砂糖の無い人生なんていらない

1章-1 夢見る乙女

 私は今日も自分を着飾る。自分の好きだけを詰め込んで、世界一可愛くなるように。誰にも負けないように。

 これから向かうのは戦だ。少しでも隙を見せてはいけない。私の心はガラスで出来ているから。

 身支度を終えて、天使の羽の付いたリュックを背負う。よし、これでいざとなったら空を飛んで逃げられる。

 お気に入りのパンプスを履いてフリフリの日傘を持ちドアの前に立つ。私は深く深呼吸をして笑顔を作り、近くの鏡を見る。そこに写っている女の子はまるでこの世の全てが愛おしいとでも言いたげな表情だ。さすが私。完璧!

「いってきます」

 家に居る私の大好きな可愛い物達にお別れを告げる。すぐ帰ってくるからね。少しだけ良い子で待っててね。

 ドアを開けた。相変わらず外は酷い天気で、私は手にある日傘を即座にさした。太陽も私の敵だ。油断してはいけない。私はゆっくりと目的の場所に歩みを進める。それはもう緩やかな速度で。走るなんて事は絶対にしない。汗をかくし疲れるし、みっともない。たとえ遅刻したとしても私は優雅に歩く。


 今日の敵の陣地もいつもと変わらず人が溢れかえっている。それなのにどの人も個性が無く、同じ様な見た目で、同じ様な話をしていて、同じ様な遊びをしている。そんなんで人生楽しいのだろうか?本当はみんなおとぎ話の様なドラマチックな毎日を送りたいくせに、そんな勇気も出ずつまらない日々を繰り返している。怠惰で面白みのない人達だ。関わりたくない。


 今日の一限は確か倫理学だったはず。私は三階の隅の教室へ向かう。周りの子達は誰かと一緒にいる子が多いが私にはそんな相手はいない。いや、必要ない。人と関わったっていい事なんて一つも無い。

 戦場に着いた時にはもう結構席が埋まっていた。私はいつも通り後ろの空いてる席に座る。私が座ってしまえば周りに誰も寄ってこないから良い。平和だ。敵と戦わずして勝つ。

 授業が始まる。話自体は聞いてるものの、頭には全く入ってこなかった。きっと私の人生に不必要な知識だからだ。……まずいこのままだと寝ちゃいそう。

 私は急いで夢の世界に入る。つまり、空想を始めた。私と同じ姿をした女の子が生まれてから幸せになるまでのお話。途中で沢山の苦難はあるが、それを全部乗越えて最後は必ずハッピーエンドで終わる。もちろん、ハッピーエンドというのは王子様と結ばれるという意味だ。自分の事を肯定してくれて、守ってくれて、愛してくれる人。そんな理想の王子様を頭の中で作り上げる。何回も、何回も。同じ様な人物を。人物だけじゃなくシチュエーションも毎回ほとんど同じだった。ただただ私が気持ちよくなれるだけのお話。刺激なんて求めてない。幸せだけを浴びていたい。

 気がつけば授業終了のチャイムがなっていた。やっぱり空想は最高だ。授業を聞くより余程有意義な時間を過ごせた。


 授業が終わってすぐ私は戦線離脱した。今日は一限だけだからもうここに用は無い。さらば!

 勢いよく大学を出てきたが、走りはしなかった。走っていたのは気持ちだけで、実際はゆったりと歩きながら校舎を出た。

 いつもならご飯を買ってすぐに家に帰るが、今日は用事がある。


 私はゲームセンターに来ていた。家から近く、規模も大きくて欲しい商品はほとんど入荷するためよく通っている。今日来たのは本日入荷予定になっている、夢見るうさぎ〜ホイップクリームパーティ〜のシュガーちゃんをゲットする為だ。本当は開店直後に来たかったけど、これ以上学校を休むのはまずいし一限だけだったから我慢した。

 私は店内を歩いてシュガーちゃんを探す。ホイップクリームパーティシリーズは歴代のシリーズでもトップクラスの可愛さだ。私の大好きなシュガーちゃんはホイップクリームのヘッドドレスを付けて、服はケーキのスポンジや苺をイメージしたデザインになっている。しかも首元のリボンはクリームのようになっている。可愛すぎる!!絶対欲しい!

