたい20mほど掘った。
斜め下に掘っているから地上からの直下の深さはそれほどではないけど。
強者は直下で掘ったりもするらしい。
しかし当たりが悪いとどこまでも何も出ないうえに、大きな空洞の上を突き抜けてしまい落下死したり、ダンジョンにぶつかってしまったりする危険もあるのだ。
安心安全健康第一である。
掘ると落盤が怖いので土の魔法でホイホイと固めながら進む。
掘った土は圧縮して固める。
レンガぐらいに固まったなぁと思ったら背負い袋に入れて持って帰ろう。
覚えて良かった土魔法。
我流なので正しい使い方かは知らない。
ついでに土の中なのに空気も循環できているが、何がどうなっているとか理屈は説明できない。
そもそも地下世界は不思議なことだが、空気が循環しているようだ。冒険者が集うダンジョンも同じ。こまけぇことは良いんだよ。
感じるままに生きる、それが楽しく生きるコツなのだ。感じるままに生きてたら、ブラックな奴隷生活でしたということもよくある話だけど。
光魔法とかあれば便利なんだが、光属性は伝説の勇者にしか与えられないとかなんとか。
そもそも魔王も勇者も現実にいるとか聞いたことないけど。
そんなわけで土の中だけど、不思議と酸素は全く問題ない。土が酸素を発生させているのか、そもそも身体の作りが違うのか。魔法もあるしね。
実は僕はドワーフなんじゃないだろうかと思うこともあるが、強欲ババア曰く、一応は人間らしい。
一応ってどういうこと?
強欲ババアは僕の育ての親みたいなもので奴隷屋敷の主である。僕がモノゴコロついた頃から見た目は変わらない。年齢不詳のやさぐれた美女。
実際は産みの親とか見たことないから、僕にドワーフの血が混じっていたとしてもおかしくはない。
ま、どうでもいいことだ。
岩塩を効かした強欲ババアお手製の握り飯を食べて一服。休憩が終わると土の様子を見ながら、アタリが出そうな方向に目星をつけてまた掘り進める。
木のツルハシが一本また一本と壊れ、最後の一本になったところで今日はおしまいだ。
形の良い鉱石が取れたから、ここから形を整えて石のツルハシを作ってまた挑戦だ。
ツルハシを加工する道具は奴隷屋敷に揃っている。
職人がいるわけでもないから、それらの僕が使いたい放題なのが実に良い。
「随分、ご機嫌だねぇ?」
ホクホク顔で帰って来た僕を出迎えたのは、奴隷屋敷の女主人の強欲ババア。
俺が物心つく前から変わらぬ、やさぐれたアラサー風のオーラを漂わす実年齢不詳の美女。
繰り返すが美女だ。
美女の強欲ババアだ。
ボサボサの乱れ髪を乱暴に一本に括って、いつも宗教家が着るような貫頭衣を着ている。
手にはキセルを持って煙をプーっとふかしている。
実はスタイル良いし、着飾って整えればとんでもなく美人なうえに、もしかすると思った以上に若いのかもしれない。それでも今の姿は場末のやり手アラサー風美女にしか見えない。
実際に奴隷商を切り盛りするやり手ババアなのだから、それ以外の何者でもない。
僕は敬愛を込めて強欲ババアと呼んでいる。
「金目のものは持って帰って来たのかい?」
「んっ」
強欲ババアに促され、僕は自信ありげにぱんぱんに膨らんだ背負い袋を見せる。
「没収するよ!」
強欲ババアは僕の背負い袋を引っ掴んで奪った。
「ああ、ご無体な!? 石だけはァアアア! その背負い袋に入った石だけはお許しをぉぉおおおおおおおおおお!!」
「誰が石なんかいるかい! 金になるものを持って帰って来いと言っただろうが!!」
そう言って強欲ババアは僕の大事な石を重そうに放り投げた。
それに僕は不満の声をあげる。
「ぶーぶー、この石がなんの石か分かってるのか!?」
「なんだい? 実は宝石の原石混じりかい? それならそうと……」
そう言って強欲ババアは投げた石を拾おうと手を伸ばす。
それに僕は大きく頷き、宣言した。
「いんや、紛うことなき堅いだけのただの石だよ? ああ!? 強欲ババア、僕の石をさらに蹴り飛ばすなァアアアアアアア!?」
さてそんな日々を過ごしつつ。
今日も今日とて、ザクザクと石のツルハシで穴を掘っている。
ツルハシといっても鉄のように細く鋭利にした先端は、所詮、石なので
僕は日々、浮世の定めから離れ土を掘り進む毎日だが、地上はどこの世界も変わりなく忙しい。
強欲ババアが営む奴隷商も経営が大変そうだ。
年端もいかない幼児も含め、成人したての子供ばかりで現在10人ほど。
幼児までいるもんだから強欲ババアも走り回っている。
この間まではミクル姉という僕の5つほど上の世話上手で穏やかなお姉様がいたのだが、この度、見事に買い手がついたのか強欲ババアに娼館に売られて行った。
借金があるわけでもないようなので、ごく普通の仕事として働いているようではある。
穏やかで憧れのお姉様であるミクル姉なら、多くの少年たちが彼女に童貞を貰ってもらおうと殺到することだろう。
是非とも娼館で天下を目指していただきたい。
寂しさがなかったわけではないが、僕はミクル姉を励ますために、そんなふうに力強く拳を握って熱弁した。
これが強欲ババアなら僕の脳天にゲンコツの1発も落としたことだろう。
実際、強欲ババアはその場に一緒にいたので、脳天にゲンコツを落とされた。
しかしミクル姉は涙の浮かんだ瞳のまま、くすくすと笑ってくれて。
「じゃあ、アウグが成人したら、私が童貞をもらっちゃおうかなぁ」
僕はもうメロメロだ。
「おねがしやァァァアアアアス!!!」
その後は元気を取り戻してくれて、天下取っちゃおうかなぁ、などと野心に燃えていた。
どのような人生であっても、悲しんでも仕方ないのだ。
そのミクル姉だが落ち込むことなく変わらない穏やかな優しさを持ち続けており、すでに男女問わず大人気となっているそうだ。
女もかよ……。
さすがはミクル姉。
世界は目覚めさせてはいけない魔性の女を目覚めさせてしまったようだ。
あ、石炭ゲット。
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