第2話
僕は立て札が見えなくなるまで走り続けた。
立ち止まれば、さっきの三人が僕を追いかけてきそうな気がしたからだ。
「ハァ!ハァッ!!」
走り続けて息を切らせた僕は、気づくと井戸の近くに立っていた。
喉が渇いてたから、これ幸いと井戸を使わせてもらう事にした。
「……ングッ……ングッ……プハーッ!!」
一息ついた僕は、安心すると同時に情けない気持ちになった。
僕は侍を名乗ってるが、この通り弱虫で腰抜けなのだ。
「依頼は夜にもう一回、行って見ようかな?」
僕には、今すぐに立て札のある場所に戻る度胸はなかった。
人が居なくなってからしか、立て札を見る気になれなかった。
「……ヒッヒッヒッ」
「ッ!?」
急に僕の後ろから笑い声が聞こえたので、思わず刀を構えてしまった。
声の方角を見ると、僕を挟んで井戸の反対側に老婆が座って見ているではないか。
「誰?」
「ヒッヒッヒッ!なんて事は無いただの占い師さ」
老婆は座ったまま僕に手招きをしている。ぶっちゃけ、行きたくない。
僕は占い師を警戒しながら後ずさりをし、大通りに戻ろうとした。
「おや?行っちまうのかい?折角、良い事を教えてやろうと思ったのに」
「良いこと?それって儲かる話かい?」
僕は何となく、その老婆の話に興味がわいてきた。
よせば良いのに、僕の足は自然と占い師の方へと進み出した。
「儲かるかどうかはお前さん次第さ。あたしが教えるのはもっと根の深い話さ」
「根の深い話?それってつまり、運勢を見てくれるって事?」
人には生まれつき運勢に傾向があると聞く。それを見てくれるのだろうか?
僕はわらにもすがる思いで、その老婆の話を聞く事にした。
「そうさ。お前さんが生まれ持った力を見てやろうって言うんだよ?」
「……どうせ田舎に帰って畑を耕せとか言うんでしょ?」
僕は占い師の前に座りながらぼやいた。自分でも侍なんか向いてないと分かってる。
しかし、妖怪に一家が皆殺しにされた僕にはこの道しかないのだ。
「そうじゃあない。むしろお前さんはこの道で正解なのさ」
「本当ッ!?嘘じゃないでしょうね?」
予想だにしてない結果に、僕は思わず身を乗り出してしまった。
「顔の相はそう言ってるねぇ。手の相も見せてくれんかね?」
「……」
僕は怖々老婆に右手を差し出した。切り傷や豆だらけの使い倒した手だ。
占い師はその手を広げると、しげしげと眺めていた。
「うん。思った通り、手の相もお前さんはこの道で良いと言ってるねぇ」
「本当ッ!?どこに行っても、全然上手くいかないんだけど?」
僕は、にわかには占い師の言っている事が信じられなかった。
この道に入って八年も経つが、人に語れるような武勇伝なんて一つも無い。
「お前さんには確かに運命を変える力が備わってる。でも、それを妨害されてるねぇ」
「妨害?一体、誰に妨害されてるの?」
僕の今までの人生が上手く行かなかったのは、誰かに妨害されてるかららしい。
ならば、その妨害から解放されれば明るい未来が待ってるかも知れない。
「誰からまでは言えないが……妨害されないようにする方法を教えてやるよ」
「どうすれば良いの!?もう、こんな人生は嫌なんだ!!」
どこに行っても同業者からおいしい仕事を奪われる。
そして、最近ではうどん屋の店主にまで同情される日々を送ってる。
「なに、難しい事じゃないさ。これを刀の柄から下げとくだけで良いんだ」
「……何それ?お守り?」
老婆が取り出したのは竜を模した小さな焼き物のお守りだった。
見たところ、ギアマンが埋め込んであるようだがこんな物に効果があるのだろうか?