 その時遠目にシュガーちゃんが見えた。あれ……あと一個!?

 筐体の中にシュガーちゃんはひとりしかいない。他のキャラは居るのにシュガーちゃんだけ居ないってことは本当にあと一つだけ……

 私は急いで両替機へ向かう。早く、はやくしないと。ああなんで予め百円用意してなかったんだよ馬鹿!遅くなってごめんねシュガーちゃん。今助けてあげるからね。


 そして私がシュガーちゃんの元へ戻った時、そこには別の人が居た。

 その人はシュガーちゃんを狙っていた。

 ああ、シュガーちゃん。私が来るの遅れたせいで……。やっぱり大学なんて行くもんじゃない。朝から来てれば絶対に取れたのに。

 でもここで諦める訳にはいかない。私はスマホでシュガーちゃんが入荷してるゲーセンを探す。

 しかし、夢見るうさぎはマイナーとまでは行かずとも特別人気では無い。置いてあるゲーセンは近くても行くのに2時間はかかってしまう。その間にシュガーちゃんが無くなる可能性は高い。

 私はシュガーちゃんを攫おうとしている男の人を眺めていた。この人もシュガーちゃんが好きなんだろうか。だったら仕方ない。先に居たのは私では無く彼なのだ。後から来た私には文句を言う筋合いなんてない。

 時間はかかるけど他のゲーセンに行ってみよう。もしかしたらまだあるかもしれないし。私は僅かな希望を胸に、店を出ようとした。

「あれ、ロリータちゃんじゃん」

 後ろから声をかけられた。呼び方から察するに同じ大学の人だろう。油断していた、敵はどこに潜んでるか分かったものじゃないのに。正直振り向きたくなかったが、ここで無視をすれば負けだ。私は勇気を振り絞って振り返る。私に声をかけた男の人は手にシュガーちゃんを持っていた。

