12.仲良しエージェントと兄妹エージェント

 ルイニアを出たC分遣隊は三日間を移動に費やした。途中で幾つかの小都市を経由しながら、戦争が日常化した世界の人々の生活を観察し続けた。


 その中で政臣と姫愛奈が理解したのは、戦争が完全に立身出世の手段として扱われている事だ。情報収集により、MEー5142のほとんどの国家は専制を敷いており、貴族や政治家といった指導階級が幅を利かせている。一方で大多数を占める市民階級は一定の権利を有しつつも、戦時下の名目で様々な制限を課せられていた。


 C分遣隊が降り立った小ヴィラド大陸は比較的平穏さを保っており、都市が破壊されているという事は無かった。しかし人口密集地から離れた村や集落は賊の脅威にさらされていて、それに対応する人手も不足しているなど、内情は芳しくない。さらにカルダンの例のように、敵対勢力である魔族の影響も侮れない状況である。


「この世界の人類、いずれ滅ぶかもなぁ」


 立ち寄った都市で買った新聞を読みながら政臣は呟いた。一面の見出しには、食糧を求めた大暴動が発生したというニュースが載っている。配給の列が乱れたところに兵士が発砲してしまったらしい。そこに至るまでの経緯は一切説明されていないが、この世界の既定人類が限界に近いという兆候なのは間違いない。


「その前にクラスのみんなを連れ戻せると良いわね」


 姫愛奈は調理キットで料理を作っていた。今、C分遣隊は平原を横切る道路の近くで休憩をしている。大木の下にバンを寄せ、後部座席を倒してそこを仮設のキッチンにした姫愛奈は、パートナーから渡された少ないお小遣いで買った食材を見事な手際でさばいていった。


「ヒメナ~、お昼ってなに~?」

「ボルシチよ。まあ、正確にはボルシチもどきか」

「お料理上手だね、ヒメナ」

「上手で当然。料理は淑女のたしなみなんだから」

「淑女かどうかは……」

「なんて? 青天目くん??」

「昼食楽しみだなぁって」

「そう」


 ニコニコ笑顔の姫愛奈から政臣は顔をそらす。姫愛奈の性格からして、あまりからかわない方が得なのだが、何故か政臣はやめられなかった。自分の揶揄やゆに対し、姫愛奈が反応する。この応酬がクセになる。異性と気兼ね無く話せるのが嬉しいのだ。こんな事は、施設での生活以来だ。楽しかった日々が脳裏によみがえる。身寄りが無かったり、自分と同じように家庭に問題があったせいでやって来た仲間たち。みんなが家族として勉強も遊びも一緒にしていたあの輝かしき日々が……


 ────いや、お前はよくやったよ。


 脳のをヤスリでかけられるような感覚と共に、伯父の言葉がフラッシュバックする。安心と不安が同時に押し寄せるあのバリトンボイス。大切にしているように見えて、内面は冷たく淡白なあの視線。白い照明の下、幾つもの白衣に混じって自分を見下ろす伯父の顔。人を面白がって見下しているような、あの静かな微笑みは……


