第27話 昔話4

「両者前へ。」


お互い歩み寄り、拳を前に出して構える。

両者の拳と拳が交わるくらいの距離で静止する。


「降参の合図でやめとする。」

「始め!」


「ふっ!」


その号令がかかった瞬間、目の前のメスガキはおれの腹にめがけて拳を突き出した。


「ッ!」


何とか躱し、一度距離を取る。


相手に目を向けると、一瞬驚いたような顔をするが、すぐに真顔に戻ると、右手を引き、左手を前に出し、足を開いて構える。


武道などは経験したことはないが、ド素人目ながらに隙のない構えだと思った。


「ッは!」

「なっ!」


一瞬にして三メートルほどの距離が埋められ、がら空きだった腹に拳が入り込む。


「ぐっ!」


みぞおちに思い切り入ったので、かなりキツい。お昼ご飯出てきそう…


「降参したほうがいいんじゃないっすか!」


メスガキは一瞬下がったかのように思えたが、すぐに距離を詰められる。

足をかけられ、転ぶ。

青白い蛍光灯がまぶしい。


「はっ!」


地面にあおむけに倒れたおれのみぞおちに打撃を加えようと、右手が迫る。

慌てて掴むが、メスガキの左手がみぞおちに狙いを定めた。


「ッ!」


咄嗟の判断で足をメスガキの腹にまわし、そのまま回転してマウントポジションをとる。


「がッ!」

「ッ形勢逆転だよボケが!」


地面に叩きつけられ、苦悶の表情が浮かんだ相手にそのまま拳を突き出す。


「っゴメンね。」


オレンジ色の瞳が真っ直ぐとおれを射抜く。

その刹那に、確実に聞こえた、謝罪の言葉が。


「ッぐう!?」


背中と腹に衝撃が加わる。視界が歪み、腹から液体がせりあがってくる。


「んぐっ」


無理やり逆流してきたものを飲み込み、堪えるが、体の痛みまでもは誤魔化せず、そのまま仰向けに倒れる。


「はぁ…はぁ…」


「もう動けないっすよね?降参するっすか?」


「…あぁ…降参だよ降参。そもそも無理だってんだよっ。」


「両者やめ!」


審判からやめの合図がかかる。横目で見た感じ、旗を上げたんだろう。


「勝負あり!」


負けた…しかも最後の一撃は何をされたのかがわからなかった。

武道経験がないにしてはやれた方なのかもしれないが、この腹の痛みと先ほどの悪心がその妥協を許さない。


「くそっ!」


メスガキから差し出された手は受け取る気になれなかった。

乱雑に振り払い、痛む体に喝を入れ、立ち上がる。


「ふ、ふふ。ぜ、ぜってえ負けねえからな!」


雑魚キャラのようなセリフを吐いてその場から駆け出すことしかできなかった。

悔しい。勝ちたかった。

経験があるないの話じゃない、ただ負けたくなかった。

両の頬をとめどなく伝う熱いものを服の袖でふき取り、走り続けた。


「っうぅ。」


間もなく見えた『喫煙所』の文字。

扉をバンと勢いよく開け、中にいた女性、曽禰カ崎さんに話しかける。


「曽禰カ崎さん。おれさ、負けたよ。当たり前かもしんないけど。」


意識していた敬語もやめ、ただあったことを話す。


「まあ予想はできたよ。で、なんで泣いているんだい?…大体わかるけどね。」

「あんた、師範代なんだろ。おれに武道を教えてくれ。悔しいんだ、このまんまじゃ終われねえ。絶対に次は勝つ。」


おれがそう懇願すると、彼女はニヤリと笑った。


「へえ、やっぱりやる気になったんだ。うん、教えてあげるよ。ただし、私のことは師匠と呼ぶこと。」


これが、師匠とおれの原点だ。

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