「こんなとこで何してんの?というか今日も相変わらず凄い格好だね」

 その人は半笑いでそう言った。恐らく私を馬鹿にしてるんだろう。

 何か反論しないといけないのに私の目線はシュガーちゃんに釘付けになっていた。やっぱり可愛い。欲しい。

「ねぇ、聞いてる?……もしかしてこれ欲しいの?」

「……欲しかったけど貴方が最後の一個を取ったから私は取れなかったの」

「ああ、それはごめん!悪いことをしたね」

 手を合わせて申し訳ないと思ってるような素振りを見せる。

「私が遅れたのが悪いから貴方が謝る必要は無いです。……私もう行くので。さようなら」

「あっちょっと待って」

 彼が私の腕を掴んだ。私の心臓は飛び跳ねたんじゃないかと思うぐらい脈打った。

「これあげるよ」

 彼は私にシュガーちゃんを差し出した。

「…………え」

 理解が出来ない。せっかく取ったシュガーちゃんを他人にあげるなんて。何を考えてるんだこの人。なにか裏があるんじゃないか。

「い、いやこれは貴方が取ったんですから貴方の物です。私は別のお店で取ります」

「えーでもこの店にもう無いってことはもう他のとこも無くなってるんじゃない?」

「……」

「それにこれ彼女が欲しいって言ってたから取っただけだし。俺が欲しかった訳じゃないから別にいいよ」

「……彼女さんにあげなくていいんですか?」

「何か別の物あげることにするよ。ロリータちゃんの方がそれ欲しそうだし、貰ってよ」

 正直複雑だ。他の人の元に渡るはずだったシュガーちゃんを私が持っている。これは正しい事なんだろうか。それに無償で貰う訳にもいかない。

「だからその代わり、ちょっと付き合ってよ。行きたい所あるんだよね」

 ……嵌められた。


「ロリータちゃん今日の授業出たの?偉いねー俺サボっちゃった。そういえば、ロリータちゃん名前はなんて言うの?」

「夢城透花です」

「透花ちゃんね。俺は楠木秀星。秀星でいいよ」

「楠木くん、私と遊ぶのはいいけど彼女さん怒らないですか?」

「秀星でいいのに。……もしバレたら怒られるだろうけどその時は別れればいいし」

「最低ですね」

「はは!最低でしょ」

 楠木くんは整った顔立ちをしていた。これは女子にモテるだろう。今の彼女に振られた所で痛くも痒くも無いんだろうな。私にはわからない感覚だ。

 私達はファーストフード店で食事を取っていた。朝ご飯を食べてから何も口にしていなかったから最初がここで良かった。ポテトおいしい。

「透花ちゃんもポテトとか食べるんだね」

「なんですかそれ」

「だって毎日そんなフリフリの格好してお姫様かよって感じの振る舞いしてるし。お砂糖が入ったものしか食べられないの。とか言いそうじゃん?」

 確かにお腹が空いていて忘れていたけどポテトを食べまくるのは上品な姿では無さそう。……今日くらいいいか。これは楠木くんに付き合ってるだけ。私の意思じゃない。

 ちなみにお金は私が払った。シュガーちゃんを貰ってしまったし、一日一緒に行動するだけじゃ割に合わない気がした。

「お腹も満たされたし、次どこ行こっか?」

「決めてないんですか」

「特にはね。透花ちゃん行きたいとこある?」

「ありますけど、いいんですか?」

「お、いいよ!行こ」


「いいって言ったのは俺だけど、ここかぁ〜」

「前言撤回はなしですよ」

「はいはい」

 私達は魔法使いポメのテーマパークに来ていた。そこらじゅうに可愛い魔法使いのポメラニアンが居て最高だ。

「ここよく来るの?」

「はい。年間パスポートも持ってます」

「おーじゃあ案内は任せるね」

 楠木くんはそう言った後私の手を握った。私は声が出そうになったが我慢した。多分この人にとっては何でもない行為なんだ。……でも私と手なんか繋いで恥ずかしくないのかな。


「ポメちゃん可愛い!天使!」

「あっこれ前来た時はなかったやつです。ちょっと見てきます!」

「これ間近でポメちゃんが魔法使うとこが見れて凄い人気なんですよ。せっかくなので乗りましょう!」

「あのポメちゃんの写真撮りましょう!」

「新商品出てる!売店寄っていいですか」

 何回来てもここは飽きない。ポメちゃん、可愛い。そして私はにやにやしてる楠木くんを見て我に返った。はしゃぎすぎた。

「ごめんなさい、私ばっかり楽しんじゃって」

「別に?俺は透花ちゃんの笑顔見てるだけで楽しいからさ」

「そうですか。それは良かった」

 いつも笑顔でいるつもりだけど今の私はいつもと違う顔をしていたのだろうか。

「大学でもそんな風にすればいいのに。そしたらきっと友達だって出来るよ?」

「余計なお世話です」

「はーいごめんなさーい」

 誰かとここに来るのなんて初めてで、ましてや男の人と遊ぶなんて私には遠い世界の出来事だと思ってた。それに大して楽しくないだろうとも思っていた。でも、今凄く楽しい。この時間ができるだけ長く、続きますように。


「そろそろ暗くなってきたね」

「ですね」

 こんなに時間があっという間に過ぎたのは久しぶりだ。時間を忘れるぐらい楽しんじゃってたのか。

「送ってくよ」

「一人で帰れますし、大丈夫ですよ」

「女の子一人だと危ないでしょ?いいから一緒に行くよ」

 誰かに優しくされるのなんていつぶりだろうか。ずっと毎日戦っていたからわからない。わかる必要も無いのかも。


「ここまでで大丈夫です」

「そう?」

「はい。もう、すぐそこなので」

 今日はありがとうございました。さようなら。という言葉が喉から出ない。頭には浮かんでいるのに。

 黙っている私を見て楠木くんが口を開く。

「今日は付き合ってくれてありがとう。ぬいぐるみの事も本当に気にしなくていいから」

 別に私はシュガーちゃんの事を気にしていた訳じゃない。でも楠木くんはそう解釈したらしい。

「じゃあ、またね」

 軽く手を振って楠木くんは駅の方へ歩いて行ってしまった。私は見えなくなるまでその姿をみていた。


 私は家に帰ってきてそのままベッドに倒れ込んだ。そして今日の事を思い出す。

 正直今日一日中心臓がおかしくなりそうだった。顔が赤くならないように細心の注意を払っていたけど大丈夫だっただろうか。

「またね、か」

 次の機会があるのだろうか。いや、そんなわけない。勘違いするな。今までだってそうだったでしょ、透花。思い出して。他人に期待しちゃ駄目だ。期待したって、最後は裏切られる。私なんかじゃ、無理だ。