「ちょっと、なにボーッとしてるの。キスするわよ」


 姫愛奈が背中から政臣に抱きついていた。甘い香りと首にかかる吐息が政臣にはこそばゆい。


「おい、当たってるぞ」

「当ててるの。直に触ってるくせに」

「マサオミー! ボルシチ出来たよー!」


 S15がレードルを持った右腕を振り回しながら政臣を呼ぶ。その右腕を掴み、S14が注意した。


「飛んでいきます。やめなさい」

「は~い」

「思ったんだけど、あの子たちって食事いらないわよね?」

「彼女たちは体内にある融合炉で何でも消化してエネルギーに出来るってドクター・クランから言われたろ。余分なエネルギーは戦闘で使えるし、食わせてやった方が良いのさ」

「道具って言いつつ、何だかんだ世話焼きね」

「俺の命令を疑問無く遂行する人形なんだ。それくらいはしないとな」

「ハイハイ、素直じゃないのね。……って、ミーナちゃん! そんなに盛ったら全員に行き渡らなくなるでしょ!」


 S15が普段の笑顔で小さな容器に目一杯盛り付けていた。先に盛られているS14のボルシチが適量なあたり、故意にやっているのは確実である。


「どちらかというと私と青天目くんのために作ったんだから!」

「は~い!」


 ◆


 小ヴィラド大陸の窓口であるリアーズに着いたのはその日の夕方だった。C分遣隊は直前でカルダンから奪ったバンを密かに処分し、旅行者然とした態度で都市に潜入した。


 リアーズはまさしくヨーロッパ風の古風な街並みが特徴的な旧市街と、飛行船が発着する空港を中心としたオフィス街に分かれていた。かなり大規模でルイニアと比べると人も建物も多い。ルイニアが地方都市なら、リアーズは都会と呼ぶべきだろう。


 元いた世界のような摩天楼立ち並ぶ中心部は、夜になっても多くの人でごった返している。道路もルイニアと比べ広く、車も多く走っていた。


 歩道に面したショーケースでは、マネキンが服を着ているというこれまた見慣れた風景が目につく。


「ここなら最新のファッションとかが分かるかもね」


 赤いワンピースドレスに惹かれつつ、姫愛奈が呟いた。


「先に言っておくが、買わないよ」

「コピーしてホログラムにすれば良いじゃない。便利よね、これって」


 姫愛奈は自分の衣服を強めに叩いた。衝撃でほんの一瞬レディースブラウスのホログラムが乱れる。


「元いた世界じゃホログラムなんてまだまだ発展途上の技術だったのに、レベルの差にいつも驚かされるわね」

「まあ上から映像を被せるより、直接身体をいじる方が主流だったからね。このバイオプリントみたいに」


 政臣は自身の瞳を指さす。彼の虹彩は透き通った灰色だが、元からそうだった訳ではない。コラーゲン由来の塗料を角膜に塗布させる事で変えた色なのだ。姫愛奈の紫色の瞳も同様である。二人の世代が生まれる十数年前は世界中で紛争が頻発し、負傷者の腕や脚といった器官に代替する人工臓器の需要が増えた時代だった。多くの企業がしのぎを削り、次第に技術は洗練されていき、政臣と姫愛奈が物心つく頃には、神経伝達で自在に動かせる義肢は当たり前の存在になり、人工内蔵すらも本人の細胞から作り出し、拒絶反応が少ない物を比較的安価に生産出来るようになっていたのである。


 虹彩に人工コラーゲンを塗布するバイオプリントという技術もその一つである。もっともこれは白内障や緑内障患者の視力を回復させる治療法から一部分を抜き取った代物で、本質的に社会に貢献するものではなかった。値段もそれなりで、片手間で出来るような処置でもなかったが、〝目の色を変える〟行為は先進国間で空前のブームとなった。


「そういえばみんなもアッパークラスの子しかしてなかったわね、これ」

「両目で十万だからな。しばらく瞳の色が戻せない事を承知してないと後悔する値段だぞ」

「そこはまあ、パパが会社役員だったから。値段の方はね?」

「大企業の役員だったんだろうな」

「そういう青天目くんは? 施設でやったの?」

「俺だけがな。っていうか、遠慮無く俺の過去に突っ込んでくるね、白神さん」

「同情してほしいって訳でも無さそうだし、パートナーを腫れ物みたいに扱ってたら埒が明かないもの」


 配慮が無いような発言だったが、政臣にはそれが嬉しかった。元の世界にいた頃、彼は幾度となく高校に入る前の様子を訊かれた。中性的で成績優秀、人当たりも良い。端から見れば好印象しかない。そんな人物の人となりを知りたくなるのが人間の生態である。しかしそれは訊かれる本人にはこの上無い苦痛だった。


 家庭崩壊から逃げ、施設に入った自分を哀れだとは思わない。というより、思いたくない。彼には他の人間と同じように扱ってほしいという気持ちがあった。姫愛奈の態度はそんな願望にかなうものだ。


 そしてここで大事なのは、ここまで寄り添ってくれる異性は実に貴重な存在だということだ。政臣の風貌に魅力的な陰があり、それが庇護欲を刺激しているのも姫愛奈が彼に世話を焼く一因でもあるが、夫婦の契りを交わした訳でも無い男にここまで肩入れする事に政臣は感謝すべきである。