「そうさ。これは『龍神の涙』と言って出雲に伝わるありがたいお守りさね」
「言われてみれば、確かに不思議な力がありそうだ」
変な話だが、占い師からそう説明されるとそれらしく見えてくる。
一目見たときは何とも思わなかったが、今では霊験あらかな品に見える。
「これを持っていれば、お前さんの中に眠る力が徐々に目覚めるはずさ」
「……どうせ、それを高値で売りつけようって魂胆でしょ?」
そこまで話を聞いて、僕には次の流れが理解できた。
この老婆は、このお守りを僕に高値で売りつけようと企んでいるのだ。
「高値かどうかはお前さん次第さ。今からお前さんがこれを持つに値するか試す」
「試す?何をするのさ?」
そう言うと、占い師は竹串よりも少し太い棒が縦に何番も入った箱を取り出した。
そして、それを台の上にとんと置くとこう言って見せた。
「この中に一本だけ、先端が朱色になってる棒がある。それを取りだしてごらん」
「……え?この中から一本だけ?」
そんなの、常識的に考えて無理だろ?だって、ぱっと見ただけで千本は入ってる。
その中から一本だけを引き当てるなんて、確率的に不可能だ。
「もしお前さんがコイツを持つに値するなら、引き当てられるはずさ」
「……もし引き当てられなかったら?」
千分の一の確率なんて、相当の強運がない限り不可能だ。
本当にそれを一発で引き当てられるなら、それは運命とさえ言えるかも知れない。
「百両いただくよ」
「百両ッ!?そんなの逆立ちしたって無理だよ!!」
百両あったらさっき食べたうどんが三万杯くらい食べられる。
おそらく、一生食うには困らないだろう。
「それだけの価値ある品だからねぇ」
「うぐぅ」
確かに、出雲に伝わる開運のお守りならそれくらいの価値はありそうだ。
今まで暗かった人生におさらばするなら、それくらいは必要なのだろう。
「さあ、どうするんだい?自分の運を試してみるかい?」
「引けなかったら、絶対に買わないとダメ?」
せこい話だが、僕はノーリスクでくじを引きたいと思っている。
引くだけ引いて、ダメだったらこの場を後にしたいのだ。
「みみっちい男だねぇ。これも何かの縁だ、今回だけ特別だよ?」
「じゃあ、引く」
僕は意を決してくじを引く事にした。
箱に刺さったくじは、どれも似たり寄ったりでどれが当たりか見当もつかない。
「これかなぁ?それともこっちかなぁ?」
僕は真剣な表情で、竹串とも割り箸ともつかない棒を吟味していた。
この棒に百両がかかっているのだから、真剣になるのは当たり前だ。
「さ、早く引いとくれ」
「え~~っと、でも……」
僕は、なんとかして百両のくじを見分ける方法はないかと目を皿のようにして見た。
「考えちゃダメ!己の直感で引きな!!」
「……じゃあ、これ!!」
僕は適当に真ん中よりやや右下のくじを引いた。
理由なんてない。それが何となく、当たりのように感じたからだ。
「お、おお!これは!!」
「……嘘……だろ……ッ!?」
僕の手に握られたやや薄汚い棒きれの先端には、紛れもない朱がついていた。
それは僕が千分の一の確率で、幸運を引き当てたという動かぬ証拠だ。
「……」
僕は棒の先端を自分の顔面に近づけると、しげしげと見つめた。
そしてその後、自分で自分の頬をつねってみた。ちゃんと痛かった。
「……すげぇ……」
僕は目の前で起こったあまりの出来事に、そう言うだけで精一杯だった。
しかし徐々に実感を出てきて、僕の心の内から激しい喜びがわいてきた。
「すげぇっ!すげぇよ俺!!」
僕は興奮のあまり、一人称までもおかしくなってしまった。
いや、これからは僕なんて言わないで俺と呼んだ方が良いんじゃないだろうか?
なぜなら俺はたった今、人生を逆転させたのだから。
「おばあさん!これって……つまり!!」
「やはり儂の見込んだとおりだ。お前さんはこれを持つに値する男じゃった」
占い師は『龍神の涙』をうやうやしく俺に差し出した。
これさえあれば俺はもう、うどんを値切ったりしなくて良くなる。
「これが、龍神の涙」
「大切にするのじゃぞ?」
俺は老婆から約束通り龍神の涙を、手を震わせながら受け取った。
手に収まった龍神の涙は、陽光を反射してキラキラと輝いている。
武蔵は龍神の涙を手に入れた!
運がものすごく上がった気がする!
「決して手放すでないぞ?」
「分かってるよ!売ってくれって言われたって売るもんか!!」
コイツを売れば、百両にはなると占い師は言った。
だが、コイツが手元にあれば金も女も何もかも俺に集まってくる。
そんな幸運の塊を、言われなくたって手放すわけがなかった。
「効果は徐々に現れるはずじゃ。早速、お城に戻ってみては?」
「おう!ありがとうな!!」
俺は龍神の涙を刀の柄に取り付けると、婆さんに手を振った。
婆さんには悪いが、俺は幸運にもコイツを手に入れたのだ。
「……」
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