 楠木くんに貰ったシュガーちゃんを抱きしめる。このシュガーちゃんは特別可愛く見える。きっとそれはデザインとかの問題では無く、心の問題だ。



 この日私の好きなものリストに楠木秀星が加わった。だからといってどうという訳でもないけど。



 次の日も私は大学に来ていた。今まで誰の顔も覚えていなかったけど、今は一人だけ知っている。私のことをロリータちゃんと呼んでいたし多分同じ文学部だろう。

 いつもより早めに教室に入り席に着く。そして本を読む振りをして周りを見渡す。楠木くんはまだ来てないみたいだ。

「秀星遅い〜」

「あいつ今日もサボりか?」

 普段は聞こえない生徒達の声が今日は耳に入ってくる。ぞわぞわした。楠木くんと仲が良い人達だろうか。

 授業の始まりを知らせるチャイムが鳴る。と、同時に一人ドアから中に入ってきた。

 楠木くんだ。

「秀星!もー遅いよ」

「ん?でもまだ遅刻じゃないし全然平気でしょー」

 楠木くんと生徒達が喋っている。昨日は私と話してたのに。あんなに笑顔を見せてくれたのに。


 授業が始まってからも私は楠木くんを見つめていた。

 どうしよう、かっこいい。

 自分でも単純だと思う。たかが一日一緒に遊んだだけだ。楠木くんにとってはただの暇つぶしだろう。でも私にとっては凄く幸せな一日だった。

 楠木くんが笑う。目を細めた顔が艶やかで、見蕩れてしまう。またその目で私を見て欲しい。でも今の彼が見てるのは隣の女の人だ。

 ……彼女、だろうか。やたらと楠木くんにべたべたしていて、気持ち悪い。やめて欲しい。楠木くんに触らないで。

 でも、私にそんな事を言う権利は無かった。だから空想だけで我慢することにした。

 いつもはあやふやな王子様の顔が今日ははっきりしている。王子様だけじゃなく、悪役の女の人の顔も見覚えがある。というかさっきから見ている顔だ。悪役の女の人は私を罠にはめ、家に閉じ込めてしまう。そして自分が王子様と結ばれようという魂胆だ。でも王子様はそんな人には見向きもせずに私を探して、見つけてくれる。最後に私と王子様……楠木くんは結ばれて終わり。ハッピーエンドだ。

 …………さすがに現実の人でする空想は恥ずかしい、というか申し訳ない。でも私の中の王子様は完全に楠木くんになった。前の王子様はどこかへ行ってしまった。

 このままじゃまずいのは分かってる。私なんかが人を好きになったってろくな事にならない。

 でも止められない。恋っていうのはなんて煩わしいんだろう。


 楠木くんはこっちを見ない。

 私を見て、話しかけて、なんて甘い事を思ってしまう。話しかけられても上手く返せる自信なんて無いのに。昨日会話が続いたのだって私にとっては奇跡みたいなものだ。

 授業終了のチャイムが鳴る。

 楠木くんはこちらを見ることなく教室からあの生徒達と出ていった。安心したような、悲しいような。

 誰もいなくなった教室で私は楠木くんが座っていた席に座った。椅子はもう冷たくなっていた て、体温は感じられなかった。


 家に帰って私は 恋愛 占い 当たる で検索した。

 占うには生年月日も必要なものが多かった。私は彼の名前しか知らない。

 それでも好きになってしまったんだ。もうどうする事も出来ない。いつもこの時間はネットで可愛い服を探したり、部屋にある可愛いものを眺めたり、空想をしたりしてるけど今日は夜になるまでベットの上で楠木くんの事を考えていた。夜が更けても、考えていた。

 私の王子様がやっと現れた。



「ロリータちゃん今日もそんな格好して恥ずかしくないの?」

「学校くらい普通の服装で来なよ。周りから浮いてるの分からない?」

「……」

 私は俯く。そこに周りの人達は追い打ちをかける。

「そんなんだから友達が出来ないんだよ」

「独りぼっちで惨めじゃないの?」

「本当は寂しいんでしょ」

「透花!」

 雑音の中に優しい声が響く。

「秀星……」

「行こう、透花」

 そう言って秀星は私の手を取って走り出す。そして私も走った。……走った?


