境界線のラーメン屋

主道 学

第1話 空腹のまま

 遊歩道を歩いているとふと気になった。

 自分は今どこを歩いているのだろう?

 会社から少しだけ離れたかった。

 6月だというのに桜が所々に咲いていた。

 上司の顔も同僚の顔も少しの間だけ忘れたかった。


 風もなく当てもなく。

 陽光も俯き加減で弱く。


 私も俯き加減にアスファルトに目を落としていた。縁石を挟んで片側一車線の道路には車もバイクも通らなかった。


 通行人も一人もいない。


 今は何時だろうか?


 時々、虚しいという気持ちが湧いてきた。

 まるで、彼女との約束を忘れて男友達に連れ回されるような。

 私には彼女と呼べる相手はいなかったが、気持ちは痛いほど解っていた。

 トボトボと歩いていると、人気のない住宅街についた。

 飼い主を待つ犬の吠え声が聞こえる狭い歩道に一枚の券が落ちていた。

 何とはなしに拾ってみると、餃子一皿無料券だった。


 フラついたので電信柱に少し寄り掛かってみる。

 

 どこにでもある住宅街だ。太陽からの弱い陽光の中。ペンキを塗りたての青い家や新聞受けにチラシがたくさん詰まった家。広い庭で家庭菜園をしている家など、私は辺りを見回したが、知らない場所へ来たと思った。


 些か心細い。しばらくその店を探すと、こじんまりとしたラーメン屋を見つけて中へ入った。


「いらっしゃいませ」


 厨房からしわがれた声が聞こえてきた。

 店内は薄暗く。

 カウンター席とテーブル席が二つ。

 厨房は奥にあって、愛想のいい初老の調理人が微笑んでいた。

 お客は一人もいなかった。

 私はカウンター席へ座った。


 メニューを捲り、担々麺と餃子。五目あんかけそば、チャーシューメン。半チャーハンに、回鍋肉にニラレバ炒め、酢豚と若鶏の唐揚げ、ゴマ団子にシューマイを頼むことにした。

 かなりお腹が空いていたのだろう。

 この時になって初めて気が付いた。


「あら、富田君」


 注文を受けにきた20代の女性を見て驚いた。

 そこには、私と同じく会社をリストラになった仁志田(にしだ)さんがいた。

 私の先輩だった。


「驚いたわ。あなたもここへ……」

「ええ……」

「全部……一人で食べるの?」


 初老の調理人が注文を受けて奥へと向かった。

 仁志田さんは私の隣へ座ると、複雑な顔をした。


「ここへ来たってことはもう戻れないはずよ……」


 私は首を傾げるが、何故か頭の中のどこかでは理解していた。


「ええ……」

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