 だが、それが政臣には分からない。小学生の中途から高校に入る直前まで外界から閉ざされた施設にいた彼には、姫愛奈という存在の比重が自分の中で次第に大きくなっているのには気づいていない。


 それでも、感謝の言葉を口にする程度の思慮はあった。


「何て言うか……ありがとう」

「素直でよろしい。じゃ、宿を探しましょ。できれば広いお風呂があるところが良いわ」

「一瞬で資金が無くなるぞ」


 普段通りの軽口を叩きつつ、夜空すら照らさんばかりの輝きを放つ街へとC分遣隊は溶け込んでいった。


 ◆


 オメガ監察庁は、本質的には警察組織である。立法府を作り上げた十二の世界にまたがり、許可無く魔法を行使したり、恒常世界間を転移する者を取り締まるのが目的だ。政臣と姫愛奈が現在進行形で行っているような任務はレアケース中のレアケースで、本来の任務の性質は全く違う。


 一般に監察庁は、十二の世界がそれぞれ持つ防衛隊を統合した防衛軍と、民間・交通・財務等々の警察組織に次ぐ第三の武装組織と目されている。ドロイド兵と人間の兵士による独自の戦闘部隊を有し、戦車・戦闘機に加え、オメガスペース内で運用可能な艦船といった戦闘資産すら持つ。そんな監察庁内で最も有名なのが、〝統制課〟と呼ばれる部署だ。


 統制課の創立経緯や意義などを語ると長くなってしまうが、端的に有り様を表すならば、〝監察庁の実動部隊〟といった所だろうか。


 ある人物がとある魔法、あるいは魔導書といった魔法的オブジェクトを手に入れたとする。そしてそれが立法府によって禁じられた代物だと理解した上で、通報せず自分のモノにしようとする。そうすると、どこからともなく統制課のエージェントがやって来る。エージェントはオブジェクトを監察庁の管理下に置くか、破壊するためにあらゆる手段を使い、所有者を殺してでも達成しようとする。監察庁が立法府要人や十二の世界指導層に人気で、一般人に嫌われている理由がこれである。任務達成しか頭に無い連中など、市民からすれば自律する台風のようなものなのだ。


 とはいえ、統制課の活動が一般市民の生活を守っているのも事実である。立法府の秩序を破壊しようとするルアン主義者のセクトは無数にあり、それを弾圧するに軍隊は過剰戦力で、警察は力不足だからである。痒い所に手が届く戦力が監察庁の持ち味だった。


 そしてここでも二人の統制課エージェントが、ルアン主義者によるカルト団体を壊滅させるべく廃墟の建物を強襲していた。


 エクター・サンダールは監察庁制式採用の可変式複合兵装システムVariable Combination Weapons Systemである〝トゥルー・オーダー〟に取り付けたグレネードランチャーから白リン弾を放つ。建物に入り込んだ榴弾は爆発によって白い煙を撒き散らし、中にいた人間をあぶり出す。


「撃て!」


 指示を受けたドロイド兵の分隊は建物からほうぼうの体で出てきたカルトの構成員に容赦無く銃撃を加えた。撃たれた者の中には女子供もおり、エクターは自分の行いに嫌悪感を抱く。


「命令だからって、これは胸糞悪いな……」

「そんな事では敵に撃たれますよ? 


 機械関節の駆動音を鳴らし、まだ少女のあどけなさを残した女がエクターのもとへやって来た。


 女はまるで喪服のような装いで、頭にはベール付きのトーク帽を被っている。そして何より特徴的なのは、背中に人工アームを装着している事だろう。


 合計四本のアームは防衛軍や監察庁の兵器に使用されるマギアタイト合金と人造筋肉が融合しており、二つの機械関節によって自在に動かす事が出来る。女は下部のアーム二本で地面から数十センチ身体を浮かせていた。