 そこで私は目を覚ました。当たり前に夢だった。

 なんて幼稚な夢なんだろうか。私は顔から火が出そうなほど熱くなった。夢は願望と言った人、お願いだから嘘だと言って。


 今日も私は楠木くんを見つめる。あれから一度も彼とは話していないけど、毎日毎日頭の中は楠木くんでいっぱいだった。

 もしかしたら楠木くんもそうなんじゃないのかな。

 有り得ない想像をしながら私は一日を過ごす。楠木くんの事を考えるだけで何でも頑張れるような気がした。実際学校にはちゃんと来てるし、バイトも頑張ってる。

 私はまたいつか楠木くんが私に話しかけてくれる日を夢みてる。楠木くんが私の王子様なら、きっとその日は訪れるだろう。



 それから3ヶ月が経った。その間、何も無かった。本当に何も無かった。

 毎日毎日何かに期待して学校に来てはいるが、何も起きない。

 前までは好きな服を着てお姫様になりきっているだけで十分だったのに、一度あの幸せを味わってしまったらそれだけじゃ足りなくなる。

「帰りカラオケ行かね?」

「いいね 」

「賛成ー!」

 楠木くんはいつもと同じ人達と話していた。私もあの場にいることが出来れば。でも、私がカラオケに行ったところで歌える曲なんて無い。

 こんな風に盗み聞きをする事でしか楠木くんについて知ることが出来ない。今分かってるのは、私と同じで一人暮らしをしてる事とコンビニでバイトしてる事。あと勉強はそこそこ出来るけど提出物を出すのを忘れがち。そんなとこだ。趣味などの話は全然していなかった。彼女の話も幸い特に何も無かった。強いて言えば元カノが結構いる感じの話ぐらい。でもそれは何となく察しがついてた。……やっぱり彼は私の王子様じゃないのかな。私が一人で舞い上がりすぎただけ?でも、そんなんで納得出来ない。じゃああの日の出来事は何だったというのだろうか。こんな展開私は認めたくない。



 大学を出て私はあのゲーセンに来ていた。楠木くんが取ってくれたシュガーちゃんが入っていた筐体も今は別のぬいぐるみが入っている。

 なんだか私は泣きたくなった。自分が余りにも惨めで、みっともなくて。あの日の出来事も全部夢だったんじゃないのか、本当は楠木くんなんて居なくて全部私の妄想なんじゃないのか。そんなことを考え始めてしまい、私の心はどんどん暗くなっていく。

 本当に泣いてしまう前に帰ろうと思い出口へ向かう。私が出る前にそこは開いた。




「あれ、透花ちゃんだ」

「……楠木くん」

 私達はまたここで会った。

 うん、なんかもうさ、やっぱりこんなの運命じゃん。今までずっと辛かったけどやっと報われる時が来たんだ。勘違いじゃなかった。この人は私の王子様だ!だって今は本当はカラオケに居るはずなのに。あんな人達じゃなくて私のいるゲーセンに来てくれた!私が一番!この人は私の事が好きなんだ!

「久しぶりだね?」

「う、うん」

 今日の私は変じゃないだろうか。楠木くん、私の事可愛いって思ってくれてるかな。そういえば前お姫様みたいな振る舞いって言ってたし、私の事お姫様だと思ってるんだよ!

「……せっかく会ったんだしどっか行く?」

「行く!」

 楠木くん、私のことを連れてって。どこまでも遠くへ。誰も来れない場所まで行こう。二人だけの所まで。他人なんて要らないから。私をお姫様にして。

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