第3話

「女に働かせて、飯作らせて。食器も洗わせてる。良いご身分だにゃ?」

「勝手にやってるんだから知らんわ」


 家に来て飯を作れと命令してるわけでも何でもない。


 仕事に関して俺は定時を割る勢いで帰るし、帰って良いと言っている。むしろ残業代というシステムもないので帰れというスタンスだ。仕事が終わらないなら人員のことも含め相談にも乗るとも言っている。その上で勝手に仕事を頑張るなら、もう知らん。


 少なくとも俺は仕事が全てになってしまう社畜になりたいなどとは一ミリも思わないので、結果破綻することになっても仕事に自分を捧げるつもりはない。最悪は冒険者崩れの狩人にでもなる。シマもいるし、最低限の収入は得られるはずだ。

 それよりも普通の仕事に就きたいが、狩人ならどんな町でもまず受け入れられるし。


 そもそも俺がトップになっている状況がわけわからんのだけどな。


 飯に関しても言わずもがな、アケミさんが好きで来ているだけだ。招待という形になってしまうと面倒だし、来るなら飯くらい作って欲しいと言ってはいるけど。


「あとそれを言うならお前もしっかり働けよ?」


 ペットではあるがこうして意思の疎通ができる以上、いつもいつでもタダ飯を食わせるという考えが俺にはない。


「こんにゃに可愛いのににゃ?」

「関係無いわボケ」


 可愛いは可愛いと思っているのでそこは否定しない。だが俺は可愛かろうが平気で殴れるタイプだ。……こう表現するとヤバいな。


「そういや看板はどうだったん?」

「完璧にゃ。明日には死体が積みあがってること請け合いにゃ」

「それは看板として機能しなさそうだにゃー」


 いや?今回の悪戯対象はデクルになるはずだし、問題ないか。しかも看板にデクルの死体があれば、初めて来た冒険者はどういう場所か一発で理解してくれそうだし、ありかも。


 やったれ害悪デクル。同族の死体を積み上げろ。


 当たり前だが、デクルとて同族殺しは結構なことだ。それは本能レベルで分かっている。しかしそれはそれとして、悪戯の結果うっかり殺すことは珍しくない。


 そうなったらどうなるのかというと、当事者は「てへっ///」で済ませるし周りも「引っかかるなんてデクルの恥さらしなのでは?引っかけた奴って優秀では?」みたいな感じらしい。


 そんなんだから、シマのように「じゃあ別によくにゃい?」という個体も出るのだ。


 改めてデクルの倫理観は終わっている。


「何の死体が作られるのか楽しみにゃ」


 おい。

 デクルならともかく人間を殺すな。


「もうちょっと手心を加えて、死者が出ないようにしような」

「あれ?看板に悪戯する奴は地獄に落ちろって言ってなかったかにゃ?」


 あー、はいはい。誰であろうと看板に悪戯したらヤバいって話ね。まあ人間はしないだろ。

 というか分かってて言ったなこいつ。見れば一本取ったとばかりに「フフン」とドヤ顔を晒している。


 腹いせに首根を掴み、ソファーへ投げつけた。




 翌日の朝、通勤の際に森への入口に置いてある看板を見に寄ってみると、小動物モンスターの死体が一つ転がっていた。嫌な感じではあるが、だからなんだという話だろう。死体をそのままに、役所へ向かう。どうせデクルのおやつになるだけだ。


 役所に着くと、警戒しながら町長室へ入る。俺の職場だ。


 主な仕事は町長としてのそれと、デクルや担当の決まっていない相手との交渉。これは特に冷静じゃなさそうな冒険者が該当する。要は危険の伴う話し合い担当だ。

 理由はいくつかあるが、デクルに甘くないことから公平に判断ができることと、護衛の関係がデカい。


 この部屋の上には腕の立つ護衛が住んでいて、昼間は大抵そこで寝ている。何かあればすぐに助けてくれるという寸法だ。ついでに俺も最低限は戦える。


 話し合いを除いても仕事中に危険が及ぶ可能性の高いのは一応俺なので、一石二鳥になるということでこのような形になった。


 仕事中以外の危険に関しては、キリがないので気にしていない。護衛だって四六時中仕事は嫌だろうし、俺なんかのために追加で護衛を雇う余裕なんてない。この町を乗っ取る旨味なんて少ないし、他の町よりも町長だから狙われるという心配も少ない。