「かれらはもう手遅れです。むしろ殺した方が慈悲というものですよ?」


 ベールの下で赤い瞳の女は笑う。レモン色の髪を優雅になびかせ、上部右腕のアームをカルティストたちに向ける。


 白リン弾の攻撃を生き延びたカルティストの一人が叫んだ。


「不信仰者どもめ! 偽りの秩序に死を!」

「英雄でもない人を狂信しているあなた方の存在の方が偽りです」


 辛辣な言葉と共に、女はアームについた銃口から弾丸を発射した。ほとんど金切り声のような音と共に放たれた弾雨は、カルティストたちを赤い霧へと変える。雑草から真っ赤な水滴が滴るのを見て、女はほくそ笑む。まるで悪魔のごとき姿に、エクターは己に問いかける。──どうして俺はこんな女の兄だといわれているのか。


「お兄様、早く建物に入りましょう。オブジェクトを持ち帰るまでが任務です!」

「イリーナ! 足並みを揃えろ!」


 イリーナは構わずアームを器用に動かし、建物の中に侵入した。待ち構えていたカルティストたちが雑多な火器でイリーナに銃火を浴びせる。だがそれらは展開されたエネルギーシールドによっていとも簡単に無効化された。たいていのカルティストは魔法も何かしらの超能力も使えないただの人間であり、監察庁が多く抱えている化け物のようなエージェントたちに敵うはずがなかった。


「……浅ましくも抵抗するその様は褒めてあげましょう」


 慈母のような囁きの後、イリーナは三本のアームの先端を鋭利な刃に変形させた。残り一本を軸に、イリーナは舞踊のような軽やかさすら感じさせる繊細さで回転を始めた。近づくもの全てを切り刻む死の回転刃である。


 超硬質のマギアタイト合金から生成された刃は、カルティストたちを無慈悲に惨殺していく。銃声は次第に悲鳴の声に取って変わり、その中心には甘美な笑みを浮かべる女がいた。


「ああ、良い! この感触! 肉が切り裂かれるこの瞬間! ああ……」


 妹がカルティストを殲滅する間、兄たるエクターは外で待機していた。こうなると終わるまで何も出来ない。彼女の標的になって逃げ切れた者はいない。そう、エクター以外は。


 イリーナの所業を遠巻きに見物しているエクターに、本部から通信が入る。相手は統制課課長のセレネだった。


 ホログラムディスプレイに映る上司に、エクターは敬礼する。赤茶色の長めの髪に、青色の瞳をしたエクターは、異性とはいえイリーナとは似ている要素が無い。長身と引き締まった肉体は彼の自己鍛練によって培われたものだ。セレネはこの任務に忠実な青年を重用していた。


「任務の進捗はどうかしら」

「敵の防衛線を撃滅し、現在は本拠地への攻撃を敢行中です」

「イリーナが突撃してるの?」

「お察しの通りです」

「目的の物が押収出来れば後は何でも良いけど、処理班の手を煩わせないようにしてよ」


 多分無理だろう、と思わずエクターは言いかけた。耐魔法スーツに身を包んだ処理班が、嫌そうな目でこちらを見つめる光景がはっきりと脳裏に浮かぶ。組織に属する人間として恥じ入るばかりだ。


「この任務が終わったら私の所に来なさい。特別な任務があるから」

「は……」


 特別な任務とは何だろう。エクターは少し考え込むが、可憐な少女のような声が建物内から響いた事で思索は打ち切られた。


「お兄様、目的のオブジェクトです!」


 返り血を一身に浴びた美女が建物から出てきた。右上腕アームには薄紫の容器に入ったピンク色に輝く結晶を、左上腕アームにはカルティストの頭部を掴んで。


「よくやったぞイリーナ。その頭はそこら辺に捨てろ。あと間違ってもクリスタルを容器から出すなよ」

「はい、もちろんです」


 言いながらイリーナは容器の蓋を開けようとする。途端に結晶の光度が増し、エネルギーを吸収するような音を立て始めた。


「バッ?! 爆発するッ!!」


 危険を察知したドロイド兵がエクターの前に立つ。対してイリーナは微笑みながら蓋を閉めた。


「お兄様? ワタシがそんな事をする人間だと思っているんですか?」

「ああ。やるかやらないかで言えばやるだろ」

「それはそうですね。ですけど、そんな事をしたらお兄様の面白い顔が見えなくなるのでしません」

「……」


 愉しそうな妹を見て、エクターは思った。果たしてこの鎖から逃れられる日は来るのだろうかと。

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