「あのー」


 本日最初のお客さんは、もうすぐ昼になろうかという時に来た職員の男性だった。声は聞こえるが姿は見えない。


「今日まだ来てないから平気」


 気にせず部屋へ入るよう言う。


「はい。えっと、看板のことって何か知ってます?」

「シマが看板に悪戯するやつに悪戯するって言ってたけど」

「あー、それですかね。僕が見た際にはデクルが一匹死んでたんですけど、嫌な感じがしてそのまま来まして」


 あれ、俺が見た際にはそんなことなかったはずだけど。

 あの小動物が罠だったのか?


「そしたら同じ道を透る職員が、二匹のデクルが死んでたのを見たみたいで」


 やってんねー。マジでやるのがデクルだ。害獣の名は伊達じゃない。


「さっき帰ってきた用事で出た者が見た時には人が死んでたみたいで」

「まじかよ」

「触るの怖いんで、見て来てくれません?」


 そりゃそうだ。そんなの確かめようとしたら自分が死ぬって誰でも思う。俺も思う。パス使って良い?

 ……ま、そんなことも言ってられないわけで。


「シマ探して来るわ……」


 人殺しは普通に問題だし。ついにシマを処分する時が来たか。長いような短いような。今までありが……いや感謝することはべつにないか。


 さて、シマはどこに行ったのか。


 今朝は特に何も言っていなかった。情報はない。こういう時は森へ行くか、俺の仕事部屋に来るかの二択なことが多い。

 でも仕事部屋には来なかったわけで、そうなると森。ということじゃないと思われる。


 犯人は現場に戻ってくる。そう誰かが言った。ニュースで犯行現場近くの人にインタビューしてたら、そいつが犯人だったこともあるくらいだ。


 看板の前まで行くと、本当に人の死体があった。ついでにデクルも一匹死んでる。


 はて、デクルは二匹死んでるという話だったはずだ。いや、後から人の死体を発見した人はデクルの死体についての言及がなかった。つまりその時点ではデクルの死体が消えていた可能性もある。


 謎は全て解けた!犯人はお前だ!


「にゃははっ、死んでるにゃー」


 死んでるんじゃなくあんたが殺したんでしょうが。


「何殺してんねん」

「にゃ?構わないって言ってなかったにゃ?」


 言ってはない。ん、でもそうか。


「悪戯しようとしなければ、間違いなく死なないんだな?」

「そりゃそうにゃ。あちしは嘘つかないにゃ」


 嘘つきがよく言う。でもまあ、この場合は嘘じゃないだろう。なぜならデクルは自らの悪戯の成果を正しく自慢したいからだ。害獣らしいプライドを持っている。


 つまりこの人間とデクルは看板に何かしようとしたからこうなったと。


「具体的な内容を言え」

「あちしの傑作をとくと聞くが良いにゃ」


 ある種単純だから助かる面もある。


 シマ曰く、まずはこの看板に注目してもらわねば話が始まらないと言うことだ。そこで注目させるために、幻術を用いて看板の前に死体が映る様にしたと。うむ、初っ端からクソみたいな発想だ。


 幻術は自己意識を投影する形のもので、何が見えるかは当人によるらしい。無駄に高等なことをしているな。このせいで見えたものがまちまちだったんだな。

 そして看板に強い衝撃を与えたり魔法を使うと、そのエネルギーを使った反射攻撃が看板から飛び出してくるという寸法だ。まさか看板からそんなものが飛び出してくるとは思わないから、隙だらけで刺さるはず!天才!とのこと。


 使用した魔法はエネルギーの吸収と、そのエネルギーを逃がすための放出。攻撃の意思はなく看板を守るための仕掛け。たまたま放出方向が真正面だし上手いこと収束されてるだけなんだそうだ。


 突っ込みどころは満載だが、現にこうして引っかかってる馬鹿がいるのだから全否定は難しい。にしてもデクルはともかく、人間がなんで……。


 ん?この死体、何か見覚えが……。あ、昨日の冒険者だ。


 ……じゃあいっか。


「よし、許す」

「許されたにゃ?」

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